【24】ジンとユウ【30】
◆ ◆ ◆
僕は裏切り者です。
王国に間諜として潜入──人間種の裏切り者。
《雷の翼》の情報を流す──裏切りの勇者。
そこから、魔王国を内側から切り崩す二重間諜──次は魔族種の裏切り者。
魔王の情報を流す──裏切りの魔族。
今もそう。
隊長に取り入って、嘘を吐いて欺いて、それで、裏切る。
僕はずっと、そう。
ただ懺悔も悔恨も無い。
僕は。僕が好きな女の子を──フィニロットさんを助ける為なら、なんだって利用して、誰だって裏切る。
だから。
隊長を──僕を信じてこの砂の国まで来てくれた隊長の信頼を裏切って、奇襲を掛けた。
お人好しの隊長を。僕は。いえ……そう。僕は間諜ですからね。
いくら……隊長を裏切ったとしても。
僕は、懺悔も悔恨も、無い。
……無い。……訳が無い。
知らなかった、と思いますよ。隊長も。
僕ね。きっと、隊長のこと好きなんですよ。
隊長が思ってるより、ずっと好きなんだと思います。
僕も、あんまり知らなかった。隊長のことだけじゃなくて、みんなのことも、好きですよ。……皆が思ってるより、ずっとずっと。
隊長を。隊長が信じてくれてるのに、裏切って。
奇襲して、殺そうとした。
無力化ってずっと自分に言い聞かせてたけど、使う魔法も使う作戦も、本当に殺すつもりでやっていた。
……良い人をね。裏切って、殺そうとして……心が痛まない訳、無かったんですよ。
だから。ええ、だから。仕方ないですよ。
隊長はいつだって真っ直ぐな目で人を見る。
それは鋭いし怒っているように見えるけど……彼は真面目に人と向き合っているだけのことなんです。
だから……僕はそんな真面目な目と目を合わせられない。ただ細く目を逃がして、一歩後退るだけ。
こんな人を裏切ったんですから。仕方がありませんよ。
──殺されても、仕方がない。
◇ ◇ ◇
そして──二十八名の魔族たちは根こそぎ意識を奪われ、その場に倒された。
戦闘が終わり、砂漠には異様な静寂が訪れていた。
至る所に炎の残骸や氷の破片が飛び散っている。
そしてユウの前にもまるで枯れた枝のように──氷の矛だったモノが突き刺さっている。
砂漠を焼く蒼い炎を踏みつけて、上半身裸のジンは『布』を振った。ビュォと音を鳴らして赤い汚れを払う。
赤い汚れは地面に飛び散った。そして、布とは別の赤い血が──ジンから滴る。
「くそ。っとに痛ぇじゃねぇか」
背、腹、額──流石に無傷とはいかなかった。
致命傷でこそないが、血を流していた。
「……布の剣、甘く見てました。恐ろしいですね……」
ユウは、口元を無理やりに笑ませて、膝から崩れた。
地面に血が滴った。
(──ああ、本当に……勝てませんね、隊長には)
「……っとに、化物ですよ。それにその、布も。布とは思えない切れ味でした」
まるで大剣で抉られたように、肩から胸にかけて大きく切り裂かれていた。──その次の瞬間に空間が白む程の冷気が生まれて血が止まった。氷の魔法で無理矢理に止血をしたのだろう。
ジンは特に何も語らずユウに近づく。
(数分、持ちませんでしたねぇ……僕と隊長との戦い)
「魔法禁止で、マトモじゃない武器で……それで、そんな強いとか。ほんと、ぶっ壊れてますよねー……隊長」
ジンは歩みを止めた。
ユウの目の前。布の剣どころか、拳も届く距離でユウを見下ろす。
「……終わりみたいだな」
「ええ。そうですね……終わりです」
「まだ策あるんじゃねぇの?」
「ありませんよ。ここまで万全を期しました」
「そうか。他の仲間はいないのか。パバトとか言ったっけか」
「いませんよ。パバトは危険人物ですし、僕とは部族的因縁もありますから組みません。今日は僕が動かせる全戦力で臨みましたよ」
「ああ、じゃぁもう、仲間はいないのな」
「……ええ。仲間は、いません」
二人は沈黙した。
ユウは薄く笑う。
仲間はいない。
そう自分で言って面白くなってしまった。周りに伏兵がいないという意味で使ったつもりだった。だが──別の意味に心臓が殴られたような気持だった。
胸の辺りが血の気が引いたように冷たくなって、目の中がぶわっと熱くなっていた。
仲間はいない。
自分の口で言った。認めてしまったから。
──ユウの心の内は、ジンには分からない。
