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【23】偶然の暴発【20】


 ◆ ◆ ◆


 ──最初、ヴィオレッタという少女は、自分の幸福だけを願っていた。

 愛する姉たちにもう一度だけ、もう一目だけ会いたい。

 少女には寿命(じかん)が無かった。彼女を死に導く病は、どんな強力な魔法でも現代最高の医術でも治せない──奇跡でも起こらなければ治せない病。


 だから、少女は自ら進んで(ねがい)を口にした。

 『死者を蘇生したい』という(ねがい)を口にし、熱に浮かされるように突き進んだ。

その願いを叶えるためには、何を犠牲にしてもいい。世界中に屍の山を築き、天まで昇って命を奪い取る。


 その決断に迷いも後悔も無い。報復や復讐を向けられたとしても、彼女は堂々と立ち向かうという覚悟を決めていた。


 少女の胸の中に『本当にそれが正しいのか?』という『疑念』は一つも無かった──訳ではない。


 少女の胸には、躊躇いも疑念も、後悔も迷いもある。

 だが、その(ねがい)の熱に浮かされることを選んだ。

 頭の隅に追いやって。自分の欲望を優先した。


 だが、彼女は少しずつ、知っていった。

 ヴィオレッタは自分の進む道で──多くの出来事をその目で見た。


 理不尽な死。理不尽なルール。理不尽な差別。

 ──世界には、目を見張る程に不条理が溢れていた。

 同時に気付き始める。自身が行おうとしている死者蘇生もまた、何も知らない少女(ハルル)を犠牲にする。

 自分が──自分で嫌う『同じ種類の理不尽』に成り下がっていると。


 そして、かけがえのない者の死。

 その悲しみと、その果てを、直接触れた。


 なりたくないものに、なろうとしていた。

 それを止めてくれたのは、敵だった。

 失った悲しみに、絶望に沈む世界。

 そこから引き上げてくれたのは、仲間だった。


 だから。

 ヴィオレッタは言った。私が魔王になる。と。


 多くの不条理をその目で見た。だから、私の好きな人たちが幸せに暮らせる世界を創る。助けを求める人たちを救える世界を創る。


 それがヴィオレッタの、彼女の胸に灯る誓いである。


 ◆ ◆ ◆


 赤血樹(ブラドオーク)のクローゼットは、『二台で一対』になる転移魔法具だ。

 どんなに距離が離れていても、クローゼット1から入ればクローゼット2から出られる。クローゼット2から入ればクローゼット1へ出られる。


 つまり、今まさにヴィオレッタが入ろうとしている赤血樹(ブラドオーク)のクローゼットの先は、『どこか別の場所にあるクローゼット』に繋がっているのだ。


 ──クローゼットに入って、中から扉を閉じる。

 閉じた状態で、逆側の扉を開ける。


 ヴィオレッタはゆっくりと扉を開けた。

 半分だけ開けて、そっと外を見る。

「……?」


 暗い。明かりの一つも無い部屋だ。

 月明かりが僅かに部屋を照らしている。人の気配は感じられない。


 青い闇の中を、よくよく目を凝らせば──その部屋にある物が見えてくる。

 そこにあるのは。


「書架……? ……本だ。ここって」


 一歩踏み入れる。冷たい石の質感。少し埃が積もっている。

 ヴィオレッタは左手から靄を生み、軽く握る。形がみるみる変わり、橙色の灯りを出す黒いカンテラが生まれた。

 そのカンテラで辺りを照らす──本、本、棚、本。


 ここは書架たちに溢れた──書庫だ。


「……そっか。(せんせー)の書庫に繋がってたんだね」

(せんせー)の個人的な魔法研究室がさっきの赤土の都(アスファリア)の部屋で、ここがその研究に必要な本を集めた書庫。くすくす。そうだね、考えれば当然だね)


 ヴィオレッタはおもむろに目の前の本の背を撫でた。

 その時──彼女の耳は『ある音』を捉える。


 それから窓の方に近づき──彼女は息を呑んだ。

 彼女が聞いたのは、波の音。

 先ほどまでいた『赤土の都(アスファリア)』は、山の中だ。海には面していない。

 だから。彼女は窓の外を見て、気付く。



「……ここ、魔王城だ」



 魔王城──それは、西方の海域にある孤島に聳え立っている。

 魔族自治領からは竜を使っても一日は掛かる距離にある。

 そして、現在は王国の監視下にある土地だ。


(……変、だね)


 ヴィオレッタは息を殺した。

 彼女は違和感を覚えていた。


(魔王城は魔法的な防御が強すぎて、現在の王国の力じゃ破壊出来ないって聞いた。だから魔王城への出入り口である島渡の石橋(・・・・・)を破壊して、出入りできないようにしたって聞いた。入口も厳重に封鎖してある、って聞いていたけど)


 足元にカンテラの灯りを向ける。



 埃が薄い部分がある(・・・・・・・・・)。まるで、誰かが何回か踏んだような。



(……誰か、この書庫に来たってことかな。というか、封鎖された魔王城に誰がいるの?)



 ヴィオレッタは音を立てないように静かに歩き出す。

 書庫の出口の扉を、細心の注意を払って開けた。


 廊下には、もちろん音がない。

 長い廊下を進んでいく。最上階付近なのだろう。

 何年も使われていないシャンデリアと、死んだように動かないカーペット。

 冷たい煉瓦積みの壁。幾つかの上質な扉。その先。



(……あの部屋、明かりがついてる?)



 僅かに零れる明かりが見えた。扉の隙間から漏れる、小さな明かり。


 そして、ヴィオレッタの耳は、僅かな音を聞き逃さない。

 そして、荒れた波の音に掻き消えているが──人の動く音。


 扉にゆっくりと近づいていく。

 会話の音じゃない。ただ動いている音。本をめくる音だ。

 扉の横にヴィオレッタはしゃがむ。より部屋の中に聞き耳を立てる為に意識を集中した。

 

 その瞬間。




 『がちゃり』。



 扉が開き、部屋から出てきた男と目があった。

 赤褐色の髪。猛禽類のように鋭い目。筋骨隆々の男。


 二人は目を合わせて──同じように目を丸くした。




「──……ヴィオレッタ……?」

「ナズ、クル」




 お互いに知りようがない偶然。

 ナズクルは、現在の王国所有物であり他からの介入が出来ないという条件の良さから、魔王城を度々会議の場に使用していた。

 そんな事実を、ヴィオレッタは知らない。

 

 そして、ヴィオレッタが転移魔法具で魔王城に来たということも、ただの偶然だ。

 ナズクルはこんな事態を想定なんてしていない。それ故に武装は一切無し。



「【魔王書】より偉大なる獄界盟主(ゴエティア)の名を借りるッ!」

「──ッ! 【靄舞(あいまい)身衣(みい)!」

「四十八番目の大いなる大総裁より拝命ッ」




 そしてその偶然が──歯車を力強く回転させた。




砕爆(マイン)ッ!」

「『破減帝(ハーゲンティ)黄金(ききん)』!」


  

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