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【24】ドゥール【09】


 ◆ ◆ ◆


 獣国より西へ進むと、距離感を失う程に広がる大砂漠がある。

 この大砂漠から、砂漠地帯の全てが『砂の大国』の領土。

 面積だけで言えば現在の王国よりも大きく、世界で一・二を争う大国である。

 この砂漠の果てに程近くに『砂の大国』の首都があり、その首都の周りには幾つかの小さな村々が点在する。


 砂の大国の治安は『首都の周りは良い』とされている。

 どこの国でもそうであるが、必ず悪い人間や犯罪者は存在し、大きな国になればなるほど、首都の外側、地方と呼ばれる場所での悪はのさばる傾向にある。


 その日の夜、40人の盗賊団は浮かれ上がっていた。

 種族も国籍もまぜこぜの40人の盗賊団だ。


「ヒャッハー! 今日(ヒャッハー)上々(ヒャッハー)でしたね!」

「何を伝えたいか分かんねぇよ!」

「そいつは、今日も上々だって言っている」


「おカシラ!? 何で分かるんだあ!?」「本当におカシラはすげえぜ!」「だな! 俺たちもニュアンスをくみ取ってテンションだけは受け取ろうぜ!」「おお! 最高ってことだな!」


「……ま。ヒャッハーが言う通り、仕事(・・)は上々だな」

 長い襟に、眼帯を付けた──盗賊というよりかは海賊という見た目の男だ。

 その顔にはまるで鳥の羽のような入れ墨(タトゥ)があった。

そんな男がにたりと笑う。


「それもこれも、おカシラのおかげだ! やっぱ頭が良いからすげぇよ!」

「それにおカシラの持ってるなんだっけ? すきる? だっけか! 凄いよなぁ!」

「俺たちも欲しいよなあ、すきる」


「しかし、やっぱ、おカシラってすげぇよなぁ!

まだ盗賊業を始めて一か月も経ってないのに」

「ああ! こんなに!」「今日まで(ヒャッハー)略奪(ヒャッハー)したお宝たち(ヒャッハーズ)!」

「ぶっちゃけ、卸問屋を始められるくらいに在庫が盛りだくさんですぜ!」


 盗賊たちが笑い転げる。そして、ヒャッハーと叫ぶ盗賊がまさに『転げ落ちた』。


 彼らは、盗んだ交易品の『上』で飲んでいた。

 装飾が施された絨毯、サテンの衣服、虎の毛皮、美しい瓶に詰められた怪しげな薬、金の香炉に銀の星見灯、それから樽や瓶に入った酒、酒、酒……──高価な輸入・輸出品たちが、40人が座って談笑できる程に広がっているのだ。比喩ではなく、それ程の量の略奪品で埋め尽くされていた。


 獣国と砂の大国を行き来する商人隊(キャラヴァン)の定期便──それを闇夜と共に襲い続けた。

 たった一か月で集めた交易品の量も、家でも建てられそうな程の略奪品(せんりひん)である。


 夜。

 その空を見上げ、おカシラと呼ばれている海賊のような出で立ちの盗賊は立ち上がった。


「今日は運がいいな。──また雲が出たぞ」


「お! やるんですね、おカシラ!」

「ああ、お前たち。仕事をするぞ。この闇に乗じる」

「お、おお!」「野郎ども仕事だぁ!」「仕事したくない(ヒャッハー)!!」

「行くぞ、全員。目を瞑れ。それから、全員、腕に彫った入れ墨(タトゥ)に触れろ──【梟の集団】」


 その言葉に呼応して──彼の仲間たちの顔が羽毛で覆われる。

 同時に彼らは目を見開いた。

「おぉっし! 夜がこれで見えるぞ!」「その上なんだか(ヒャッハー)体が軽い(ヒャッハー)!」


 ──彼の術技(スキル)は、自身と自身が仲間とした者たちに【梟の力】を与える。

 その一つが暗闇を見る力。


 彼らの恐ろしさは、その高い情報収集能力にあった。

 梟化もあるとはいえ、彼らの斥候を務める10人の盗賊たちが特に情報収集と隠密行動の能力に優れていた。


 それ故、いち早く商人隊(キャラヴァン)を見つけ、彼らの護衛が動くより早く全体に情報を共有。

 斥候10人が護衛らを叫び声も上げさせずに処分し、その後、救援を呼ばれるより早く主力の30人が雪崩れ込み──商人たちを虐殺。あっという間にお宝を奪い去る──それが彼らの必勝パターンだった。




