【24】食う【05】
◆ ◆ ◆
──少し時間は戻り、ハルルが香辛料を見ている頃。
「ハルルさんの中に──サシャラさんがいる。そう感じているのは、僕だけでしょうか?」
砂漠の境界、平らな地面と転がった岩。じりじりと焼けるような砂漠を望む。
この野ざらしの場所に全く不相応な豪奢な机に肘を乗せ──俺は目の前の男を見た。
俺の目の前で茶なんか飲んでるのは──ユウ。ユウ・ラシャギリ。
《雷の翼》の一人。魔族の男だ。
「そう睨まないでくださいよ。怖いですよ」
「睨んでねぇけど──ただ訝しんでるって奴だよ」
「ははは。そうですかそうですか。まぁ……ジンさんには酷かもしれませんね」
「あぁ??」
「──ハルルさんの中にサシャラさんがいる。原理や理由は分かりませんが──きっと、居るんだと思いますよ」
──ユウの言葉に目を細めた。
「……ユウ。俺は、さ」
「はい?」
「そんなこと──」
熱気。もわっとした熱気に似た──悪意。
言葉を出すより前に。
俺の背後にそんな風を感じた。
「ユウ。今」
「?」
ユウは気付いていない? じゃあ俺だけか、今の変な感覚があったのは。
なんだ。今の感覚は。どこだ。誰の感覚だ。
「この話は後だ。町に行くぞ。──嫌な感覚だ」
「はい? 嫌な感覚??」
「昔、戦ったことのある奴だ。誰か、思い出せないが……誰かいる」
ユウは、そんなはずは、などと言っていたが……この感覚は外さない。
間違いなく誰かが居る、あの町に。
◇ ◇ ◇
「……嫌な感覚、本当にあります???」
「あるっての」
「僕には平和な町にしか見えないけどなぁ」
……確かに、少し薄れた感じはする。
高い魔力でも、殺意でもなく──ぞっとするような悪意だったんだ。
だけど……うーん。どうしてだろうか。
今は何もない。まるで『何かで発散』したかのようだ。
「とりあえずハルルと合流しよう」
「妙案ですね。ただ……」
「なんだよ?」
「どこで合流する話でしたっけ?」
……。
「知らない町で動くなってあれほどッ!」
「言ってない言ってない。ジンさん、捏造はよくありませんって」
「仕方ない。探索魔法だ」
「……ジンさん。僕、探索系魔法は苦手なんですけど」
「あー……そうだったけか?」
「厳密に言えば探索魔法が荒っぽいんですよ。僕もジンさんも、別属性の魔法を混ぜて使うじゃないですか」
「ああ」
……確かに。俺は探索魔法を使う時に必ず雷魔法と混ぜて使う。
「属性魔法は派手で目立ちますよ。魔法使い相手なら確実に反応されます。
それで本当に悪い魔法使いが潜伏してたら、僕らの居場所を教えるようなものですよね?」
「……一理あるな」
「百理の塊ですけどね??」
困ったな。
まぁ、悪意っぽい熱気は収まった感じもする……。大丈夫、だろう。
「仕方ない……直感で行くしかないな」
「そうですね。ジンさん。幸い、僕らはかなり勘が良い二人組です」
「ああ。確かに。そうだな」
デカいフラグじゃあない。実際に俺らは勘が良い二人組だ。信じろ。
「ただ、ジンさん?」「ん?」
「語尾、忘れずに」「……了解だッギョ」
今……俺は魚頭、だったな。語尾が、ッギョ、にするんだったッギョ。
「よし。行く、ギョ」
「おー」
──まず、最初に怪しい気配なのは……あっちだ。
高い塀、白い路地を抜けて、青空に並ぶ旗を見上げる。
人通りがあるその道すがら。
「……人混みですね」「だギョ」「……丁度、列が少ないです」「だギョな」
この気配は。温かい香り。どこか落ち着く油と、小麦粉の香り。
一口揚団子。
小麦粉を練って作られた一口サイズの団子を揚げたものだ。
鉄小鍋のような入れ物に出来立ての団子が10個くらい盛られて出てきたから、ボリューム感が尋常じゃない。
どろっとした甘い香りの棗椰子蜜を、上からたっぷりかける。
鍋の底に蜜がたっぷり溜まってる。
揚げ立て特有のほんのりとした湯気ごと、一気に口の中へ。頬張る。凄い。
見た目からは想像が付かなかったが、外はカリっとしている。中はかなりふわふわだ。
これはドーナッツに近い触感だ。
ただ一番の違いは噛めば噛む程に香る香辛料だろう。
香辛料と聞くと辛い物を想像してしまうだろうが、それは少し違う。香辛料は食事を高めてくれるのだ。こうやってお菓子に練り込むことにより、香りが鼻を抜けて飽きることが無い風味を作り続ける。
「貴砂冠と箔紅花で味付けをしているそうです。
そしてこの蜜は、既に一流旅館のデザートクラスの糖度を誇る椰子の蜜をふんだんに使っているそうです」
