【24】セレネ VS ルクスソリス ①【24】
◆ ◆ ◆
『連続殺人犯・ルクスソリス』。
黄月族から出てしまった危険人物。凶悪な連続殺人。
彼女の名前を聞いたのは、私がまだ8歳の頃なので、6年前ですね。
その日は、8歳だけども19歳だと嘘を吐いた日です。
つまり、族長に就任した日。
私は本当に体躯に恵まれていて、8歳なのに身長が160もありましたので誰にも疑われずに年齢詐称が行えました。
会話や知識面に関しましては、他族の長であるセンスイさんがフォローをしてくださりました。
──センスイさんが、私が族長になる提案を出してくださったのです。なんでも、その方が『守りやすくなるから』と言ってくださいました。実際、私が族長に立たなければ黄月は解体になっていたかもしれません。魔王の玉座も空白の状況で、もしそうなっていたらどうなったのか。影響は少なかったのか、それともその小さな綻びから魔族自治領自体が破綻したのか、それはもう分からないことですね。
その後に信頼のできる副官さんを一人選任したので、私の年齢詐称の秘密を知っているのはセンスイさんと副官さんと私、それからお祖父ちゃんだけです。
その日、副官とお祖父ちゃんが帰った後、族長専用の部屋でセンスイさんと二人きりになってお話をしました。
幾つかの今後の話。今思えば、この後からセンスイさんがわざと『嫌味なお婆ちゃん』を演じて、私への質疑を追求されないように計らうという話でした。
その会話の終わりにかけて、センスイさんがどうしても伝えておきたい、と見せてくれたのが、その『殺人犯』の手配書でした。
ただ、その手配書が通常の手配書ではありませんでした。
見たら誰でも、あれ? と思うかもしれません。
だって。この手配書に、『賞金の記載が無い』のですから。
『消息不明』。
賞金が入るべき欄にはそう書かれていました。
通常、消息不明で何年も経っていたら死亡した扱いが普通でしょう。なのに、センスイさんはこの人物を指して危険人物だから気を付けるようにと注意を促してくれました。
消息不明であり、もう死んでいると思われる人なのに──センスイさんはどこか、何か確信めいたものがあったんだと思います。
この人は──ルクスソリスは死んでいないと。
そして、だからこそ、ルクスソリスは何れ魔族に敵対すると。
いいえ、もっと悪い。魔族へも人間へも、分け隔てなく敵対し、飲み込む危険な人物だと、センスイさんは考えていたのかもしれません。
──そして、実際に。
数週間前。
センスイさんは──殺されました。
ルクスソリス。消息不明だった彼女の手によって。
◆ ◆ ◆
──夕闇が押し殺されて、空は夜の顔になっていた。
「──ルクスソリス」
「あら。貴方──私の嫌いな人に似てるね。」
砂漠の大岩の陰で、二人の女性は対峙している。
腰まである長い金髪の女性、セレネ。彼女はその凛々しく美しい顔で相対する敵を睨みながら銀の棒を構える。
羊毛のように跳ねっぱなしのクリーム色の髪の女性、ルクスソリス。不遜に笑みを浮かべながら銀の棒で殴られた左手をさする。
二人の目と目が合う──互いの目の色は、殆ど同じ、黄金色。
(この人が……センスイさんを、殺した、人)
銀の棒を握る手に力が入った。
震える程に、力が。
「で、誰?」
「……セレネと申します」
「へぇーそう」
「……貴方から質問したくせに、殆ど興味がないんですね」
「うんにゃ? あるある。超あるよ? まぁ嫌いな人に似てたからその人が化けて出て来たのか~? とか思ったけどそーじゃなかったね。それだったら面白かったけどさ」
「……」
セレネは構えを解かない。睨みも視線も外さない。
ルクスソリスは息を吐いてから両手をあげてひらひらとしてみせた。
「興が削がれたからさ、私、行くよ。それでいいでしょ?」
(──許しちゃいけない。センスイさんを殺した人。そして、今目の前で人を、簡単に殺そうとしている人を。だけど……今、この人と戦っても、私じゃ……)
「……」
ルクスソリスを見る。彼女の目だけが、鋭く刀剣のように細く光った。
銀の棒を持つ手が、僅かに震えた。
「いいでしょ、って聞いてんだけど」
岩が軋み、砂が跳びあがった。鋭い魔力に、空気が震えた。
セレネは目を開いたまま、身動きが取れなかった。
圧倒的な──力の差がある。
目を見ただけで怯ませる程の殺意と、周囲に影響を与える程の夥しい魔力。
「……はい」
(──下がってくれる。なら、それでいいです。今は、目の前の人を助けないと。両足も潰されて、息も絶え絶えですから。人命救助が、最優先。それが、正しいことです)
「そ。じゃあね」
私の隣を歩いて抜ける。その横顔。
(だけど)
「……ルクスソリス、さん」
「まだ何か?」
「貴方は、どうして人を殺すんですか?」
「はぁ??」
「センスイさんを、どうして殺したんですか」
一閃、火花散る。
何が起こったのか目で追えなかったが、セレネはギリギリで受け止めた。
ルクスソリスの右手。まるで鳥の趾のように鋭い手。
まっすぐに腹に向かって向けられたそれを、間一髪、銀の棒で受け止めるセレネ。
「思い出したわ。セレネっていう貴方の名前、どっかで見たことあると思ったのよ」
「っ……くっ」
防ぐセレネの腕からミシミシと言う音が響く。
力で負けている。一歩後ろに下がったセレネ、だが、一歩ですまない。ルクスソリスの力に押され、そのまま岩肌に背中を押し当てられる。
「黄月の族長だ。殺していいリストにあったね~!」
無邪気な笑顔を浮かべ、ルクスソリスは更に力を込めてセレネを岩肌に押し付けた。




