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【24】旅疲れ【19】


 ◆ ◆ ◆


 赤い。黒い。赤い……赤い。目の前が、赤い。


 赤く暗い世界の周りに、赤い炎がゴウゴウと燃えている。

 白く光るのは竈から溢れる溶岩。

 手を伸ばせば届く様な高さにある重く黒い雲から、赤い絵具のような粘性のある何かが落ちて来た。


 それは俺の肩に落ちた。熱い。熱い絵具だ。

 絵具は巨大なナメクジのように、胸の辺りに向かって伸びていく。


 ヒリヒリと、猛毒のように燃える痛みだ。形のある炎だった。

 たまらずに、振り払おうとした。だがしかし、その絵具が両腕に広がっただけだった。

 手が痙攣する。燃え立つ痛みが手を震わせている。



 煉獄。あるいは、地獄だ。



 俺は……地獄に居る。



 目が霞み、その手で目を覆う。だが、それも愚かな行動だった。

 激痛が目に走った。赤い絵具は目からも入った。


 火の粉が目に入ったかのような耐えがたい反射的な痛み。

 目を擦れば擦る程に激痛が押し寄せ、前かがみになってしまう。目を開けていられない。


 熱い。皮膚の下に炎が走っているかのようだ。

 身体の全てを掻きむしりたくなる。

 焼ける──焼けて死ぬ。


 水が、欲しい。

 これが地獄か。

 俺は……ここで、焼かれて死ぬのか。


 意識を手放してしまった方が、楽になれる。

 このまま、地獄の炎の中に転がる方が、楽に。


 だけど。

 駄目だ。ここで。ここで意識を手放しては、いけない。


 燃え立つ体を、奮い起こせ。

 意識を。意識をしっかりと持つんだ。


 そうだ。俺はまだ、やり残したことが沢山ある。

 俺は、こんな所で……ッ!!



 ◆ ◆ ◆



「──っは!」

(臨死体験っ!! いいや、俺の身に起きた現実だったか? 

ある意味、俺の身体に起きていたことが具体的に映像となって表れた姿ともいえるが……。

待て、そんなことよりもっ!!)



 ──ハルルがその『真っ赤なクッキー』を口に運ぼうとしていた。



(とまれ、ハルルッ!)


 刹那、ハルルの手をジンは掴んで止めた。


 ジンの顔はまだ赤い。

 そして唇は面白くらいに腫れている。


(喋れ、ないっ。一度、落ち着かないと)



「ななな、どうしたんスか、ジンさん!?」

「──っ! はっ──っ!」

 息を整える。だが、まだ空気を吸っても空気が燃えている(・・・・・・・・)ようだった。



「?? ジンさん??」

(──ただ。折角、出して貰ったお茶菓子に対して……文句を言うのはよろしくない)


 ハルルの問いに、ようやく息を整えて、ジンは声を絞り出す。

 そして、目の前のシェンファに聞こえないように──ドゥールと話している最中の一瞬の間隙で──。





『ハルル、そのクッキー。激辛だ……この世界で食った何より激辛だった』

 ものすごい小声でジンは伝えた。




『え!? そうなんスか!?』『ああ、お前じゃ多分無理だ。甘党を自称するユウなんか、食ったらその場にひっくり返るレベルだろう……』『そ、そんなに?』『ああ、臨死体験するくらいだった』『臨死体験!?』

 二人は声を押し殺して会話をする。





「あ、クッキーどうでしたか?」




 不意に、鈴のような声がして、ジンとハルルは背筋をぴんと伸ばした。

 机を挟んで向かい側。ドゥールの隣に座っている橙色の髪の少女のような女性──シェンファは屈託のない顔で微笑んでいた。


「どう。どう。ええ、美味しかったですよ」


 笑顔をひねり出してジンは答える。


「よかったです。私の故郷のクッキーなんです」

「そ、そうなんですか。赤くて赤いですよね、赤くてうんうん」

 『言語崩壊してるッスよ』と小声で小さくハルルがツッコミを入れたが、ジンは喋り出したことによって再燃した口の中のヒリヒリでそれどころじゃない。



「私はこのクッキーが大好きで。でもドゥールさんは少し癖が強いって言うんです」

「あー、あはは」

(少しってレベルの強さでも、癖ってレベルの辛さでもないけど!)



