【24】セレネ VS ルクスソリス ⑤【28】
◇ ◇ ◇
あ~、私の一家はね、控えめに言って『クソ』だね。
虹位七族の一つ『黄月』の四名家の一つなんだけど、腐った一家だった。
なんてたって祖父の代から魔族の裏切り者!
まるで月の裏側のように、見えない所で王国や諸外国と繋がって利益を貪る、『普通の悪』だった。
祖父は金の亡者で、祖母は戦争好き。
父は獣人奴隷を弄ぶクズで、母はエルフの人体コレクター。
兄と姉は暴力好き。──そして全員、魔族を売って利権を貪る売国奴。
幼い私ですら分かるほどの、クソ一家っしょ。まー自分の心に素直って言えば聞こえだけはよくなるかな?
勿論、私もそう。早くから人体コレクションにハマってたしね。
クソ中のクソだろうけど、唯一、家族がまともだと思えたのは──私の羽を見た時の話でね。
私の羽──超綺麗な羽を見て、家族は目を輝かせた。
魔族の翼は、魔王様から与えられない限り、数十年の鍛錬の果てに発動する。
けど、数十年に一人くらい──最初から翼を発動できるような子が生まれたりする。
それが私。
いわゆる天才ってやつ!
月の鏡みたいな、あるいは宝石を砕いて作ったような美しい羽を広げられた。
圧倒的に美しい翼。
しかも、常時、好きな時に好きなだけ翼を広げられる──だからその頃から魔族四翼クラスの魔力を持ってたんだよね。
私はいつか魔王の腹心である『四翼』に選ばれるって確信が家族であったんだろうね。だからお姫様みたいに大切にされて過ごして幸せではあった。
とはいえ、まぁ目も当てられない程の醜悪なクズ一家だったのは間違いない。
だから──当時の黄月の族長、イーリス・エルド・ウラノスがその悪を両断したのは、超良いことだ。
──そして……イーリスは私に自由を与えた。
だから、その後、十数年後かな。時を隔てて、私はイーリスを殺す。
家族を殺されたことに対しての復讐心──? あは?
◇ ◇ ◇
「──お母さんを……殺し、た」
「そだよ~。私が──」
「あ、あアアッ!! あああああっ!!」
獣のような雄叫びだった。泣き叫ぶような怒号をあげて、セレネは駆け出していた。
力任せに銀の棒でルクスソリスに殴りかかる。
軽く躱され、地面を叩き──そこから乱雑に振り回した。
「あら、そんなに怒ってくれるんだ! 意外~。あの頃はまだ生まれたての──」
「ああああッ!!」
乱雑な一撃がルクスソリスの顎に入った。
その一発で、ルクスソリスの顔は一気に不機嫌そのモノに変わる。
「不快なんだけど」
「っ!」
セレネは歯を食い縛る。
(──お祖父ちゃん)
セレネは怒りに目を赤く染めていた。
彼女の脳裏には、あの日の祖父の背中が映っていた。
祖父が一人、薄暗い部屋で背を丸めて見ていた写真。
泣きながら。見ていた写真。
──セレネの両親。祖父の娘夫婦。
セレネは歯が割れる程に、さらに食い縛った。
あの日の祖父の涙と言葉の意味が──ルクスソリスの発言によって、少しだけ変わって見えていたから。
(もう罰を受けている。そう言ったのは、そう言い聞かせて我慢していた。本当は、犯人であるルクスソリスに罰が与えられていないことに、苦しんでいた。だから。だから──泣いていた)
「許、さないッ」
「はぁ?」
「人の大切なものをっ……簡単に奪う! 貴方を、絶対に、許さないッ!!」
銀の棒が力任せに振り回される。
そのセレネの真剣な顔が──そしてその言葉が──ルクスソリスにとって不快だった。
振り下ろされた銀の棒を軽く片手で受け止める。
そして、セレネの長い金髪を掴み──持ち上げた。
「痛っ」
「イーリスは私の一家をぶっ殺した」
「……!」
「けど、ぶっちゃけ嫌に思ってない。正直、我が家は殺されて当然な奴しかいなかった。クソ中のクソで、戦前からずーっと魔族を裏切ってたしね。そう、家族は別に『大切なもの』じゃない」
「……っ」
セレネは銀の棒を何とか振り下ろしルクスソリスを叩く。だが、効いていない。
「けど──あの女は私の羽を焼いたんだ。あの忌々しい魔法で」
髪を引っ張り、そのままセレネの顔を地面に叩きつけた。
「あぐっ。銀の棒っ」
「私がさ。か弱い娘だった。
だから、情けを掛けたんだとすぐに分かった。
背の羽さえ焼けば何の種族か特定し辛くなる。そうやって不穏分子だった我が家のシガラミから解放してあげたと。あの偽善者はそう思ったんだろうね。
優しい。優しい優しい行いなんだろうね。きっと善意。超善意。だけどさぁ」
「私の大切な翼をッ! あの女は焼いたッ!」
ルクスソリスはセレネの髪を引っ張り、自分に近づける。
「私がどれだけ。どれだけ惨めな思いをしたか!
家族を殺しても構わない! けど、私の羽を焼いて平和に暮らせって言ってきたあのクソ女は許せなかったッ! 私の自慢の羽を! 自慢の翼を焼いて! その上であの女の羽は綺麗で! ふざけんなっ! だから引き千切って──」
瞬間──ルクスソリスは言葉が途切れた。
髪を掴む手が軽くなった。
まるで──髪しか握ってないかのように。
そして、気付いた。
目の前で──バッサリと髪を切ったセレネが、その銀の短剣を構えている。
「髪、切っ──」
ルクスソリスの隙。今、完璧な隙。
(ルクスソリスッ!!)
センスイの泣きそうな顔を。
祖父の丸まった背中を。
自身の辛い過去を。──全て、込めて。
「ルクスソリスッ!!」
短剣を突き立てた。
静寂が、訪れた。
怒りも。悲しみも。
感情も。全て詰め込んで。
正しい力。強い想いを込めた一撃。
相手を撃つと決意し、放たれたその一撃。
その一撃は。
「不条理だよね。まぁ仕方ない」
空中に吹き飛んでいた。
銀の短剣は、セレネの手から遠く離れた空中。
色が無くなったような瞳のセレネを見て、あは、と笑うルクスソリス。
「セレネたん、知らないようだから教えてあげるよ」
劫──と赤白い光が弾けるように咲く。
そして、目が眩むほどの黄金色の煌りが放たれた。
それは、火と雷が合わさった魔法。
無理矢理に剣の型に押し込まれたような、不安定な煌刃。
(──る、月閃刃……)
「どんなに強い想いがあってもね。最後に勝つのは、強い力がある方だよ!
じゃあ、さよなら!! セレネたん!」
振り下ろされた月の光の刃。
「ルクリスさん、知らないようなので教えてあげるッスよ」
それを止める稲妻の薙刀。
「どんなに強い力より。最後に勝つのは、強い想いがある方に決まってるじゃないッスか!」
友人の薙刀を振るい──銀白髪の少女、ハルルは砂の地に降り立った。




