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【24】黄月族 族長 セレネ【23】


 ◆ ◆ ◆


 私は本を読むと心が落ち着きます。

 でも、どうしてなんでしょうか? 読書は突き詰めて考えれば文字を目で追い、内容を頭で理解して状況を想像するということですよね。だから頭も目も沢山使うので逆に心が落ち着くよりかは疲れてしまいそうですよね。


 でも、私はやっぱり本を読むと心が落ち着くんです。

 家の中でも、会議の前でも、こうやって馬車の中でも私は本を手放しません。

 ああ、本を読むのが好きなんだなぁ、って思います。

 今も、愛読書の『勇者レイヴェルドとレピーの物語』を読んでいます。実は、私は魔族の七部族の一つの黄月(こうげつ)族の族長なので、あんまりこういうのを読んでいるのを知られると問題になったりします。ですけど、好きな物は好きですから。



 『「止まるんだ、レピー」勇者の制止を振り切って、レピーは駆け出した。「止まれません。こればかりは! 私は命に代えても、父さんを守りたい」涙を滲ませ、レピーは柄が軋む程に強く剣を握る。』



 『父』──その言葉を目で追って、私は目を少しだけ閉じました。


 私は、父を知りません。母のことも……知りません。

 1歳の頃、両親は殺されたと聞いています。

 だから……父という言葉を聞いて真っ先に思い浮かべるのはお祖父ちゃんの顔になってしまいます。


 犯人はもう罰を受けている──お祖父ちゃんはそう言って、誰が両親を殺したか話してくれませんでした。


 誰が私の両親を殺したのか、気になったこともあります。

 両親がいなくて寂しい瞬間は私にもありました。年齢を偽って族長をするから友達も作れなかったです。

 どうしてこんなに辛い現状が与えられているのか、その不条理の答え合わせをしたかったことが無いということは出来ないです。

 ただ……私は、犯人探しには蓋をしました。


 両親の、その話をした後、お祖父ちゃんは部屋に戻って私の父の写真、両親の写真を見ていたから。

 きっと、私に見せないように泣いていたんだと思います。

 だから。私は私の心に蓋をして、忘れようと決めたんです。

 お祖父ちゃんが、いてくれましたから。

 でも。お祖父ちゃんも、数年前に亡くなってから私は……


 ……ごめんなさい。暗い話になってしまいましたね。

 気を取り直しましょう。


 本を膝の上に置いて、窓の外を眺めます。

 夕方の燃えるような空に、紺と黒の夜が押し寄せていて、隠れていた星がこっそりと顔を出し始めています。綺麗ですね。

 月が遠くに薄く見えます。私のセレネという名前は異国語で、月を意味するセレイネから取ったと聞いたことがあります。

 これも、父と母が付けてくれた──ごめんなさい。切り替え切り替え!


 私がこの砂の国に来ているのは、ハルルさんに荷物をお届けする為。

 いや、昨日の夜、渡すタイミングは……。昨日の。


『──だめ、……ス』『──ハルル』


 はわっ!! 思い出し、はわっ! 

 顔を押さえて火が出るのを押さえてっ!!



 そうでした! 私! ハルルさんの名前から『それ』を思い出してしまうからっ、無心になる為に本を読んでいたんでしたっ!!



