【24】んな大げさな……【18】
◆ ◆ ◆
──ユウ・ラシャギリ。魔族でありながら、《雷の翼》の一人として戦った勇者だ。
彼は、最初、魔族側から王国側に間諜として送り込まれた。
だがその後、王国側から魔族側への間諜。
所謂、二重間諜だ。そうして、勇者たちの勝利に貢献した。
そんな彼が、ジンに助けを求めたのがこの旅の始まりだ。
ユウは言った。
ナズクルを裏切って、ユウは自身が愛する人を──フィニロットを助けたい。
フィニロットは『術技』を奪われたことにより意識を失っている。
奪われた術技を取り返すことが出来れば、フィニロットは永い眠りから目を覚ます。
彼女を助けること。それが、ユウの目的だ。
ユウは『術技を奪ったのはナズクルだ』と睨んでいる。
他者から術技を奪い使用する研究──それが、この砂の大国で行われている可能性は高い。
いや、ほぼ確実にこの国のどこかで行われている。
ならば、ナズクルと近い関係にあるドゥールが何か知っているかもしれない。
ドゥールから情報を引き出す為に、彼に接触したのである。
◆ ◆ ◆
(──んで、ユウは今、旅疲れしたから仮眠を取っている。という『嘘』。
まぁ、こういう体のいい嘘を吐いてから隠蔽魔法を使用してこの王宮内を探っているんだろう)
ジンは横目でドゥールを見る。
肌は白く、顔立ちは整っており、入れ墨も増えてはいない──ドゥールは十年前からあまり変わっていないようだ。
(さて……ドゥールがナズクルの側近、っていうのはあながちあると思う。
ドゥールとナズクルは馬が合っていた。ハルルの調べによると、共闘した戦闘は記録上13回もあるとのこと。
行動時間も多く、趣味も似通っていたとのことだ。だけども)
「ハルル。キミは来る途中の『銃コレ』トークでナガンちゃんの話を上げていたが──ナガンちゃんは好きか?」
「大好きッス!」
「となればこの『ロフカたそ』の模型の価値が分かるだろうか?」
「──っ! これ、もしかして限定着色じゃないッスか!」
「そう。これはチャーク・ショック工房の限定生産。それも」
「「限定十品!」」
(無害──……。心象、無害なんだよなぁ)
ジンは椅子に座りながら渡された『教科書』を読んでいる。
教科書、もとい、銃乙女コレクションの公式絵物語である。
(……しかし、絵物語はかなり進化してるな。
10年前に見た絵から随分と変わった気がする。画風、いや絵の構造? 絵柄っていうのか。結構、変わってるんだな。
かなり見やすいし綺麗だ……って、感想言ったら、おじいちゃんとかディスられそうだな)
「ふっ……この価値も分かるか。流石、良い銃隊長だな」
「ドゥール様に認められるなんて光栄ッス! でも、ドゥール様程の銃隊長じゃないッスよー!」
(あー、なんか『銃乙女コレクション』のファンたちのことを『銃隊長』って呼ぶらしいです。
……なんだか凄いな。あの無口で寡黙だったドゥールともすぐに打ち解け合うとは。ハルルのコミュ力……。というか知識か?
