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勇者の称号を剥奪された最強の元勇者、今は便利屋を開業し平和に暮らしたい。~押しかけ弟子のせいで平和には暮らせないようです~  作者: 暁輝
【07】月光でも足りない

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【07】空を飛ぶ為に【10】

 

 ◆ ◆ ◆


「レッタさんが居てくれて、よかったです」

 みんな寝静まった深夜、眼鏡を外した少女マキハは、隣のソファで猫みたいに体を丸めている少女レッタに話しかけた。

 長い黒緑色の髪をソファから垂らして、レッタはマキハを見ていた。


「どうして?」

「代わりに、怒ってくれたのが。嬉しくて」

「うん? そうなの? 私がそうしたかっただけだよ」

 レッタが言うと、マキハは布団で口元を隠す。


「正直に言ったら、わたし、すごく……。すごく、胸が軽くなる思いでした。

 ……わたし、いつもあの人にイジメられていて……。

 いつも、言いたいことも何も言えなかった」


「そうなの? 言いたいこと、言えなかったんだ?」


「はい……。あの人は……この領地の、逆らう人や、気に食わない人を、力でねじ伏せるんです。

 あの人、剣の腕もあるみたいで……それに、すごい強い用心棒もいて。とにかく、怖くて」


「そうなんだ」

「はい。だから、あの時、あの憎い貴族が殺してもらえる。って思った時に、

 その、よくないこと、って分かっていても、喜んだんです、わたし」

 マキハは、一つずつ、丁寧に言葉を紡いでいた。


「喜んじゃダメなの?」

「……分からないです。でも、そういう自分の心が怖くて」

「それで、私を止めたんだね」

「はい……」

 レッタはくすくす笑う。


「すごく、まともで、一般的で。いいと思うよ」

「でも、一般的だと……わたし、何も変わらないから」

「変わりたいの?」

「……はい。出来るなら、もっと、強く……飛びたい」

「飛びたい?」

「はい。その……王鴉(オオガラス)みたいに、自由に。自由に飛び(なり)たいです」


 窓から、月明かりが二人を照らすように差し込む。

 沈黙があった。

 お互いがお互いを見ていた。

 レッタは、窓の向こう側の月を見た。


「『臆したら負けだ、死ぬしかない』」


「え?」

「私が救われた言葉。(せんせー)が、くれた言葉」

 あ。(せんせー)には内緒だからね、とレッタは付け加えた。

「……臆したら、負け」

「臆さず、つまり、ビビらずにいればいいんだよ。

 マッキーの言葉で言うなら、空を飛ぶためには、空を怖がっちゃダメだよね」


「……そうしたい、けど……」

「そうだね。最初は難しい。ああ、そうだ(せんせー)が当時、色々教えてくれた時、言ってた。『知らないから怖いんだ』、って」


「え?」

「マッキーは、殴られるのって、怖い?」

「そ、それは怖いですよ」

「じゃぁ、一度殴られるといい。ガーちゃんに頼もうかな」

「え、ええ」


「……顎の下を殴られる痛みと、肩を殴られる痛みと、お腹を殴られた時の痛みは、全部違うよ」

 レッタは、顎はね、と自分の左腕で左の顎を殴るジェスチャーをして見せた。


「顎は、頭が揺れる感じ。肩はじんわり痛い。お腹は、燃えるような痛みがするの」

 レッタは自分の毛皮に包まりなおす。


「自分が……何を怖がっているか、分かれば、何も怖くなくなるよ」

「自分が何を、怖いか……」

 こくん、こくんと、レッタはうとうとと舟を漕いでいた。


「私は、言いたいことや、やりたいこと、出来なくなるのが。

 ……一番、嫌。ああ、それが、自由なのかも……ね……」


 喋りながら、レッタはすやすやと寝息を立てた。


◆ ◆ ◆


「何故、勇者たちは、動かないんだ?」

 領主代行にして、ギルドマスター──彼の名前は、トゥッケ。

 全身に大怪我を負ったトゥッケは、翌日──昼過ぎ、目を覚ますなり、分厚いステーキと丸々と育ったロブスター、蜂蜜を使ってソテーした詰肝脂(フォアグラ)を持ってこさせた。

 それらを汚く食べ残しながら平らげて、品性の欠片もなくゲップをしてから、自分の指に付いた油を舐めとる。


「坊ちゃん。昨日の決闘で、坊ちゃんが負けた時、あの少女は、もう二度と関わるな、と伝えたそうです」


「だからどうした」

 どんっ、と机が叩かれた。ルチア・ワインが床に落ちて割れる。


「この僕に、これほどまで怪我をさせて、恥をかかせたんだ! 何が何でも報復する!」


 白髪交じりの執事は、目を伏せた。

 執事は嘆く。

 一流の治癒術師に、最高級の回復薬。

 城でも立ちそうな程に金額の張る最高水準の魔法薬ばかりを、湯水のように使い、たった一日で、ここまで坊ちゃんは回復した。

 しかし、正直に言えば……もう少し大人しくしてもらいたいものだ。これをきっかけに、荒れた性格も治れば良かったのだが。


「少なくとも、昨日ギルドに居た者は、誰も従わないでしょう」

 執事は、無能ではなかった。仮であれ、仕える主人が言うのであれば仕事をする。

 その兼ね合いで、昨日、ギルドの一件を聞きまわった。

 結果として、あの場にいた勇者の誰もが、『その少女』への畏怖を語った。

 決して、あれとは戦いたくない。

 それが、その場にいた勇者たちの言葉であった。


「従わせろ。従わないなら、この領土から追い出せ!」

 無茶苦茶を言う。だが、実際、執事はこの展開を読めていた。

 だから、勇者たちにもそれとなく、従わなければ追い出されると思うが、それでも従わないか、と尋ねていた。


 結果として、皆、異口同音、揃えて言っていた。


『あの少女に挑むくらいなら、ここを出る。』

『少女に挑むのは、自殺と同じだ』


 ……それほどの圧倒的な恐怖をその身に受けたのに、まだ立ち上がれるトゥッケの精神力は驚嘆だ。


「追い出されてもいい、とのことです」

 伝えると、トゥッケは爪を噛んだ。


「……使えねぇ、クソどもめ」

 だが、そこから、彼は集中した。


「……皇国との国境の守備にいる勇者部隊を呼び戻せ。今回ギルドに居た奴らと交代だ」


 その集中力から導き出される閃きは、切れ者のそれだ。

 だが、悪知恵にしか使われない。

 これが領地の運営に向くなら、いい領地を作れるはずだ、と執事は胸の中で溜息を吐いた。


「守備部隊は屈強な勇者たちが多い。くっはっは。あの女。

 必ず、生まれてきたことを後悔させてやるっ」


「坊ちゃん……。決闘で敗北なさったんです。もうそんなに固執は──」


 執事の顔の横を、フォークが掠める。


「うるさい! 二百年続く我がブラド家に爪を立てたのだ! 死が当然だ!!」

 怒声を上げ、癇癪を起す。

 執事は、ただただ俯いた。


「申し訳ございません。その通りでございました」

 甘やかして、育てすぎた。領主様も、執事自身も。

 だから、こんな考えを持つ人間になってしまった。


「わかりゃいいんだよ、わかりゃ!! ……はぁ。悪い。この僕も熱くなってしまっただけだ」

 執事は、慙愧を胸に抱き、ただ、頭を下げる。


「じーや。俺の『親友』、呼んどいてくれ」

「親友……」



「ああ、かの『魔王討伐』の勇者王……雷獣と呼ばれたあの勇者を、呼ぶ」



 

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