【23】貴方を独り占めにする夜。【06】
──隣に、ハルルがいる。
銀白の髪で、翡翠の目。表情がとても豊かな女の子だ。
ベッドの上で、俺とハルルは隣りあわせで座っている。
ぎゅっと、握られた手が、熱かった。
「わ、悪かったな」
「はい?」
「いや、その。お父さんと話してからさ。後で話をしようって言ったのに。
お父さんと楽しく話しちゃってさ。それで時間が遅くなったからまた明日にしようかと思って」
「ああ。お風呂場でのことッスか? えへへ、まぁそんなことだろうと思いましたし、お父さん、きっとジンさん捕まえたらお酒飲むだろうなぁとも思ってたので、気にしてないッスよ」
「そうか。なら、よかったが」
「……ジンさんが私にしたかった話、今出来そうッスね」
「……あ、ああ。だな」
「どんな話を改めてしてくださるんスか?」
にっと──悪戯っぽく笑ったハルルに、俺は頬を掻いた。
内容はきっとハルル自身想像が付いているだろう。じゃなきゃお風呂場で「喜んで」なんて言いかけないだろうからな。
だけど。まぁ──俺が喋りやすいように悪戯っぽく言ってくれたんだろう。ハルルは、そういう所……いい意味で妙に気を使ってくれる。だから。
「好きだ、ってこと。お前のことが、さ」
素直に、言える。
「わっ……ちょ、直球、ッスね」
「ああ、それで。改めて。──もっと前に、渡したかったんだが……」
タイミングが無かったんだよ。
四角い箱を、取り出す。この箱は二枚貝のように開く。
重いかな、とかも考えた。嫌かな、とも。
それでも。やっぱり、自然とさ……恥ずかしいけど、これを選んでいた。
「……ハルルが、もし。いいなら、だけど。
……ずっと、一緒に。過ごさないか?
俺で良ければ、……俺とずっと、一緒に……生きていこう」
指輪。
それなりに、ちゃんとした指輪。銀で出来た指輪だ。
ハルルは──。
「──えへへ。答え、ずっと前から決めてるんですよ」
熱を帯びた笑顔で、彼女は微笑んだ。
「はい。喜んで。一緒にッス。一緒に、生きていきましょう、ジンさん」
指輪を受け取ってくれた。
ああ──よかった。
「どしたんスか? ジンさん、ほっとした顔して」
「いや……なんか、ほら。こういうの慣れないっていうか。意外と『こういうのはちょっと早いと思うッス』とか拒絶されるんじゃないかとドキドキしたっていうか」
「え、私がそんなこと言うと思ったんスか?」
「悪い想像をどんどんしちまうもんなんだよ。意外と小心者でね、俺は」
「えへへ。知ってるッスよ。意外と小心者で。ちょっと見栄っ張りで……」
「おい」
「でも、そういう所も含めて、好きッスから」
「……ありがとう」
ハルルの頭を撫でた。ハルルは、また笑う。いつもみたいにえへへと笑う。
「指輪、付けてみていいッスか?」
「ああ」
「あ、やっぱ付けないッス」
「あ??」
照れたように──ハルルは左手を俺に差し出した。
「えへへ。もし、ジンさんが良いなら……私に、付けてくれたりしないかな、と」
細い指が、綺麗だった。
その手を、取った。
「……いい、のか?」
こくん。とハルルは頷いた。
だから、それから。
左手の、薬指に──指輪を通す。
ぶかっ──。
あれっ!!
なんか、指輪これ!!
「あ、サイズ」
「ッ! マジか!?」
「……ジンさん、もしかしてあれですか?
宝石屋さんで『俺の小指の太さくらい』って言った口ッスか??」
「え──なんで知ってるんだ!?」
「あーあ、ジンさん! それ男性が一番やりがちなミスッスよ!
宝石屋さんの友達も言ってたッス。大体6割以上のお客さんがそれを言って後日直しに来るって」
「っ……マジか」
──確かに買う時に聞き返されたんだよな。本当に大丈夫ですか? 的なことっ。くそ、あれリアルな心配だったんだなっ!