 だが、今晩に関しては──。




「おカシラ、残念ですけど、今日は商人隊(キャラヴァン)がいませんでした」

 斥候のまとめ役を務める背の低い男が戻ってきて、カシラに告げた。


「……っち。獲物が居ないんじゃ話にならんな」

「今日は巣に戻りますか?」

「いや……仕方ねえ。……おい、あっちに村があったろ」

「! おカシラ、まさか村を襲う気ですか!?」

「ああ。丁度いい。あそこにある辺鄙な村を襲っちまおう。警兵も少ないだろうし、俺たちなら出来る」

「や、止めておいた方がいいです。村は」

「あぁ? 何故だ?」

「……」

 急に、彼らは静まり返った。


「……おカシラ。あそこは砂の大国の村です」

砂の大国の村(ヒャッハー)マズイですよ(ヒャッハー)……」

「何がマズイんだ? たかが村で」


「……村を、襲うと」「……が」「ああ……」


「おい。なんだ。小声で言うな。ちゃんと喋れ」

「こ、ここいらの『盗賊』なら……皆知ってるんですよ。あ、いえ、おカシラがここいらの奴じゃないっていうことを言いたいんじゃないんです」


盗賊たち(ヒャッハー)たちの間に伝わ(ヒャッハ)(ヒャッハー)……」



「……何なんだ。村を襲うと何があるんだ?」





「……村に入って盗みを犯した盗賊は、死ぬんですよ。

どこへ逃げても、砂漠から出ても……必ず、死ぬんですよ」





 ──彼らの言葉に、カシラは目を丸くした。

 そして、それから噴き出した。


「は、あっはっはっ! 何を言い出すかと思えば、迷信か!?」


「め、迷信じゃないですよ。実際に、なぁ」

「ああ、俺の兄貴から聞いたけどよ。村から金目の物を盗んだんだ間抜けがいて……そしたら、その後、目の前で死んだらしいんだ。急に、頭から血を出して」

「病気でも持ってたんじゃねぇのか」


「お、俺も聞いたことがあります。強盗がその場で鼻血を出して死ぬ話」

「俺は目から血を流して死んだって」「殺人をした奴は血の海に沈んだって聞いたぞ」


「悪裁きの呪い、って言われてて……」

 怯えている仲間たちを見て、おカシラは溜め息を吐いた。


「くだらん。

呪いなんてあるものか。というか、考えてみろ。

もし、この砂漠に悪い人間を裁く呪いが掛かってるとしたら、どうして俺たちは死なない? 

あの商人隊(キャラヴァン)が獣人だったからか? 

いいや、大国の民も殺したし黒の妖精(ダークエルフ)も殺したろ! それなのに裁かれないのは何故だ?」


「それは」「どうしてだろう?」「運がいいから(ヒャッハー)?」


「──その呪いが迷信だからだ!」


「そ、それもそうか」「たしかに(ヒャッハー)!」「そう、ですが」

「そうだ、兄弟。俺たちを呪い殺せない程度の呪いだ! 

