【24】メモを──取らせてください……っ【14】
◆ ◆ ◆
爆音と共に、魔王自治領の議事堂と呼ばれる建物が斜めに傾いた。
──それは、少し時を遡って二日ほど前のことだ。
まだジンとハルルたちが東部の王国領に居た頃のことである。
「ば、爆撃ですか!?」「いや、ガス爆発って聞いたよ!」「ピザお届けですー」「俺は水が溢れたって聞いたけど!?」
その議事堂に彫刻のように彫りの深い鳥のような顔を持つ魔族──怪刻たちが一気に入口に押し寄せていた。
彼らは藍枢・紫斎傘下の警備兵──この議事堂の警備を担当していた。
警備中の建物がいきなり爆発したのだから、大慌てである。
「何があったんですか!?」「中には黄月の族長さんがまだいるって!」「LLサイズがデラックスチーズトッピング、グリルドマルゲリータ、ミックスツナコーンで、Lサイズがクラブシュリンプピザ、辛みバジルチキンピザと、それから……」「いや多いなッ! ピザの注文、大量だな!?」
怪刻たちが意を決して扉を開けようとしたその時──先に扉が開いた。
開けたのは──背がすっと高い女性だ。姿勢が良く、凛々しく貴賓高く、白百合の花のような女性。
なのだが、その折角の綺麗な髪は──まるで爆発に巻き込まれたかの如く、激しく荒れ狂っていた。
「! セレネ族長!」「ご無事で」「お届けですー」「良かったっ!」
けほっ、と咳をしてから、顔に付いた煤を裾で拭き──セレネは軽く会釈をした。
「心配をお掛けしました。申し訳ないです。今の爆発は大丈夫ですので、ご安心ください」
「え? いや、その顔とか煤ついてますし、怪我されてるんじゃ?」
「大丈夫です。問題ありません、これくらい」
「えーっと、建物は」
「問題ありません。傾いていても使えます」
「は、はぁ……」
「それとピザの配達ありがとうございます。私がした注文です。全て貰いますね」
「はいー。どもー」
セレネは両手で抱えるようにピザの入った紙箱を積み重ねて持った。
そして、扉の奥──階段を何か呟きながら登って行った。
後に取り残された怪刻の警備たちは顔を見合わせる。
「……あんなに細っこいのに」「全部食べるのかな……?」
「あんなスタイルいいのに大食いなんだな」「ありやとーしたーしゃーす」
◇ ◇ ◇
チーズの野性味あふれる香りに、焼かれたばかりのピザ香ばしさ。みずみずしいトマトの少しツンとした酸味と、溢れ出したばかりのギラギラ輝く肉汁。
食欲をそそる香りが──爆心地のような黒い部屋に充満した。
二人の隣に置いてある『棒』以外、何もないその部屋の中心で、セレネは前に座っている少女へ顔を向けた。
「博士、一つ聞いていいですか?」
博士──そうセレネが呼ぶ少女は上から下まで煤まみれだ。
そして文字通りの意味で焦げ茶色の髪、ガス工事でも始めるのかと言った大きなゴーグル、破れた白衣の少女。
少女の名前ポムッハ。賢者の弟子にして発明家の少女である。
「ん? なんなのだ?」
「『次の爆機槍の最後のパーツ……それが、ピザなのだ!』と仰っておりましたが」
「あ、うん、言ったのだ。それがなんなのだ?」
ポムッハが問うと、セレネは隣に置いてある『棒』を掴んだ
「……この爆機槍のどこにピザを装着するのでしょうか?」
「……」
「……」
「セレネ、意外とバカなのだ???」
「なっ!!?」
「ピザは食う用途しかないのだ」
「え、いや、だって最後のパーツって!」
「いや、最終調整するのはお腹いっぱいになってからやりたいって意味だったのだ」
「っ……そうならそうと言ってくださいっっ」
「セレネ……」「なんですか、博士」
「とりあえず熱いうちに食おうなのだ」
◆ ◆ ◆
「ふぃ~食ったのだ~」
「美味しかったですね。あまり食べたことが無かったので、新鮮でした」
「ジンが居たら、焼いたものだがな、ってしたり顔で言ってそうなのだ」
「? どういう意味ですか?」「忘れていいのだ~」
「……? まぁ、後は最終調整ですね。先ほどみたいに持ち歩いただけで突然爆発というのはもう嫌ですので」
「ああ、もうそれは終わったのだ。今さっき食べながらちょちょいのちょいと」
「……そんなに簡単に出来るなら、さっきやって下さればよかったのでは……」
「まぁピザも食いたかったからいいように言ったのだ」
セレネが苦い顔をすると、ポムッハはまぁまぁと笑いかけた。
「で、この後、ハルルには砂の大国に行って渡すと伝えてあるのだ!」
「ああ、そうなんですか」
「セレネが」
「私が!? 聞いてないんですが」
「今伝えたのだ!」「いや……その、確かに私は転移魔法で近くの町に行けます。ただそれは」
「ハルルは、いつも危なっかしいのだ。さっき念話した時も、また強敵とゴリゴリ戦ったと聞いたのだ」
「……えっと。私、話の途中で」
「自分より格上の相手と戦う星の下に産まれてるとしか思えないのだ。きっと次も戦うならまた格上と戦うことになるのだ」
「た、確かにそうですね。いつもそんな感じですね」
「その時に! 今出来立てのこの子が無かったら! きーっと、大怪我するのだ。いや、大怪我でなく、もしかするともしかすると……!」
「もしかすると?」
「もしかしてもしかして、もしかするとー!!」
ポムの顔がぐいぐい近づいてくる。
セレネが眉を困らせて笑う。
「……わ、分かりました。届けに行きますから」
「よかったのだ! ありがとうなのだ! まぁ実は、今回こそ是非とも一緒に付いて行きたいと思っているのだ! セレネが、と言ったのは冗談なのだ。
今回の新型は使い勝手がある意味ピーキーだし、直接武器の使用方法と戦闘を見たく──」
「あ、それに関してなのですが……私の転移魔法は自分だけしか転移できませんので……その、一緒には無理ですね」
「……行く気になってるのに」
「す、すみません」
ずんっと落ち込んだポムッハを見てセレネは慌てて頭を下げた。
「まぁ仕方ないのだ……。じゃぁせめてこの生まれ変わった爆機槍の武器名を伝えて欲しいのだ」
「あ、爆機槍という名前ではなくなるんですね」
「そうなのだ。これは爆機槍を越えた爆機槍。新たなる力に目覚めた超強力な機械槍! 名付けて──!!」
──セレネが目をぱちくりさせた。
「す、すみません。聞き逃しました。もう一度お願い致します」
「もうちゃんと聞くのだ。良いのだ? ちゃんと覚えるのだ」
「はい。お願いします」
「『超越せし機械槍の新たなる姿、黎明機装槍爆機槍十纏装填廻転式煉討天葬千騒砕槍~Feat.POM style~Ver2.87302EXE』」
「……その」
「?」
「……メモを──取らせてください……っ」