ハルルは本当に色々なジャンルにも深く突っ込んでるよな……熱心なヲタクというか、サブカルの申し子というか……)
「──新米銃隊長。手が止まっているが、もう読み終わったのか?」
「そッスよ! それまだ公式ストーリーなんで! この後に控える同人誌もしっかり読まないと!」
「そうだ。同人誌が本編まである」
「それはいいすぎッス」「そうだな、すまない」
ふふ、ははは~と笑う二人をよそ眼にジンは肘を付いて乾いた笑顔を浮かべた。
「真剣に読んでるけど、本当にここから熱くなるのか?」
(現状、ほんわかした少女たちの平和な日常ライフだ。まぁ全然、俺はこういうの好きだけども)
「まぁ読んでくれ。ハンカチは持っておけよ」
「3話まで行ったら、もう手が止められなくなるッスからね。いつでもハンカチで拭うッスからね」
「んな大げさな……」
(二人がそんなにオススメするならきっと面白いんだろうな。
とはいえ。俺は、二人程に感受性が豊かじゃないからなぁ……。
流石に、絵物語でそんな大泣きするなんてことある訳がない)
◆ ◆ ◆
「──ぅっ……。っぅぅ……」
「隊長」「ジンさん」
「っ、感動──するじゃんっ、これっ」
ジン、陥落。
記録、2時間24分。7巻分、読了であった。
「だろう」「ッス!」
「いや、もう。何から言えばいいか。……まさか主人公格だったあの子がそんな死に方するかっていう所からの、熱い友情展開。
そして、死んだと思ってたあの子が復活して最後は共闘……いやもう熱々の王道の展開……。
なるほどな。心がぴょんぴょんしたわ」
「よく分かってくれた。隊長。そう、ぴょんぴょんするんだ」
「えへへ。嬉しいッスね! ぴょんぴょんするッス!」
(作中で一度しか使われてないワードだけど、いやあ印象的なんだって、ぴょんぴょん。
曲にしたら間違いなく流行確定だな)
「そして──隊長」「誰推しッスかね」
「……」
(圧。強、ない?? あー、いや分かる。これはあれだ。確かに派閥が分かれる感じになってるよな。けどまぁ、王道な答えしか言わないぞ、俺は)
「メインヒロインのモーゼルン」
「メインヒロインはコルエルだ」「ナガンちゃんッスよ!!」
「いや、狂言回しの立ち位置だからこの子が」「隊長。狂言回しのモーゼルンと言うなら納得した。メインヒロインというワードは認められない」「そうッス! 戦争ッスよ! クリークッスよ!!」
「そ、そうだな。悪かったよ。狂言回しのモーゼルンが一番可愛いって、思ったかな」「いや一番可愛いのはコルエルだ」「ナガンちゃんッス!! 可愛いは絶対ナガンちゃんッス!!!」
「ああもう面倒臭いんだけどっ!?」
こんこんこん、とノックの音がする。
「お邪魔しますね」 鈴のような声が聞こえ、扉が開く。
そこには、少女のような女性が居た。
華奢だ。四肢は細い。だが愛くるしい笑顔があるからか、不健康そうにはあまり見えなかった。
砂の大国でも珍しい橙色の髪に、琥珀色の瞳。背丈は低く、この中では最も低い。
その少女のような女性は、にこりと笑顔を浮かべてから丁寧なお辞儀をした。
「初めまして。シェンファ・ミッドバルハームと申します。
楽しそうなお時間の途中に割って入ってしまって、ごめんなさいね」
所作の一つ一つが丁寧で美しい。そのシェンファという女性の名前を聞いて──それがドゥールの奥さんの名前であることをすぐに認識し──ジンとハルルは大慌てで居直った。
ばばっと椅子から立ちあがり、まるで軍人の如くビシッと直立した。
「は、初めましてっ! ジンです!」
「ハルル、です!」
二人の居直りが面白かったのか、シェンファは大きな目を笑ませて鈴のように笑った。
「そう硬くならないでください。ドゥールさんのお友達だと聞いたのでご挨拶させて貰おうと思いまして」
「シェンファ。今日は動いて大丈夫なのか?」
ドゥールが既に立ち上がって、シェンファの隣に立っていた。
「ええ。大丈夫そうです。先日の遠出の疲れが出てしまっただけみたいです」
「そうか。あまり無理はしないようにな」
「ありがとう、ドゥールさん」
にこりと微笑むシェンファに、ドゥールは照れたように顔を逸らした。
「ユウが居たら弄り倒してたな」
こっそりと、ハルルに耳打ちする。
「そうッスね。ヒューヒューって言って銃でハチの巣にされてたッスね、きっと」
「そうだ。南部の珍しいお茶が手に入ったんです。お茶にしませんか?」
「──……。シェンファ。俺がやるよ。シェンファは座っていて」
「いいんです。ドゥールさん。折角のドゥールさんのご友人、私がもてなさせてください」
「いや。その」
「もてなさせてください」
「……あ、ああ」
シェンファはにこりとまたも微笑み、ではお待ちくださいね、と笑って部屋を後にした。
「可愛い奥さんだな」「そうッスね! 超かわいいッス! 同い年くらいッスかね?」
「ああ、ありがとう。年齢はああ見えて25だ。いや、それよりだな」
「うん?」「なんとっ……」
「だが、その、だな」
「うん?」
「いや……やはりやめておこう。きっと、大丈夫だ」
(?? なんだ? ドゥールの様子が見て分かるくらいに変だ)




