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【23】変な私【12】


 ◆ ◆ ◆


 赤い岩と赤い砂──草木も生えない山がある。剥き出しの岩肌、誰もが見たらまず迂回を考えるであろう険しい山の名前は、赤土山(キンディノム)

 キンディノム──古代魔術語で『危険』を意味する単語だ。


 その名前の通りに危険な岩山を、魔族の先住移民たちは切り拓いた。

 何年も何十年もかけて岩を切り出し、地面を均し、赤土で家々を作り上げる。

 気の遠くなるような歳月を経て作り上げられた都市は──芸術と呼ぶに相応しいものになった。


 壁に彫刻、無造作にある遺跡、丁寧に作り上げられた石柱……どれも同じ赤土の色味であるがこそ、朝日にも夕日にも映える。──太陽の位置で色を変える都市の色彩は、息を呑む程に美しい。


 そして、この都には名前が付く。


 都の名前は赤土の都(アスファリア)

 ──古代魔術語で『安全』を意味する単語だ。

 危険(キンディノム)を切り拓いて作られた安全(アスファリア)

 魔族たちの先祖が作り上げたこの都市は、その美しさも相まって、魔族たち誇りと憧れの都市である。


 その都市の大壁面の岩肌、時計塔と呼ばれる遺跡彫刻がある。時計塔のような形であるからそう呼ばれているが、文字盤はなく当時は何の用途に使われていたか不明。ただ無価値な場所では無い。この場所を訪れたら目に留まるし、中階段から上がって上にも行けるから観光スポットとしてとても価値がある。勿論、平和になったら、であるが。

 そんな未来の観光スポットの最上階。梁の上に、ヴィオレッタは座っていた。その隣には赤金の髪の女性、ハッチも座る。


 二人は少し目をキラキラと輝かせて、その景色を見ていた。


 滲む夕焼けは、染め物のように美しい金の光になっていた。布を一色で染め切ったような、それでいて僅かに夜の色が混ざり合う空。

 目を凝らせば小さな星が薄く瞬く。この黄昏色が終わった後、夜は満点の星空だと想像させてくれた。


「わぁ……凄いね」

「うん。本当に王国じゃ見れない景色だね。綺麗だね。レッタちゃん」

「うん! 綺麗! すっごく!」

 ヴィオレッタは隣のハッチに笑いかけた。


「たださ、ハッチ。この景色を、ずーっと見てるとさ。なんか、私、思うことがあるんだよね」

「うん?」

「オレンジジュースが飲みたくなる色だね。すっごい濃い奴」

「ぷっ! いや、ちょっと分かるけど!」

「くすくす。素直な感想だよ」

「ああもう、レッタちゃんの言葉選びの感じ、なんかガーに似てきたねー……」

「……そう、なのかな」


 ヴィオレッタは長い黒緑色の髪を風に靡かせる。

 冷たい風だ。夕焼けの陽が延びただ。

 だからか、彼女の頬を少し赤く染めさせた。



「ガーと、何かあった?」



「……? なんで?」

「ガーが落ち込んでたから、っていうのが切っ掛けだけどさ。なんか今、素直に気になったからかな」


「落ち込んでたの? ガーちゃん」

「うん。レッタちゃんと距離が~ってね。この世の終わりみたいな顔してた」


「くす……普通に接したつもりだったんだけどなぁ」

 普通に接してたつもり──ということは、意識して普通を作ってたんだね。とハッチは言葉に出さずにヴィオレッタの言外をくみ取った。


「ガーのこと嫌いになったの?」

「それは無いよ。うん、それは無い。……ただ、ね」

「うん」

「……なんか、その。ちょっとだけ、分かんなくなっちゃった」

「分かんなくなっちゃった?」

「うん。……えっとね」


 ◇ ◇ ◇


 ガーちゃんに、助けてもらった後のね。町を出る前の夜にね。


 いつも通りに、ガーちゃんにくるまって寝た。腕を枕にしてね。

 場所が無いから、外で寝た。久々に外で寝て、あ、靄があるから気温とかはうまく調節出来るんだよ。


 海辺だから、波の音が聞こえたの。雲の切れ間から星も見えたんだ。いっぱい星が見えて、水飛沫、撒いたみたいに綺麗だったんだ。


 その時にね。ふっと思ったんだよ。 

 私、そう言えば、いつもガーちゃんに助けて貰ってるなぁってね。


 あ、戦いの話じゃないよ?

