【07】暇潰し。【07】
◆ ◆ ◆
あの山を越えたら、別の国がある。
その手前側。
王国最南端。『国境の町』と呼ばれる町に、オレたちはいる。
昨日は、マキハの家に泊まらせてもらい、今日は朝からこの町に来ている。
ちなみに、この町に入るには、身分証が必要だった。
マキハが居たから、マキハの従者という体で、この町に入ることが出来た。
しかし……、この町は、砦みたいだ。
町を取り囲む巨大な石壁。重たい門扉。
町の中も、都市部のような石畳に、頑丈そうな煉瓦や石で作られた家々。
「なんか、結構、新しい町なんだな」
『そうだな。一度、滅んだ町だしな』
「え、そうなの?」
『ああ。二十年ほど前に、南の皇国が王国に攻め込んだ。その時に、この町や周辺の町は一度滅ぼされてる』
「そうなのか」
『ああ。その後、王国も躍起になってこの地域を取り返し、今の国境線になったんだ。その後、再建され、あの高い壁が出来た訳だ』
「へぇ、流石、狼先生。色々知ってるなぁ」
『……なんだかんだ言って、ガーは話を聞いてくれて嬉しいよ』
「え、な、なんだよ、急に。照れるぜ」
『いや。あの子は、こういう戦史や成り立ちにあまり興味を向けないのでな』
レッタちゃんを見る狼先生。
彼女は暇そうに、ベンチに座って自分の髪の毛を指でくるくる巻いて遊んでる。
その隣には、黒い王鴉の、ノアがいる。
「まぁ、レッタちゃんは、そういうの興味ない子ですからねぇ」
『そうだな。知識より、実践から学ぶタイプだ』
だから時々よくわからぬ。と、小さくぼやく狼先生。
こういう時、なんて言えばいいんだろうか。
かける言葉が何も浮かばない。
……一番、気が楽になる方法は。
「……タバコ、吸います?」
『吸わない』
「あ、そスか」
──ちなみに、今は待ち時間である。
あの眼鏡の子、マキハがギルドに入ったきり、まだ戻ってこないのである。
「あれ、そういえば、なんで一緒にギルドに入らなかったんです?」
『ん。ああ。まぁ、ガーは察してるかもしれないが、自分もあの子も、お尋ね者なんでね』
「お尋ね者……かぁ」
まぁ、言われた通り、察してはいた。
レッタちゃんのあのヤバい戦闘技術。狼先生の禍々しい雰囲気。
『なんだ、想像すらしていなかったか?』
「あ、いや、逆かな。もっとヤバい奴かと思ってた。殺人鬼とか魔王とか、国家転覆を目論む奴らとか、みたいな」
狼先生は、中々の勘だな、と笑った。
「まぁいいや。あの、もう、マキハ放置して先に進みません?」
『……あの子は、今、王鴉に興味津々だ』
「あーテコでも動かないですねぇ」
『ああ、だろうな』
「ですよねぇ……」
それにしても、遅いな。
「なんかトラブってなきゃいいッスけど」
オレはタバコに火をつけながら、適当に言葉を言い放った。
『お前、そういうこと言うと、本当にトラブルぞ』
「そういう迷信、あんま信じないんで」
タバコの煙で輪を作る。煙が空中でふわりと消えていく。
ふと、レッタちゃんの座っている方を見る。
あれ。
「レッタちゃんが居ない?」
『……ギルドの中に入ったとしたら、厄介だな』
「え、なんでですか?」
『……トラブルを起こす未来しか見えない』
「『そういうこと言うと、本当にトラブルぞ』ってさっき狼先生が言ってましたよ~」
……。
──ガシャーン!
ギルドの中から、何かが割れる音がした。
オレたちは黙って、即、ギルドに突撃した。
「うっ、ぐっ、離せよぉっ……!」
ギルドに入ってすぐ、目の前に在った光景。
それは、ギルドの受付の男の胸倉を掴んでいるレッタちゃんという構図。
その隣で、大慌てのマキハ。
「な、何してるの!?」
オレは思わず声を荒げる。
「あ、ガーちゃん。師も。うんとね。この人をボコボコにしてるとこだよ」
レッタちゃんはにっこり微笑んで、受付の男を近くの酒樽に投げつけた。
腕力ヤバっ……と思ったが、よく見たら黒靄が発動しているのか。
「れ、レッタさん、もう大丈夫ですからっ」
「大丈夫って、何も大丈夫じゃないよ」
なんだ。何が起こってるのか、話が見えてこない。
ギルド内も騒然としている。
「レッタちゃん、何があったんだ?」
「ん。いや、なんか、このギルドの受付の男がね、昨日、金貨五十枚受け取ってないって、言い出したの」
「ひ、ひぃ! き、記憶違いだったよ! う、受け取ってた!」
「多分ね。マッキーから渡されたお金を、この男、着服したね」
「ご、ごめんなさいぃ、出来心でっ。今、全額出すからっ」
ボロボロにされ、這いつくばりながら受付の男はカウンターの中へ入っていった。
ここ、仮にも勇者ギルドだよな……?
客の金を横領するなんて、そんな奴が受付って。
何か、嫌な予感がした。
「おいおいおい。昨日の狂暴なお嬢さんじゃないか」
二階から嫌な声がした。
この声は、昨日、レッタちゃんに手も足も出なかった奴。
「ボンクラ貴族。もしかして、貴方が王鴉を奪った人?」
「ボンクラ貴族だと!? この僕になんて口の利き方を!
この僕は、ここのギルドマスターにして、領主代行だぞ!」
マジか。こいつが税を上げまくりの使えない領主代行か……。
「今、私は質問をしているんだけど。貴方が、奪ったのか、って聞いてる」
「ふん。奪った訳じゃない。正規の税の徴収だ」
「だったら、その人に金貨五十枚渡した」
「ふむ……まぁ、色々と思う所があるが、良いだろう」
周りに前回よりお供が多いせいか、だいぶイキってるようにみえる。
そんなボンクラ貴族が奥に向かって、「持ってこい」と命令を出した。
「どうせもう、用なしだったし、ほら。持って帰れ」
レッタちゃんは、奥歯をギリっと噛んで真っ直ぐに二階を睨んでいた。
二階から、『それ』が放り投げられた。
血が、舞う。
ギルドのエントランスに──灰色の王鴉が投げ捨てられた。
人間より一回り大きい王鴉。
静かになったギルドの中、マキハがよたよたと、動かない王鴉に近づいた。
足の爪は全て剥がされ、至る所の羽根が毟られ、嘴も折られ。
「グリズ……」
頭を抱きしめる。だが、その濁った眸は……。
その王鴉は、もう……息をしていない。
マキハは、唇を強く噛んで、声を出さないように嗚咽した。
「おっと。一応、言っておくが、僕はちゃんと約束を守ったからな?
変な逆恨みは止してくれよ?
金貨五十枚支払ったら、返す。って約束だ。
生かして返すとも殺して返すとも、約束してないからなぁ! はっはっはっ!」
貴族の男が笑い出すと、その周りのお供たちも笑い出す。
そして、階下の俺ら以外の『勇者』とやらも、笑い出した。
何が。
「何が、笑えるんだ、お前らっ!」
オレが声を荒げても、周囲は笑い続けている。
腐ってる。なんなんだ、こいつら。
「何で、こんなことをしてるの?」
レッタちゃんが問う。
貴族は、廃油のような笑顔を浮かべた。
「暇潰し。……あと、一応、実利かなぁ?」