ユウの顔はいつだって何を考えているか分からないから。
だから。
「ったく、お前な」
ジンは自分の頭を掻いた。
「?」 ユウはジンを見た。
面倒臭そうな顔をジンはしていた。
「お前が何を考えてるかなんて分かんねぇけど。お前のことは分かるんだよ」
「え、はい?」
「あのなぁ。分かってたからな? お前が俺を罠にハメるつもりで近づいてきたってことはよ」
「……え?」
「ハルルん家に来た時にさ、俺とさ、色々と喋ったろ」
「え、ええ。喋りました。……あの時、ボロがありましたかね?」
「ボロはねぇよ。ただ、お前──『余裕が無かった』からな」
「……ええ……?」
「お前、『ユウだけに~』っていう寒いギャグを一度も言わなかったしな。どーせ、罠とかあるんだろうなぁ、くらいの気持ちだった」
「……はは。お見通しだったと。……けど。
後付けで言うと本当に説得力がないですね。
それに……本当にお見通しだったなら……何で、そこまでボロボロにされてるんですかね? 強がりにしては酷い出来ですよ」
「ああ。まぁ、当たり前だろ。罠には飛び込む」
「はは、正面から突破するタイプの脳筋でしたね。流石、隊──」
「違ぇよ」
ジンはユウの胸倉を掴んで起こした。
「ユウ。俺はな。嘘を見破れるような器用さは無い」
「知ってます」
「だけどな。……友達の真剣な言葉が本気かどうかくらいは分かる」
「え?」
「お前に──何しに来たって聞いたろ。その第一声に嘘は無かった」
「……」
「助けを求めに来た。って言ったお前の言葉に、嘘は無かった」
「……っ」
「助けてくれって言うのは本気だった。……お前が助けを求めたなら。
罠にだろうが地獄にだろうが、いくらでも飛び込んでやるよ」
「……隊長」
「ユウ。──今は周りに誰もいない。俺とお前だけだ。
聞き耳立てる見張りなんかいねぇ砂漠の真ん中だ。
で。俺に──何か依頼はあるか?」
砂漠の真ん中で、風が吹く。
(目の奥が。喉の中も、熱い。なんで、ああ、嫌だな。ほんと、隊長は。熱い人過ぎる。
ああ……嫌ですよ。そんな熱さ、流行りませんって……隊長。……隊長)
「助けて、ください……」
「ああ──分かったよ。改めてしっかり引き受ける」
その手を握った。
「……ありがとうございます。隊長」
「だから、隊長じゃなくてジンさんな」
「……はい。ジンさん」
「とりあえず。……状況的に分かってることだけどよ。
俺に助けを求めるってことは、あれだろ。
フィニロットさんの記憶が入った術技。もう所在はある程度つかめてるんだろ?」
「……!」
「じゃなきゃお前は俺を殺すなんていうリスキーな仕事乗らんだろ?
だけどそれを成し遂げても術技が手元に戻るか不明だった。だから助けを求めた」
「……すっごい察し力。こりゃ彼女も出来ますわ」
「え、何、煽ってんの???」
「ええ。実際、可能性が濃厚な相手がいます。
会ったことはないんですが、ナズクルの研究の後ろ盾になっている『恋』という人物です」
「恋……? ハルルがそういう奴と戦ったって言ってたな」
「ええ。術技研究者のようで、ナズクルとも交流が深くあるようでして──!」
直後に。
熱気のようなもわっとした悍ましい魔力が──砂の都の方向からした。
二人が目を合わせる。
「おい。ユウ。嘘吐いたか??」
「ち、違いますよ!! でも、どうして。ルクスソリスさんがここに居るはずがないのに!」
「ルクスソリスだと!? 死んだんじゃねぇのかアイツ!?」
「あれ、話して無かったでしたっけ!?」
「聞いてねぇよ! おい、じゃあ急いで戻るぞ! 転移!」
「えっと。魔力が底ついてる、って言ったら、怒ります?」
ごちん、とユウの頭が殴られた。
「痛っ!? 何するんですかっ!」
「お前、俺を倒した後どうするつもりだったんだよ! 戻る気無かったの!?」
「休んでから戻る気でしたよっ! というか近接戦になって魔力バンバン使う予定がなかったもので!」
「ああそうかよっ。じゃあ、何だ、都までダッシュで戻れと!?」
「そうなりますね。えーっと……約50㎞ほど先ですが……」
「……分かった。走る」
「ひ、ひぇ」
◆ ◇ ◆
「それはそれとして服代は弁償だかんな」
「セコくなりましたね……本当に」
「生活掛かってんだよこっちはっ」