「なるほどッギョ。素晴らしい甘みと香りの調和ギョ。
……簡単な言葉になってしまうが、エキゾチックなデザートってこういうことを言うんだギョな」
「いえ、分かります。エキゾチックはこれでしょう。まさに異国情緒。スパイス好きになりそうです」
「だなッギョ」
「! 隊長ッ! あっちから更に怪しい気配がっ!!」
「なんだッギョっ! うおおお!? なんだこれッギョ!」
壺! いや、違う、なんだこれは。
路地を曲がったら路面に急に、地面一体型の壺みたいなものが現れた。
人間一人中に入れてしまいそうなサイズ感だ。
「デカいモグラが出た穴ッギョか?」「水瓶にも見えますね。異様にデカいですが」
「これは調理器具ですよ。粘土で出来た壺窯。
中は500℃近く高温で、色々焼くのですよ」
おお、立派な犬耳の店員さんが丁寧に説明してくれた。
「おすすめはあるかッギョ?」
店員さんはおもむろにその壺窯に手を入れ──取り出した。
「串に刺した焼き肉、一択」
高温調理することによって無駄な油は弾け飛ぶ。
こちらもスパイスが効いている。
甘種粉というスパイスだそうだ。ああ、肉汁と混ざり合って弾ける香りが、辛みと爽やかさを伴って駆け抜けた。
そして、口の中には肉が残る。癖のない肉の味わいがどんどん広がっていく。
本来は癖の強い肉らしいが、スパイスの力で掻き消されるそうだ。
それ故に、肉を食べているのに、まるで肉を飲んだような気持になる。まだ食べられる。
串に付いた油まで舐めてしまう。「隊長、二本目」「貰ってこいギョ」「イェッサー!!」
ハーブの香りもある。それにどこかロースト感ある香りもあった。
理由は、この壺窯にある。中を見せて貰った。
内部に燃える薪があった。そして、気付く。どれも同じ木だ。
──曰く、この店の店主は木に拘りがあるらしい。
「串焼きには焼いた木の香りが移る。適当な木の薪を使うのではなく、好みの。
出来ればみんな、外で肉を沢山焼いて、良い煙を出す木を見つけるといいよ。
そうすると、最高の煙を作れるようになる。そしたら、肉、最高よ」
その拘り、この一口でしっかりと堪能できた。
「隊長、六本目です!!」「だな。っ、ユウ、あれを見ろッギョ! ヤバイッギョ、あれは」
油の香り、セカンド。
男子はすぐこの香りに惹かれてしまう。見ろよ、あれは。
「コロッケ?」
「ひよこ豆揚げ物だそうです」
豆かよ。そう思っていた瞬間もあった。
こんな丸くて小さい物と、侮っていた。違った。
熱々の揚げ物ブーストがあったのかもしれないが、一口食べて全然違うと感じた。
まず口当たりは軽い。
そして、馬芹、胡椒、古肉桂などのスパイスに、爽やかなハーブとニンニクが合わさった風味が突き抜けていく。軽いのに、しっかりと食事を感じさせてくれる。
一つで、噛めば噛む程、中にある『肉だね』ならぬ『豆だね』が口の中で解けていく。
その時にスパイスが改めて混ざり合い、違う表情を生み出す。多面体……口の中で転がす度に、多幸感がやってくる。
「ユウ。それは何を付けてるんだギョ?」
「ふふふ、レモンとヨーグルトを混ぜたソースだそうです」
「美味しいギョ?」「どうぞ」「……」
うーんっ、爽やかっ! ヨーグルトとレモンだけじゃなくて、ミントやニンニクも入ってる気がするっ。ひよこ豆の力を更に強く引き立てるっ!
◇ ◇ ◇
そして、夕暮れ。
砂の海に沈む太陽を見送り、土色の階段に座っている。
「俺たちは、観光で来た訳じゃないぞ」
「ええ……そろそろ真剣に探しましょうか」
だが、俺たちは動かなかった。
お互い──手に持った飲み物を同時に飲んだ。ストローで吸う。
果物を磨り潰して氷付けにしたジュースである。
俺はオレンジと砂糖漬けレモンのジュース。ユウは西瓜と花の蜜らしい。
「……ユウ」「なんでしょう」
「ちょっと……食い過ぎたな」「ええ……ですね」
お腹、いっぱいで──動けなかった。
「無計画に食い過ぎたな」「ええ……」
「今夜、軽食でいいな」「ですね……」
「ジンさん! ユウさん! 探したッスよ! こんなとこにいたッス!」
ああ、ハルルが歩いて来た。
「おお、ハルル。ラッキーだわ」「合流できました、よかったですね」
教訓としては……知らない町では友人と逸れないようにしましょう、だな。
「あ、そうだ。そこで串に刺した焼き肉っていうの売ってたんスけど、食べます?」
「「食う」」
串に刺した焼き肉、最高です。




