【23】ヴィオレッタ VS ナズクル ④【24】
◇ ◇ ◇
ヴィオレッタが……魔力回復薬を、先に手に入れた。
なんという重い一撃だ……。っ、マズイ。気を抜いたら、栓を抜いた酒瓶を逆さにしたように、溢れかえってしまう。
戦況的に、俺が不利……だ。だがしかし。俺も『銃』を手に入れた。
そして、さっき弾丸をチェックした時……確認した。
逆転の一手が、弾丸にあったことを確認済みだ。
俺は、魔法の発動がそこまで速くない。だから、『付与魔法』が得意になった。
付与魔法は便利だ。先に『物体に魔法を付与』しておける。そしてその時に『発動条件』も設定できる。
例えば──銃弾に火炎魔法を付与して、着弾後に魔法が発動するように仕込めば、簡易的な火炎魔法弾の完成だ。
そして、弾倉の三発目から──この状況を逆転させる『弾丸』があった。
後は、それを撃ち込む場所だ。
この場で使っても意味がない。奇襲性に優れていないと……意味がないんだ。
◇ ◇ ◇
ヴィオレッタは呼吸を整えながら、手から靄を生み出す。
紫に淡く光るその靄を胸のあたりに押し込んだ。
(ナズクルの術技は私の過去の『状態異常』を蘇らせる。
私の思う『動けなくなる』はイコール『沈塊症』っていう病気の症状。
全身の筋肉と関節が痛くて動かせなくなる病気。だから……『鎮痛魔法』で改善できるはず。……確かに、痛みはかなり減った。けど)
その頬に、一筋だけ汗が伝う。
(そう簡単に完全回復とはいかないね。倦怠感も残ってるし、痺れもある……。
手は、重いものをたくさん持った後みたいに痺れてるし、足もチクチクと刺され続けてるみたいだ)
手を前に出す。僅かに震えた手に、靄が蛇のように這う。
そして指を照準のように、倒れ込んだナズクルへ向けた。
この数瞬後、ナズクルはすぐに起き上がろうとするだろう。
(だから。機は逃さない)
「【靄舞】──」
瞬時、ナズクルはヴィオレッタを見た。
「っ」
「──回り穿て!」
靄はドリルのように回転し、ナズクルに向かう。
間一髪、ナズクルは銃を前に突き出した。
二発の弾丸が放たれる。
靄に抗うように風と火の魔法だ。
(後詠唱魔法? いや付与魔法を弾丸にしているだけ?
なんにしても、今の回復した魔力量なら!)
「回れ回れ──! 回って穿て!!」
靄が更に大きくなる、そして素早く回転する。
止まらない。
ナズクルの魔法を靄の渦が巻き込んでいく。
「が、っ!!」
直撃した。
筍型の先端が、ナズクルの胴に辿り着き、引きちぎられたように赤い血が周囲に飛び散る。
続いて靄の大渦が床を抉り、壁を切り裂いて、ナズクルを外に押し出した。
その最中。壁と床が吹き飛ぶ轟音の中──ヴィオレッタの耳は『音』を捉えた。
だが、その音さえも巻き込んで、黒い風と刃の嵐は突き進んだ。
(風の魔法と刃の魔法を複合した技。──手応え、有りだ……っ!)
ヴィオレッタが拳を引くと同時に、黒い靄が消失する。
残ったのは──結果。
長い廊下に、ナズクルは仰向けになって倒れている。
「……」
(──気は、まだ失ってないみたい。でも、立ち上がるのは無理そうって感じだね。
偽りなく、もうそういう呼吸音)
その場で、ヴィオレッタは崩れてしまいそうになりながらも、ナズクルの元へ歩き出す。
(まだ勝ってない。最後……『音』がした。あれは『銃声』だ。
でも、なんだろう。何も起きてない。音が合わさっちゃったから何が起きたか分からないけど。
ともかく身動きを封じよう。聞きたいこともあるから──)
迂闊だった。
倒れたナズクルへとヴィオレッタは集中していた。
その真上──『暗く光る青い炎の魔法陣』に気付くのが一瞬遅れた。
振り返った時には『既に発動』していた。
(!! あの青い炎──あれは、こっち側に仲間を呼ぶ『転移魔法』のっ!)