 ああ、でも、幸せな二人が愛し合うっていうのは良いことのはずですし、そういう本だってありますし。

 気にはなるというか。いや、なりませんっ。健全が一番ですっ。え、えっちなことはよくありませんっ。


 ああ、顔熱い。

 私には刺激が強すぎます。はゎしか言えなくなりますもん……。

 窓におでこを当てて。中の温度を冷やす為に使われている氷硝子(こおりがらす)の冷たさを感じながら、砂丘を見ました。



 ──え? あの岩陰で、今。



「! すみません! ここで下ろして貰いますね!」


「え、ええ? どうされました──って、危ないですよ! まだ砂歩車(ばしゃ)が動いている最中で──」

 御者さんに声を掛けてから私は外へ跳び出しました。



 ◆ ◆ ◆



「私さー、探索魔法とか索敵魔法とか超苦手なんだよねー? 何でか分かる?」

 クリーム色のくるくるした髪、金色の目、大きな黒縁眼鏡。

 端正な顔立ちに、『にっひぃい』と狂った笑顔を浮かべる女。

 彼女の名前は──ルクスソリス。


「どっかの町に狙った獲物が逃げた時に、チマチマ探すくらいなら『町ごと』骨に返せばいい。

敵がコソコソ私の隙をついて攻撃してきたとしても、どーせ私を傷つけられないから索敵は不要。

だから私は探索魔法も索敵魔法も積んでないんだよね。だから、困ってるんだよねぇ」


 ルクスソリスが掴むのは──魚顔の男の胸倉。

 滴る血。マグロ頭の水棲人(アクアドラン)の両足はまるで万力で引き潰されたように平らになり──血が滴り続けていた。



「この砂漠じゃユウの鞄に付けといた『位置情報(マーキング)』、見つけられないじゃん」



 ルクスソリスは溜め息を吐いた。


「コソコソ動いてるクソ青羽。こんな砂漠にまで来ちゃってさー。でも絶対、アイツはライヴェルグ様に繋がってると思うんだよねぇ! 

アイツがコソコソする時って大体がライヴェルグ様絡みっしょー! 

ナズクルの奴も何も言わないしさーあー? だから追ってるんだけどさ。

けど、痕跡が分かんないから、一つずつ聞いて回るしかない。ああ、もう本当に面倒なんだよね」


「ぁ……ぅ」


「ね。改めて質問するよ? なよなよした青っぽい黒髪のさ、なよなよした糸目の、なよなよ男、見てない?」


「わ、わかん……ねぇだ。一日、何人も、人も乗せて」

「そーなの? でもさぁ、臭うんだよねぇ。この馬車から、ほら、なよなよ臭がする」

「わかんねぇだ……っ、うう。と、特徴とか、ねぇと、流石に」

「特徴? さっきから、なよなよ顔っつってんだろー? おいー、聞こえてんのか、魚ぁ~!」


 回し蹴りが彼の潰れた足に命中する。

「いぎっ、痛っぅぁあ!」

「なよなよ青だか黒だかの髪、思い出せキック~」

「ぁああっ、っぁ」

「思い出せた??」

「ぅ……っ……な、何か、口癖……とか、特徴が……」


「はぁ、またそれ?? けど、口癖か。うーん。良く滑るギャグを言うとか」


「あ、乗せた、だ」

「それで伝わるんかーい」


 水棲人(アクアドラン)を握る手を離す。尻から落ちて、怯えた目でルクスソリスを見上げていた。


「誰かと一緒にいた感じ?」

「い、居ただっ。若ぇ猫族の女と、おらと同じ種族の水棲人(アクアドラン)の男と……と、途中からドゥール様も乗っただ」


「へぇ。ドゥールと。やっぱアイツ、裏切ってドゥールに助力を乞いにきたのかな? でもドゥールじゃナズクルに勝てないんじゃない? わかんないけど」

「え、えと──」


 がしっと、水棲人(アクアドラン)の頭が踏まれる。

「痛!!」


「次、ファイナルくえすちょーん! そのワンセットはどこに行った? やっぱり砂の──」



「止めなさい! 何をしてるんですか!」



「あら? 誰かしら」

「誰でもいいです! その方に何をされてるのですか!」

 背丈がすっと高い女性──セレネ。身の丈程の銀の棒を構えて、フードを被ったルクスソリスを睨んだ。


「あーあ、あんたが喋んないから変な勇者来ちゃったじゃん」

 ルクスソリスは溜め息交じりに男を蹴飛ばすと──それに合わせてセレネはルクスソリスの『手』を銀の棒で叩いた。



「痛いんだけど?」



「殺そうとしましたね、その人を」

 ルクスソリスの手から炎が迸る。


「それが、何?」

「っ!」


 セレネが銀棒を一閃する。

 ルクスソリスは笑みを浮かべて一歩後ろに下がった。風が吹いて──フードが外れる。


 奇しくも──二人の目が合う。同じ黄金色の瞳。

 それはその種族しかもたない──月の色の目と謳われる瞳。


 セレネは、その顔を見たことがあった。

 それは、族長になった日に見せられた『黄月から出してしまった危険人物』の顔写真。




「──ルクスソリス」

「あら。貴方──私の嫌いな人に似てるね。 で、誰?」





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