「えへへ。じゃぁ後日、直しに行きましょうね」
「あ、ああ」
「でもまだ外さないッスよ。せっかく貰った指輪ですから」
ハルルは手を窓の方へ翳した。
「綺麗ッスね。指輪。嬉しいッス」
「サイズが合えばもっと完ぺきだったんだがな」
「もー、ジンさん。楽しんでるんでそういうこと言わないでくださいッス」
「ああ、悪い」
ふと、ハルルは俺を見た。
──それから、ぎゅっと、抱き着いた。
「ハルル?」
「──ジンさん。今度は、私の話を聞く番ッス」
「ん? なん──っ!」
不意を衝かれた、というか──力を入れて無かったのもあるが。
俺はベッドに押し倒された。おい、逆だろ、と思った。
「座ってるの疲れたんで、横になりたくて」
「そ、うか。口頭じゃなく実力行使っていうのが、ハルルらしいな」
「えへへ、そうッスよ」
ハルルの顔が、横にあった。いつもより、絶対に近い距離。
躊躇いがちに笑って、ハルルの吐息が肩に当たる。
「私、お父さんッ子なんス。お母さんも大好きッスけど、お父さんが好きでした。
冒険とか、勇者譚とか、お父さんが話してくれたんス。だから……」
ハルルは一拍置いてから、俺の手をぎゅっと握る。そして言葉を続けた。
「さっき。その。2人が喋ってるの外で盗み聞きしてたッス。
お父さんとジンさんが──私が好きになった人が、楽しく喋ってて。
同じ趣味を語り合っていて。刀の話題、お父さん、ずっとしたかったみたいで。
そうやって2人が、話している光景が。
その光景が、私にとって、ずっと見ていたいと思える光景で。幸せで。……本当に、幸せで」
ハルルは、俺の顔を覗き込んだ。
そして──柔らかい唇が、俺の唇に触れた。
「私が好きになった人が、貴方でよかった。えへへ、大好きッス、ジンさん」
「……ハルル」
ぎゅっと、その細い体を抱き締めた。
温かい。熱いくらい、温かい。ハルルの温度が、鼓動が、吐息が。
背中を、肩の下あたりを少しだけ撫でる。艶がある、すべすべ、っていうとダサいかもしれないけど、すべすべ、だ。
「ね、ジン、さん……──」
「? 何?」
「……えへへ。……私が、知らないこと。教えて欲しい、ス」
それは、その。
「俺も、知らなかったりするけど」
「じゃあ……一緒に──知って、みるのは」
「それは……名案、かも」
「でしょ? えへへ」
「ハルル」
「はい ──ん」
もう一度、今度は俺から。
唇を重ねた。
肩に、手を置いて。
ドレスの肩紐を、そっと、落として。
白い肌を。そのヴェールの全てを、はだけさせて。
「……灯り」
「消す、よ」
「月……明かりは、差しちゃうッスね」
「よく見えるから、この方がいい」
「……えっち」
「ああ、悪いが──そうだ。それに」
「……?」
細いくびれ。手に吸い付くような、肌。
汗ばんだ体が光ってるようで。
「綺麗だ」
「……もぅ……」
唇を、また重ねた。
長く、短く。熱く。絡みつく。
どっちの唇か分からなくなった。それくらい、密着して。
「ジン、さん……」
「ハルル。大丈夫、か?」
「えへへ……ちょっと怖いッスけど。……ジンさん、だから。
だから……ジンさんの、好きにしてほしい、ッス」
「……っ」
「あ──メイド服、着た方がいいッスか?」
「なっ……お前な。……それはまた、今度に」
「着せたいんじゃないスか」
「今は──このままのハルルがみたいよ」
「もっ……ぅぅ」
月明りに照らされた四肢が──交差する細い足を指でなぞる。
「やっぱり、窓のカーテンも、下ろそうか」
「?」
「月にも、これ以上……お前を見せたくない、って。独り占めしたい」
「……もう独り占めされてるッスよ。私の、全部。ジンさんのものですから」
「……ありがとう」
「えへへ。……大好きッス。ジンさん」
──そっと、俺は手を伸ばし、カーテンを下ろした。
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