「『恋』様! ヴィオレッタです! 逆転移魔法の向こう側には、ヴィオレッタが!」
「ああ、じゃあ、初めましてだね」
──金髪の糸目の美形。どことなく優しそうな顔の、『恋』と名乗る男がそこに現れた。
その隣に金髪の人形のような少女を携えて。
「っ!!」
ヴィオレッタは手を振り上げて靄を生む。伸びた靄は盾のように硬くなった。
だがその鉄化した靄を『糸』が切り裂く。
「糸使い!? 変な武器っ!」
飛んできた太く白い糸をヴィオレッタは蹴り上げた。
「靄の術技の方が変な術技だろうにね、イクサ」
「ですよね、恋様!」
「変な二人組ッ! 【靄舞】、うっ──」
ヴィオレッタの首が突然に締め上げられ、空中に浮かされる。
黒く細い糸が、首に集まっていた。
(っ! 白い糸は囮……っ! でもこんな糸! 無詠唱で切断できる!)
首の糸を風の魔法で切り裂きヴィオレッタは着地した。
「おや、凄い魔法使いだ」「ですね、恋様」
豹のように跳び、ヴィオレッタは『恋』の目の前に居た。
(大丈夫。まだ、何とかなる。この糸目を瞬殺して、ナズクルも討つだけ!)
「【靄舞】、身衣!」
「遅いなぁ。それじゃあ──」
「ぶっひゅううう!! 恋!!! 殺すんじゃああ無ぁあい!!」
ぐにゃりとヴィオレッタの立っていた地面が歪む。
まるで泥のように彼女の両脚を捕まえた。
(向こう側にも転移魔法!? っ! 次から次へとッ!!)
「その子は僕朕がぁあ! 僕朕が懇切丁寧に弄ぶのぉおおだっ!!」
あっへあっへあっへぇ。と声を上げ、眼鏡が顔に食い込んでいる巨漢が着地した。
泥のような笑顔を見せる──パバト・グッピという魔族の巨漢。
「……っ!!」 ヴィオレッタの口が太いワイヤーで塞がれる。
「駄目だよ、パバト。この『恋』が捕まえた」
「はぁああ!? 許さんぞ!! もう既にめちゃ可愛ロリっ子従者がいるだろ!!
僕朕によこせレッタちゃんを!!」
「駄目だ。この『恋』はどうしても魔王の弟子と話したいんだ。
研究者として聞きたいことがあるんだから。前に手に入れた論文も──」
「はぁぁあああ、恋ぃぃ。分かった、分かったよ。お前を殺して、レッタちゃんとイクサちゃんでダブルプレイしてやるょおおお!」
「おいおい。やめてくれよ。イクサはこの恋の所有物だ。
冗談でもそういうことを言うなら──刻んで北黒海の鮫の餌にするぞ」
「おい……じゃれ合ってる状況じゃないぞ。ヴィオレッタが次の魔法を組み上げる寸前だ」
ヴィオレッタの前に影が落ちる。
ナズクルが、目の前に居た。ぎりっと奥歯を噛む。
(──っ! ナズクルッ)
「悪いなヴィオレッタ。だが、当たり前だと聞いているぞ。
悪の世界じゃ、一対一での勝負で勝つことが全てじゃない。
複数対一でも、勝てばいいんだろう。な」
重く加速した拳が、ヴィオレッタの顎下を精確に捉えた。
少女の意識を奪うのに、十分すぎる一撃だった。
「──ヴィオレッタを捕獲した。詳しい経緯は後だ。
恋、パバト。奥の部屋に押し込めておけ」
「ぶっひゅっひゅ!!」
「パバト。俺はヴィオレッタと会話するから、暫く手を出すな。じゃ、ちょっと離れる」
「ぶひゅ……」
「? ナズクル先輩?」
「なんだ」
「どちらへ行くんですか? ちょっと離れるって」
「急ぎの用だ。ちょっと待ってろ」
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いつも読んで頂き誠にありがとうございます!
申し訳ございません。急なのですが10月22日の投稿はお休みさせていただきます……。
次回は10月24日の投稿をさせて頂きます……誠に申し訳ございません……。
暁輝 (2024/10/22 1:42 追記)




