【23】炭の指輪【16】
◆ ◆ ◆
誰もが一度は、その願いを口にする。
どれほど祈っても、信じても、御業は授けられない。
誰もが何度も、その願いを諦める。
零れた砂は戻らない。燃え尽きた蝋燭には火が付かない。
それでも。誰もが、気付けばその願いを口にする。
天を仰ぎ、幾度も幾度も、その願いに思いを馳せる。
──仕事机に突っ伏した状態で、ナズクルは目を覚ました。
今の言葉は、自分の中で思っていた言葉なのか、それとも夢が乱雑に生み出した言葉なのか、うつらうつらと、ナズクルは目を擦る。
時刻は、夕方。珍しい時間に眠っていた。
ぐっと椅子に力を入れて、ナズクルは上体を起こす。ふと、自身の人差し指にある指輪が目に入った。
黒い──炭のように黒い指輪。
おもむろに夕日の輝きに透かすように当てた。
凹凸があった。文字だった物だ。
「なんて、書いてあったんだったか」
彫られた古代文字の言葉は、もう掠れて読み取れない。
祈りだったのか。それとも誓いだったのか。
いや、願いだったのかもしれない。
ただ。今は少なくとも。
「もう何も残っていないな。指輪にも──この世界にも。もう何も」
消える蝋燭のように、空は一瞬だけ赤く光った。
そして、絞りつくした夕陽は、引き潮のように沈んだ。
残された青黒い闇の中で、ナズクルは溺れるように──自嘲気味に口だけ笑わせた。
「……会いたいな。早く。──」
◆ ◆ ◆
よろこびの石──それはこの世界において、神話の時代から登場する空想上の『人工の石薬』である。
曰く、それは石であり薬である。液体であり金属である──とされている。
空想上の秘薬ゆえに、作成方法も無数にある。良く知られているのは、純金を太陽の如く熱で加熱させて生み出すとか、無数の人命を一つの壺に押し込めて固める、などであろう。
そしてその石薬は、対象者に不老と不死を与えるとも言われている。
ナズクルは『石薬』を作ろうとしているのではないか。
プルメイの真剣な問いに、ルキは口角を下げた。薄く、笑顔の無い微笑みを、プルメイに向けた。
「……キミのことを知っているボクらが、それを望むことだけはないと思うんだ」
ルキはプルメイを見る。
「そう? 意外と、欲しい人。いるかも」
ルキが少しだけ寂しそうにムッとした。それを察してか、プルメイは少し目線を逸らした。
「または。なんにしても。何か。作ろうとしてる、かもね」
「……何かっていうのは」
「結局。禁忌の何れか。じゃないかな」
「永遠の命か、または」
そこまで言葉を出してから──ルキは小さく喉に触れた。
プルメイは、心当たりがある、と呟いた。
「ナズクル。妹探してた。……私。獣国の、人だから。聞かれた。
見たこと無いかって。だから。私。詳しい。少しだけ」
「奴に妹が居たのか」
「うん。スノゥ。っていう妹。探してた。それで、戦後、見つけた。
私の協力、グッドだった」
「そうなのか。そうか」
「けど。その後……。3年前? 会った時。炭の指輪、してた」
「……炭の指輪?」
「うん。獣国、葬儀。……終わったら、弔いの地の岩、削る。
墓石で指輪。作る。それを弔い。祈りの時、つける。文化」
「知らなかったよ。そんな文化があったのか」
「王国に、あまり伝わってない。知らなくて当然。えっへん」
「……プルメイ。キミの仮説だと」
「うん。ナズクル。……妹。死んでて。生き返らせる。目的?」
ルキは──少し息を呑んだ。
(……ヴィオレッタと同じ目的。確かに、あり得無くはないか。
そうすると、ヴィオレッタの研究をナズクルが盗み見ていたのも納得がいく。
ヴィオレッタはそもそも死者蘇生を求めていたのだから)
(……しかし、そうだとしたら。納得がいかない部分が出てくる。
ナズクルは合理主義者だ。収集癖こそあるが……基本は無駄を省く。
本当にヴィオレッタと同じ目的だとしたら、最初期に合流を謀った筈。
だが最初は、普通に魔王を狙っていた。時系列を複合すれば、ヴィオレッタの存在を知った時には『死者蘇生を画策している』ということは分かっていた筈。
……いや、それをも包括している可能性が高い魔王の術技を狙っていたのか?)
「ルキ。腑に。落ちて無い?」
「え。あ、いや。それはだな」
「──腑に。落ちてなくても。まぁよし。と、しよう」
「え?」
「それもよし。ルキ。あまり考えちゃ駄目。もっと簡単。考える。
ナズクル。捕まえて。直接聞けば、無問題」
両手を広げてプルメイは子供のように微笑んだ。
「……ふ。それもそうだな。ありがとう。元気づけてくれて」
「えっへん。最年長。出来る姉。もっと、頼るべし」
「ふふ」
褐色の溌剌とした少女の見た目──だが、中身は最年長。
ルキは猫のように笑ってプルメイを撫でた。
「分かった。頼りにしているよ、プルメイ」
「撫でる。それ、本当、頼ってる???」
「ああ。勿論」
「なら、まぁよし。と、しよう」
ルキとプルメイの目があった。
お互いはあどけなく──それこそ姉と妹のように、楽し気に笑い合った。
だが──すぐに。その楽しい時間は終わりになった。
「? ルキ、どうしたの?」
プルメイが小首を傾げた。ああ、とルキが笑う。
「そうだったね。キミはこういう探知系は苦手だったね」
「?」
「──どうやら、ボクらが行った『獣国による王国の侵攻作戦の停止』。
それが気に食わなかった、過激派の獣国人が一定数いるようだよ」
ルキがそう呟いた直後──二人のいる部屋の扉が蹴破られた。