 ガーちゃんは、戦っても強くないもん。

 だけどね、強いんだなぁって思ったんだ。


 私が、具合悪くなった時も、ずっと一緒に居てくれた。

 牢獄にチェックインした時も、すぐに来てくれた。

 サーカスで人造半人(デミ)から決死で守ってくれもした。

 (せんせー)の……最後の言葉も、ガーちゃんが居たから、ちゃんと聞けた。

 ガーちゃんだって、辛い時だった。今でもたまに辛い音がするのに。それでも、ガーちゃんは私に、(せんせー)と向き合わせてくれた。それは、私に無い強さだ。


 私が、怪我した人を治療している間、ガーちゃんは町の人たちにご飯を作って配っていた。子供たちとも遊びながら、笑って配って。

 手足が動かない人には率先して口まで運んであげてたし、困ってる人にはすぐに手を貸していた。

 気付いたら、患者さんごとに住む場所を区分けしてくれたり、怪我人の中から代表者を準備して、情報を交換し合ってもいた。避難所の割り当てや人数の調査も、すぐに終わってたんだ。


 私は……物を壊すことも、人を殺すことも、人を治すことも出来る。

 だけど……ガーちゃんがやってること、私は出来ないな、って思った。だから。

 今、腕枕してくれてる、このガーちゃんって言う人が、ガーちゃん、なんだ、って思った。変でしょ。 

 だけど、そう思ったの。おかしくなった訳じゃなくてね。この人がガーちゃんなんだ、って。


 世界に一人だけの、ガーちゃん。

 私は。その。



 ◇ ◇ ◇



「今まで、ね」

「うん」


「ガーちゃんの前で着替えたり、顔洗ったりしても、恥ずかしくも無かったんだけどね」

「……うん」(それはしないでって言ってたのにっ!)


「恥ずかしいかも、って思っちゃったの。

なんかね、ちゃんとした格好を見せたいなぁって。

寝ぐせも駄目。お風呂にも入ってね。それで、その。

私はさ、自由に生きたいから、自由にしてる。(せんせー)に渡されたこの宝石(いのち)を、自由に煌めかせて生きる。

誰にどう思われてもいい。私は私だから。心からそう決めて生きてる。……けど」

 ヴィオレッタは、頬を赤らめてから空を──夜に切り替わり始めた空を見上げた。




「──私、ガーちゃんには嫌われたくない、って思っちゃった。……くす。変な私」



「変じゃないよ。レッタちゃんは全然、変じゃない」

「そうなのかな」

「うん。そうだよ」

「くすくす。ありがと、ハッチ。……あと、ね」

「うん?」


「……ガーちゃんに会うと、なんかね、ちょっとだけ恥ずかしい感じなの。

だから、ちょっとだけ避けてたのかも。悪いこと、しちゃったかな、ガーちゃんに」


「悪いことはしてないと思うよ。ガーはそれくらいじゃレッタちゃんを嫌わないと思うし」

「そう、かな」

「そうだよ。だけど、そうだなぁ。レッタちゃん、今日からずっと、ガーと会うの避けとく?」

「それは……ちょっと嫌」

「だよね、恥ずかしいもんね」

「うん」


「なら。ゆっくり、向き合っていけばいいんじゃないかな。ガーにも、自分の心にもさ」


「……そっか。そうだね。……くすくす。ハッチ、ありがと。なんか色々と整理できた」

「そっか! レッタちゃんの役に立てたならよかったよ」

 ハッチが笑うと、ヴィオレッタはくすくす笑って立ちあがる。


「じゃ。ちょっとガーちゃんに会いに行こうかな」

「あれ、恥ずかしいんじゃなかったの?」

「うん。だけど、そろそろ会わないと、ガーちゃん、落ち込んでるんでしょ?

元気、あげないとさ。私、ガーちゃんにとっての元気だから」


 あどけなく──年相応の少女のように、ヴィオレッタは笑った。



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