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【24】ハルルとルクリス①【03】


 ◆ ◆ ◆


(ふんふん。なんッスかね、凄く良い香りが幾つも混ざってるッスね!)


 人混みの市場の中でハルルは鼻をくんくんと動かして、露天商の前で立ち止まる。

 所狭しと布に、赤や黄色、目を引く香辛料たちが砂山のように盛られている。


(見てるだけでも異国って感じッス! というか、こういう香辛料ってどうやって使うんスかね。

複数種類を混ぜて使うって聞いたことはあるんスけど、やっぱりわかんないッスねぇ……)


「猫の人、観光かい?」

 カバのような見た目のこの露店の店主がハルルに話しかけてきた。声質からして女性のようだ。


「はいッス! そんな感じッス!」

「だと思ったよ! ここいらが初めての猫の人は大体、鼻をくんくんしながら歩くからね!」


(え! そうなんスか!? そ、そういう知識があって真似た訳じゃないんスけど、良かったッス!)


「えへへ。お土産にスパイスを買ってみたいと思ったんスけど、知識が無いモノで困ってたんスよ~」

「これだけ種類があるとね! そうだよね!」

 カバの店主が色々と説明を始めてくれた。


(どの町にもいる親切なおばちゃん商人さんに当たったッスね! 

知らない土地ではこういう方に選んで貰えると良い物が手に入りやすいので個人的にはとってもラッキーッス! 

ただ──)



 ハルルは会話の途中で──ぐるんっと背後を向いて、『こちらを見ている人』と目線を合わせる。



 後、一・二歩で手が届く様な距離に居た『背の低い少年』。

 耳が丸く人間と同じような位置にあるから猿系統の獣人だろう。


 少年は思い切りビクッと背筋を伸ばす。ハルルのまっすぐな目に射竦められ、少年は背を丸くして町の雑踏の中へと消えていった。



(──旅人を狙ったスリとかも、やっぱりいるんスね~。

あ、この店主さんはグルではないでしょう。直感ッスけどね~!)



「うん? どうしたんだい、猫の人?」

「ああ、お気になさらずッス! それより他のスパイスのことも知りたいッス!」


 それからハルルと店主の談笑は続いた。そして、露店を後にする頃。

 気付けばハルルは大袋いっぱいに複数種類のスパイスを購入していた。


(はっ! 店主さんの口が巧すぎていっぱい買わされているッスッ!!)

 一瞬、後悔がこみ上げたが、まぁ美味しいご飯を作ればいいか、と頷いた。


(この町は賑わってるッスね~。でもやっぱりスリは常習的にいるみたいッス)

 先ほどの露店に居る間、あの少年の他にもう二人ほどハルルに近づこうとしてきた男が居た。

 だがどれもハルルに未然に防がれ失敗に終わっていた。


(ジンさんたち、まだ来ないッスね。まぁいいんスけども)

 ジンとユウの二人は町の外側で会話している最中だ。


(元《雷の翼》の二人はどんなことを喋ってるか、すっごい興味はあるんスけど! 

シリアス顔してたので、ああいう時は下がっておくッスよ! 

スピードハルルはクールに去るんス……っと──)




 不意にハルルは足を止めた。



 そして、目を凝らし──『誤認』ではないことを確認し、すぐさま足に力を入れる。

 道行く人の間を縫うように進む。人混みの数十メートルの距離を最短で抜ける。




 その細長い腕を掴んだ。




「──!?」「あら?」

「人のもの盗るのは犯罪ッスよ」


 先ほどの猿の獣人少年だ。

 女性のローブに手を入れている最中に、ハルルがその腕を掴んでいる。


「っ! 離せっ、ってっ!」

 獣人少年はハルルの手を振り払うように腕に力を込めるが、ハルルは力を緩めない。


「私は旅人で、この町じゃ何の権限もないただの猫の人ッス。

でも、キミ。これはお節介ッスけど。悪いことをしてたら必ず大変な目に合うッスよ。外から来た余所者なので事情なんて何も分かりませんが──」


「五月蠅いなッ! 分かったよっ! 分かったから離せよッ!」

 少年の腕を離した。少年は数歩後ろに下がって怯えたように二人を見た。

「お前たちのことはもう狙わないよっ、じゃあなっ」

「そうじゃなくて悪いことは──あーあ、行っちゃったッス」

 ハルルが頬を掻いてから、財布を盗まれそうになっていたお姉さんに向き直る。

 同じようなローブを被っている。

 そして、まるで羊の毛のようにふわふわとしたクリーム色の髪が胸の辺りまで伸びている。

 顔をようやくハルルは見れた。赤い眼鏡の、綺麗な女性だ。


「守ってくれたんだ? ありがとうね」

 その女性は、ころころとした笑顔を浮かべた。


「いえいえ。悪いことは許しちゃいけないッスから!」


 ころころとその女性は笑う。

「勇者みたいだね。いいね、そういう考え方」


「えへへ。勇者が大好きなので」

「ふぅん? 獣人なのに珍しいね」

「はいやっ! いやいや、えー、えと、実は共和国に住んでいて、そこで色々と勉強しておりましてッス」


「共和国? ああ! どうりでね。英雄譚劇だったっけ?」

「そッスそッス! 良い物でしたッスよ! ライヴェルグとドゥールとナズクルの男の友情を描いた物が特に──わっ」


 ──クリーム色の羊っ毛の女性が、目を輝かせてハルルの手を握っていた。



「その話、詳しく聞かせて!」


「え、ああ、いいッスけど──もしや、貴方」

「ええ、私、ライヴェルグ激推し」

「お、おおっ! 獣国でそういう方と出会えるとはッ!」

「私もよ! 獣人は人間が嫌いな人が多いから。確かに若い世代は《雷の翼》好きな人も多いって聞いたけどね!」



「えへへ。そうなんスか! あ、私の名前はハルルッス!」



「ハル・ルッスちゃんね。私はルク──ルクリス! ルクリスっていうの、よろしくね」



(一瞬、口籠った? まぁいいッスけど)

「ハルル、でッス!」

「分かってるって~。立ち話もなんよね。

あっちに珈琲が美味しい喫茶店があるの。一緒に休まない?」

「え! ああ、でも」

「いいじゃん? さっきスリから助けてくれたお礼も兼ねてるから! 

ほらほら~甘いものもあったから付いてきなさいってー!」

(ああ、なんかこの強引な感じ、ナツ姉に似てるッス……っ!)


 そうして二人は路地にある喫茶店に入った。


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