表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

641/844

【24】食う【05】


 ◆ ◆ ◆


 ──少し時間は戻り、ハルルが香辛料(スパイス)を見ている頃。



「ハルルさんの中に──サシャラさんがいる。そう感じているのは、僕だけでしょうか?」



 砂漠の境界、平らな地面と転がった岩。じりじりと焼けるような砂漠を望む。

 この野ざらしの場所に全く不相応な豪奢な机に肘を乗せ──俺は目の前の男を見た。


 俺の目の前で茶なんか飲んでるのは──ユウ。ユウ・ラシャギリ。

 《雷の翼》の一人。魔族の男だ。


「そう睨まないでくださいよ。怖いですよ」

「睨んでねぇけど──ただ(いぶか)しんでるって奴だよ」

「ははは。そうですかそうですか。まぁ……ジンさんには酷かもしれませんね」


「あぁ??」

「──ハルルさんの中にサシャラさんがいる。原理や理由は分かりませんが──きっと、居るんだと思いますよ」


 ──ユウの言葉に目を細めた。

「……ユウ。俺は、さ」

「はい?」

「そんなこと──」





 熱気。もわっとした熱気に似た──悪意。





 言葉を出すより前に。

 俺の背後にそんな風を感じた。



「ユウ。今」

「?」

 ユウは気付いていない? じゃあ俺だけか、今の変な感覚があったのは。

 なんだ。今の感覚は。どこだ。誰の感覚だ。


「この話は後だ。町に行くぞ。──嫌な感覚だ」

「はい? 嫌な感覚??」

「昔、戦ったことのある奴だ。誰か、思い出せないが……誰かいる」

 ユウは、そんなはずは、などと言っていたが……この感覚は外さない。

 間違いなく誰かが居る、あの町に。



 ◇ ◇ ◇



「……嫌な感覚、本当にあります???」

「あるっての」

「僕には平和な町にしか見えないけどなぁ」


 ……確かに、少し薄れた感じはする。

 高い魔力でも、殺意でもなく──ぞっとするような悪意だったんだ。

 だけど……うーん。どうしてだろうか。

 今は何もない。まるで『何かで発散』したかのようだ。


「とりあえずハルルと合流しよう」

「妙案ですね。ただ……」

「なんだよ?」




「どこで合流する話でしたっけ?」




 ……。

「知らない町で動くなってあれほどッ!」

「言ってない言ってない。ジンさん、捏造はよくありませんって」

「仕方ない。探索魔法だ」

「……ジンさん。僕、探索系魔法は苦手なんですけど」

「あー……そうだったけか?」

「厳密に言えば探索魔法が荒っぽいんですよ。僕もジンさんも、別属性の魔法を混ぜて使うじゃないですか」

「ああ」

 ……確かに。俺は探索魔法を使う時に必ず雷魔法と混ぜて使う。


「属性魔法は派手で目立ちますよ。魔法使い相手なら確実に反応されます。

それで本当に悪い魔法使いが潜伏してたら、僕らの居場所を教えるようなものですよね?」


「……一理あるな」

「百理の塊ですけどね??」


 困ったな。

 まぁ、悪意っぽい熱気は収まった感じもする……。大丈夫、だろう。

「仕方ない……直感で行くしかないな」

「そうですね。ジンさん。幸い、僕らはかなり勘が良い二人組です」

「ああ。確かに。そうだな」

 デカいフラグじゃあない。実際に俺らは勘が良い二人組だ。信じろ。

「ただ、ジンさん?」「ん?」

「語尾、忘れずに」「……了解だッギョ」

 今……俺は魚頭、だったな。語尾が、ッギョ、にするんだったッギョ。


「よし。行く、ギョ」

「おー」



 ──まず、最初に怪しい気配なのは……あっちだ。

 高い塀、白い路地を抜けて、青空に並ぶ旗を見上げる。

 人通りがあるその道すがら。



「……人混みですね」「だギョ」「……丁度、列が少ないです」「だギョな」

 この気配は。温かい香り。どこか落ち着く油と、小麦粉の香り。




 一口揚団子(ルゲマート)


 小麦粉を練って作られた一口サイズの団子を揚げたものだ。

 鉄小鍋(スキレット)のような入れ物に出来立ての団子が10個くらい盛られて出てきたから、ボリューム感が尋常じゃない。


 どろっとした甘い香りの棗椰子蜜(デーツディー)を、上からたっぷりかける。

 鍋の底に蜜がたっぷり溜まってる。

 揚げ立て特有のほんのりとした湯気ごと、一気に口の中へ。頬張る。凄い。


 見た目からは想像が付かなかったが、外はカリっとしている。中はかなりふわふわだ。

 これはドーナッツに近い触感だ。


 ただ一番の違いは噛めば噛む程に香る香辛料(スパイス)だろう。

 香辛料(スパイス)と聞くと辛い物を想像してしまうだろうが、それは少し違う。香辛料(スパイス)は食事を高めてくれるのだ。こうやってお菓子に練り込むことにより、香りが鼻を抜けて飽きることが無い風味を作り続ける。