大丈夫だ、この闇と俺の術技(スキル)がある限り、俺たちは無敵だ。

呪いも闇の中には届かないさ」


 そして、黒い梟たちは──砂の風の中を駆け抜けた。

 外に居る警備の兵士の持つ松明を──その命の蝋燭もろとも吹き消した。

 西側から侵入し、音を立てずに巡回の兵士を殺し回る。

 聡い兵士が気付いた──それでももう後の祭りだ。

 警鐘が響いた頃には、村は半分燃えている。人も2割は死んでいる。



 ──そう。村を襲って略奪をしたからと言って、悪人だけを裁くという呪いが存在する訳はない。



 彼らは人を攫わない。そこから足が付くことを知っている。

だから金品を根こそぎ奪い、自らの足で逃げ帰る。

 顔も羽毛に覆われているからバレることは無い。梟の盗賊という仮面を、存在を演じられるからこそ──悪逆に強盗も殺人も行える。


 派手に花火のような音がした。


「うっ! 眩しいなコラっ」「目が痛い(ヒャッハー)ッ!!」

一瞬、真っ白に見える程の光で照らされた──警備兵士の誰かが照明弾でも打ち上げたのだろう。

 だが、それだけ。遅滞攻撃にもなりはしない。


「よし、十分に奪った! 爆薬部隊は爆薬を設置! 引くぞ!」


 そしてカシラの合図で盗賊団が散り散りに逃げ出す。

 初めの一人が、村の柵を越えようとした時だった。




 ばたん。とその男は倒れた。




 目をぐるりと上に向けて、仰向けにその場で倒れた。

「なっ、な──ぇぃん」

 それを見ていた獣人が、言葉にならない言葉をあげてその場に崩れ落ちる。


 血だまりが──広がる。


「ひっ。やっぱり呪──」「あっ!? 嘘だろ、お」

 二人同時にその場に倒れた。

 殿(しんがり)──村の中心でその全てを見ていたおカシラは、倒れていく仲間たちを見ながら、しりもちをついた。


 彼は、その闇夜を見る目の能力で──見えてしまった。

 何があったか。厳密には一部しか見えていなかったが、それでも全てが繋がった。


 彼の故郷である王国、その民なら──誰でも知っている存在が居る。

 嘘か本当か、距離(レンジ)に限界が無く、たった1種類の武器だけで国一つ守り抜いたという伝説の勇者(おとこ)の話。

 戦場によくある噂話だ。尾鰭が付いただけ、そう思っていた。


 それが。


「おカシラ! このまま(ヒャッハー)じゃ、やば(ヒャ)


 またも、見えた。

 ヒャッハーと叫ぶその部下もまた──その眉間を撃ち抜かれた(・・・・・・)


 銃弾。




「村を襲った盗賊だけを殺すなんて呪いが、ある訳ねぇ。けど」




 ──村を襲う悪人だけを裁くという呪いは、存在しない。だがしかし。



 新月のような闇の中であっても。

 僅かな光源一つで狙撃を行える技術。

 何キロも離れた村で略奪を行う盗賊の、その盗賊たちを一発で仕留める狙撃を行う常識外れた存在。




 ──村を襲う盗賊だけを正確に狙い、撃ち殺す狙撃手(スナイパー)。その存在を──王国民なら知っていた。





「《雷の翼》の勇者ッ……銃神、ドゥールが──」





 眉間、喉、心臓──着弾。

 狙撃の音すら聞こえない。遥か彼方から来た銃弾で、その男は血の海に沈んだ。





 ◆ ◆ ◆


 ──盗賊たちが狙撃された村から、約10キロ先。


 そこに砂の大国の首都である。

 そして、この国にはその王宮の背後に、不思議な建築物が立っている。

 

 王宮よりも高く聳え立つ鋼鉄の櫓。

 ただの梯子しかなく、その頂上には人一人が座れるスペースがあるだけの櫓。


 本人(・・)の希望から、砂の大国の一部の人間しか知らないその場所は《彼》専用の場所だ。


「……着弾(ヒット)。……ふぅ」


 背丈より長く持ち運ぶことすら困難に見える黒い狙撃銃を背負い、その男は息を吐いた。

 真っ黒い髪を短く切り揃え、撫でつけるようなオールバック。

 光沢のない鋭い黒い目と、対照的な程に白い肌。

 その腕には数字の『8』とその周りを埋め尽くすように美しい幾何学模様の入れ墨(タトゥ)



「流石に、この距離は疲れる」

 


 《雷の翼》所属、『銃神』の異名を持つ狙撃兵──ドゥールは深く息を吐いてから首を回す。

 コキコキという音だけが静かな砂漠の夜に響いた。


 



◆ ◆ ◆

申し訳ございません。

作中で使用している一部の距離を変更しました。

急な変更で申し訳ございません。

11/05 暁輝 (12:52)

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