「気に入って頂けたなら何よりです」

「あはは。はい、美味しかったですよ」

(とりあえず、これ以上のクッキー接種は危険だ。命に関わると警鐘が鳴っている)




「たくさんあるので、いっぱい食べてくださいね!」




 悪意なしの少女の笑顔。そしてジンの前に数枚盛ったクッキーが置かれた。


「これは」

「どうぞ!」

 屈託のない笑顔が──ジンには悪魔に見えた。



「……」 そっとハルルは一枚その山から取った。



『っ、ハルル! 止せ!』 

 小声でジンがハルルに声を向けると──ハルルは覚悟を決めた笑顔を浮かべていた。


『……言われてから改めて観察すれば……クッキーを持つ指の先が既にヒリヒリするッス……既に辛さが伝わってくるッス……』

『止めろ。流石に』

『いえ。先ほど、シェンファさんは故郷のクッキーで、その上大好きなクッキーと発言されていたッス……なら、食べないのは……失礼に値するッス』

『──だけど』『──ジンさん』『ハルル?』

『健やかなる時も、病める時も……激辛を食べる時も……一緒ッスよ』

『ハルル……っ!』『いざっ』




 ──悶え、唇を噛み、目には涙が溢れ出す。

 その指で目を掻いたら終わりだ。そう判断したジンは咄嗟にハルルの手を押さえた。



「? 大丈夫ですか?」

「え、ェ。ちょっと、咽た、ッスけど。お──おいしい、ッス、ね」

「よかった! ほら、ドゥールさん。皆、この味好きなんだよ?」

「……ああ。みたいだな。よかった」


(悪意無しだからこそ、ドゥールも制止し辛いんだろうな……。大丈夫、俺たちは乗り越えるさ)

 ドゥールはおもむろに席を立ち──壁に付いている小さめの扉を開けた。冷気が少し見えた。この国の冷蔵保存場所だろう。


「……お茶も美味しいが、せっかく砂の国に来て貰ったんだ。

名産品のヨーグルトを使った飲料がある。甘い苺の実を絞った果汁と混ぜた飲み物だ」

 ドゥールがそう言って、ジンとハルルの前にコップを出し注ぐ。

 淡いピンク色の液体。──ドゥールはジンに耳打ちした。



『辛み成分は脂溶性だ。この飲み物(ラッシー)なら辛みを流せる』

『っ! ドゥール……! お前、気付いてくれたのか』

『ああ。俺も結婚当初に同じ死線をくぐった。すまない。

シェンファの顔を立てる為に無理をしてくれて』

『いや……大丈夫。ありがとう、ドゥール』



 ジンも──更に追加で、もう一枚を齧る。

 発汗、動悸、呼吸の乱れ──……されどそれを顔には出さぬように、ジンとハルルは二人で辛さの死地を越えていった。


 ◆ ◆ ◆



「──あれ。皆さん、お茶会されてたんですね。僕も混ざりたかったなぁ」


 ジンとハルルは何も喋らず笑顔を浮かべたまま──まるで意識が別空間にあるかのようだ。

 シェンファとドゥールの会話に相槌を打つ機械と化した二人を少し変だなくらいに受け止めて、事情を知らないユウはドゥールの隣に立った。


「あら、ユウさん! もう起きて大丈夫ですか? 長旅で疲れたって聞いてましたけど」

「ええ。ありがとうございます、シェンファ様。もう休んだんで平気ですよ。

あ、クッキーあるんですね」


 ユウはにっこり微笑んだ。


「僕、甘党なんで苺のクッキー大好物なんですよね。いただきますね!」

「! ユウ」「!!」 ジンはギリギリ声を出し、ハルルは声も出せなかった。

「あっ、それは──」




 サクサク──ばたん。





「! ユウさん!!? どうしました!!」

 狼狽えたシェンファ。

 その隣で、ジンとドゥールとハルルは困ったように目を見合わせた。

「これはその」「えっとッスねー」「まぁ……」



「「「……旅疲れ」」ッスね」



 

 ◆ ◆ ◆


いつも読んで頂き、ありがとうございます!

いいねやブクマなどで応援していただき、とても励みにさせて頂いております!


次回更新は22日の夕方頃予定とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

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