【23】ヴィオレッタ VS ナズクル ①【21】
◆ ◆ ◆
熱の魔法はかなり便利だ。
珈琲を淹れる適温──95度が適温だが、俺は93度で淹れる。拘りだ。
王国の、割と安価な豆を使うからか。この温度の方が個人的には舌に馴染むのだ。
いつもは熱い珈琲を飲む。だが、今日は少し気温が高かった。
だからアイス珈琲を作った。温度を下げた珈琲もまた美味い。
ちなみにだが、アイス珈琲及び冷たい飲料は5度~10度程度が最も美味しいと感じると聞いた。
それ故、俺は熱の魔法で温度を5度に維持する。
最高の状態で最高の飲料を飲むというのは、一つの幸福だ。
しかし……。
今日は、多く飲んでしまった。
王国では帝国問題での会議。魔王城に移動して『密偵』との会議やら打ち合わせやら。
今日はいろいろと続いてしまったからな。仕方ないとはいえ、飲み過ぎだ。
さて。
立ち上がり、部屋を出る。
◆ ◆ ◆
──偶然だ。
ただの偶然に、二人はその場所で遭遇した。
偶然、二人が遭遇した場所は『魔王城』。それも『執務室』。
ヴィオレッタから、ちらりと見えた扉の向こう側。
緑色に輝くそれを一瞬だけヴィオレッタは見た。
(──『あれ』は? いや、それより……!)
偶然に遭遇したのは、ただの二人ではない。
(な、ぜ──ここにヴィオレッタが……!?)
(ナズクルが、こんな場所に……!)
左方は王国参謀、ナズクル。
右方は魔王少女、ヴィオレッタ。
言わずもがな、互いが想定する『最終討伐目標』である。
策略の一つも無い。二人は丸腰だった。
(ともかく、確保だ!)
最初に動いたのは場数を踏んでいたナズクル。
(簡単な魔法ではヴィオレッタに通用しない。
ならば使う魔法は拘束・防御・攻撃の三要素が揃った魔法……!)
「【魔王書】より偉大なる獄界盟主の名を借りるッ!」
次いでヴィオレッタも即断する。
(ここでナズクルを討てば、全部解決する──! 全部、終わりだ!)
「──ッ! 【靄舞】身衣!」
拳に靄を集める。選んだ攻撃はヴィオレッタが最も即時に編み出せる『簡単かつ高破壊力』の技。
殴って罅を入れ、その罅から靄を中に潜り込ませる。そして、中に侵入した靄を爆発し、内部から破壊する術技魔法複合技。
「砕爆ッ!」
「『破減帝の黄金』!」
扉を開けてすぐの攻防。
ヴィオレッタの放った爆発する拳は、黄金の塊に防がれる。
ナズクルはすぐに背後の部屋を横目で確認した。
(あの机の上には『拳銃』がある。置きっぱなしにしてしまった拳銃だ。不用心だと?
はっ! 戦場でもない上に、ただトイレに行くだけだぞ!? 『拳銃』を持っていく訳がないだろうっ!)
──その拳銃は彼が愛用する回転式拳銃ではない。愛用の拳銃は『調整中』だ。
(だが、丸腰より、遥かに上等だ!
あのルキと魔法戦闘を対等に渡り合ったヴィオレッタ相手に素手と魔法速勝負は、不利!)
ナズクルは部屋に戻ろうと背を向けた。
判断を誤った訳ではなかった。
「──砕爆鉱進」
ただそういう判断をするだろうと、一手先を読まれただけだ。
ヴィオレッタは両手に靄を纏い、我武者羅に黄金を叩き砕いた。
即時、ナズクルはドアノブに手を伸ばした。
「っ!」 扉を閉めるナズクル。
「のっ!」 扉に足を引っ掻けて閉じさせないヴィオレッタ。
がんっがんっ! と音を立てて閉めようとする。
開けようとヴィオレッタが扉の端を掴む。
そして隙間から顔を覗かせる。
(──! やっぱり『ある』!!)
──先ほど部屋をちらりと見た時に見えたモノ。
ヴィオレッタはその有無を確認した。
執務室内の壁際。
豪奢な蒸酒たちと同じ顔をして並ぶ緑色の瓶。
(『魔力回復薬』! しかもあれは超高級品の奴!
きっと師秘蔵のレアアイテム! あれさえ! あれさえ取れれば!)
瞬間、ナズクルと目が合う。
「【魔王書】より偉大なる獄界盟主の名を──」
「【靄舞】、殴れ!」
靄は隙間から侵入し、詠唱の途中のナズクルの顔面を、べごんっ、と殴った。
痛みは薄いが──『詠唱』は中断された。
(っ──! こいつ、俺が魔法を紡ぐのが遅いと知って……っ!)
──ナズクルの魔法は『速くはない』。
通常の魔法使いよりかは幾分も速いが、ルキやユウの魔法発動速度と比べれば、亀の歩みに等しいだろう。
(ジンから既に聞いたもんね! 魔法詠唱時間を得る為の『戦槌による近接格闘』と『手銃による中距離攻撃』! ってさ!)
今のナズクルは『武装無し』だ。
『戦槌』無し、『手銃』無し。
しかし、それはヴィオレッタも同じ。
ヴィオレッタは『魔力無し』だ。
(しかし、先ほどの靄の拳、俺を殺す程の力じゃなかった。こいつの使う大鎌も無い……!)
(もう何発も攻撃する方法なんかない。絞り出して使うけど、急がないと)
(ならば攻撃さえできれば、ヴィオレッタを仕留めるのは容易。この距離なら外さない。ならば)
ヴィオレッタの状況を、瞬時にナズクルは分析していた。
だからこそ、二人の思考は──室内へ向かう。
(銃さえあれば……っ!)
(魔力さえあれば……っ!)
「【靄舞】──!」
「ちっ!」 ナズクルは思い切り扉を蹴り押し──強めに開けた。
「痛っ!?」 開けようとしていた分の勢いがヴィオレッタにそのまま返る。
ヴィオレッタが一瞬怯む。
その機を逃さない。ナズクルは一気に扉から手を離し机に向かって走る。
が、駄目。そのまま頭から倒れる。
「っ! 離せヴィオレッタッ!」
「つぅぅう! 私のキュートな鼻、へこんだんですけどっ!!」
ナズクルの足を掴んでヴィオレッタが呪うように叫んだ。
「どうしてくれるんですか整形キックー!」
ヴィオレッタはそんなことを言いながらナズクルを踏み進む。
「元から団子っ鼻だろうに!」
ナズクルは思い切り転がってから立ち上がる。
転がったことによってヴィオレッタは体勢を崩した筈だが──その勢いを使って彼女は壁に着地していた。
「酷!? ムカつくんですけど!!」
「事実だろうにっ」
二人はお互いを睨みながら──その目の端でお互いの目的物を見直す。
机の銃までの距離3メートル弱。
その向こうの魔力回復薬までの距離3メートル強。
互いに相手に気付かせないように睨み続ける。
視界の端。
散々ダメージを受けた扉が、──オラ、そろそろ限界だぞ!──と、ぎしっと音を立てた。
(気付かれたら銃を弾き飛ばされる)
(棚に攻撃を受けて魔力回復薬が吹っ飛んだらお仕舞だね)
両者、何も言葉は無かった。
ただ、扉が──オラはもう駄目だァ!── と激しい音を立てて倒れた瞬間。
「【偽想】」
「【靄舞】、靄陽炎!!」
それを号砲に、世界一物騒な椅子取りゲームが始まった。