貴砂冠(カルダモン)箔紅花(サフラン)で味付けをしているそうです。

そしてこの蜜は、既に一流旅館(ホテル)のデザートクラスの糖度を誇る椰子(デーツ)の蜜をふんだんに使っているそうです」

「なるほどッギョ。素晴らしい甘みと香りの調和ギョ。

……簡単な言葉になってしまうが、エキゾチックなデザートってこういうことを言うんだギョな」

「いえ、分かります。エキゾチックはこれでしょう。まさに異国情緒。スパイス好きになりそうです」

「だなッギョ」




「! 隊長ッ! あっちから更に怪しい気配がっ!!」

「なんだッギョっ! うおおお!? なんだこれッギョ!」



 壺! いや、違う、なんだこれは。

 路地を曲がったら路面に急に、地面一体型の壺みたいなものが現れた。

 人間一人中に入れてしまいそうなサイズ感だ。


「デカいモグラが出た穴ッギョか?」「水瓶にも見えますね。異様にデカいですが」


「これは調理器具ですよ。粘土で出来た壺窯(タンドゥール)

中は500℃近く高温で、色々焼くのですよ」


 おお、立派な犬耳の店員さんが丁寧に説明してくれた。

「おすすめはあるかッギョ?」

 店員さんはおもむろにその壺窯(タンドゥール)に手を入れ──取り出した。




串に刺した焼き肉(シークケバーブ)、一択」




 高温調理することによって無駄な油は弾け飛ぶ。

 こちらもスパイスが効いている。

 甘種粉(ナツメグ)というスパイスだそうだ。ああ、肉汁と混ざり合って弾ける香りが、辛みと爽やかさを伴って駆け抜けた。

 そして、口の中には肉が残る。癖のない肉の味わいがどんどん広がっていく。


 本来は癖の強い肉らしいが、スパイスの力で掻き消されるそうだ。

 それ故に、肉を食べているのに、まるで肉を飲んだような気持になる。まだ食べられる。

 串に付いた油まで舐めてしまう。「隊長、二本目」「貰ってこいギョ」「イェッサー!!」


 ハーブの香りもある。それにどこかロースト感ある香りもあった。

 理由は、この壺窯(タンドゥール)にある。中を見せて貰った。

 内部に燃える薪があった。そして、気付く。どれも同じ木だ。


 ──曰く、この店の店主は木に拘りがあるらしい。


「串焼きには焼いた木の香りが移る。適当な木の薪を使うのではなく、好みの。

出来ればみんな、外で肉を沢山焼いて、良い煙を出す木を見つけるといいよ。

そうすると、最高の煙を作れるようになる。そしたら、肉、最高よ」


 その拘り、この一口でしっかりと堪能できた。

「隊長、六本目です!!」「だな。っ、ユウ、あれを見ろッギョ! ヤバイッギョ、あれは」


 油の香り、セカンド。

 男子はすぐこの香りに惹かれてしまう。見ろよ、あれは。


「コロッケ?」




ひよこ豆揚げ物(ファラフェル)だそうです」




 豆かよ。そう思っていた瞬間もあった。


 こんな丸くて小さい物と、侮っていた。違った。

 熱々の揚げ物ブーストがあったのかもしれないが、一口食べて全然違うと感じた。

 まず口当たりは軽い。

 そして、馬芹(クミン)、胡椒、古肉桂(シナモン)などのスパイスに、爽やかなハーブとニンニクが合わさった風味が突き抜けていく。軽いのに、しっかりと食事を感じさせてくれる。


 一つで、噛めば噛む程、中にある『肉だね』ならぬ『豆だね』が口の中で解けていく。

 その時にスパイスが改めて混ざり合い、違う表情を生み出す。多面体……口の中で転がす度に、多幸感がやってくる。


「ユウ。それは何を付けてるんだギョ?」

「ふふふ、レモンとヨーグルトを混ぜたソースだそうです」

「美味しいギョ?」「どうぞ」「……」

 うーんっ、爽やかっ! ヨーグルトとレモンだけじゃなくて、ミントやニンニクも入ってる気がするっ。ひよこ豆の力を更に強く引き立てるっ!



 ◇ ◇ ◇


 そして、夕暮れ。

 砂の海に沈む太陽を見送り、土色の階段に座っている。


「俺たちは、観光で来た訳じゃないぞ」

「ええ……そろそろ真剣に探しましょうか」


 だが、俺たちは動かなかった。

 お互い──手に持った飲み物を同時に飲んだ。ストローで吸う。


 果物を磨り潰して氷付けにしたジュースである。

 俺はオレンジと砂糖漬けレモンのジュース。ユウは西瓜と花の蜜らしい。


「……ユウ」「なんでしょう」

「ちょっと……食い過ぎたな」「ええ……ですね」




 お腹、いっぱいで──動けなかった。




「無計画に食い過ぎたな」「ええ……」

「今夜、軽食でいいな」「ですね……」




「ジンさん! ユウさん! 探したッスよ! こんなとこにいたッス!」


 ああ、ハルルが歩いて来た。

「おお、ハルル。ラッキーだわ」「合流できました、よかったですね」

 教訓としては……知らない町では友人と逸れないようにしましょう、だな。




「あ、そうだ。そこで串に刺した焼き肉(シークケバーブ)っていうの売ってたんスけど、食べます?」





「「食う」」





 串に刺した焼き肉(シークケバーブ)、最高です。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