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【23】二人だけの秘密の夜の話。【05】


 ◆ ◆ ◆


 ──駄目です。認めません。

 彼女の父、シキ・ココがそれを発した瞬間、部屋の外(・・・・)に居た彼女は目を丸くして錯乱していた。


 風呂に行くと言ったが、それは嘘。こっそりと外で座り聞き耳を立てていた彼女の名前はハルル。

ハルルは、部屋の中の会話の全てを聞いていた。


 恋人が、父に真剣に思いの丈を語り、自分のことを真剣に話してくれていた。

 その言葉を、胸の奥に納めていた。


 そして、父の拒絶の後──その理由が父から語られた。


 『死んでもなんて言葉は使わないで欲しい。生きて幸せになって欲しい』。

 父の、──その言葉を聞いて、ハルルはなんだか唇を噛んでいた。悲しくない涙が零れそうでなんだかずっと聞いていた。

 恋人が──生きてハルルさんを幸せにします、と宣言してくれた。その口調は、いつもの彼の口調だけど、ハルルにはその決意と、想いの全てが──しっかりと分かっていた。


 ──暫く、膝を抱えたまま二人の会話を聞いていた。

 誰が聞いても楽しそうな二人の声。お酒も、少し入り始め、彼女の父はいつになく大きな声で笑っていた。

 他愛もない会話だった。

 彼女の父は刀が大好きで──昔見た名刀の話が始まった。ハルルはこの話ばかりは何度も聞いていて辟易する部分も多いのだが、彼女の恋人は違った。

 その名刀を見たことがあるという話で、更に盛り上がった。というかその刀匠に会っていたのだ。

 ハルルも聞き込んでしまう。


 暫く──本当に、暫く。

 割と長い時間、ずっと聞いていた。

 風が冷えてきて、空に鏤められた星がより輝いて見えた。

 ハルルは、直感的な人間だ。詩的に空を見上げて星が綺麗などとあまり言わない女性でもある。

 しかし彼女は珍しく、「星が綺麗ッス」と独り言を呟いた。

 赤い宝石のような光が、白いダイヤのような輝きがあることを、改めて気付かされた。


 そこから、音を立てないように──立てても2人は気付かないくらい楽しそうだ──その場を後にして、ハルルはお風呂へ向かった。



 頬は微笑んでいた。そして、喜びに満ちた目で、幸せな──温かい顔だった。



 ◆ ◆ ◆


 お父さんと、相当に楽しく時間を過ごした。

 呑ませすぎたかな……? 結構、顔が赤かったけど。


 俺は少しセーブしながら呑んだのもあって、割と、いや、かなり平気だ。

 あ、やべ。思い出し笑いしちゃった。

 いや、そのさ。お父さん、途中からハルルが小さい頃の話をしてくれてさ。

 なんかハルルは昔から変わらないんだなぁって思ってね。


 ふぅ、と俺は息を吐く。

 俺の部屋は、恐縮ながら宿の一番いい部屋を貸して貰ってしまった。

 『丁度、宿泊客が居ないのですから、お使いください』とツユさんに押し切られた。だが……本当に凄く良い部屋だ。


 離れって感じなのかな。奥まった室内は静かで、耳を澄ませば裏山のあの滝の音がする。

 時期的に窓を開けても虫はあまり入って来ないと言われたが、お勧めはしていない様子だし、無料で借りてるのもあるから綺麗に使おう。このまま維持。


 ふかふかな布団が敷かれたベッドに横になる。温かみのある灯りが天井から吊り下げられている。


 俺はおもむろに枕元に投げ捨ててある腰鞄(ウェストポーチ)を引っ張る。

 中身はスカスカ。非常食の固形板が一枚入っているだけにしか見えない──のだが。


 底敷きに埋もれさせたチャックを指で見つけ出し、引く。

 じーっと音が鳴り、ジッパーが開く。


 ──昔の冒険者用の鞄によくある二重底仕様。


 その中に──箱がある。


 二枚貝のように開く、四角い箱。


 これは──本当は『王都が一望できる山の頂』で渡す予定だった物だ。


 仲間たちと、変わらない夢を語ったあの場所で。

 彼女に、変わらない想いを語って、渡す予定だった物。


 ──【16】【33】(かなりまえ)のことだし、その時に妨害もあった。

 間が悪くなって──機会も無くて、渡すに渡せなくなった物。


「……どういう時に渡すか」

 マジにずっと機会を逸してる。

 いやまぁ、いいんだけどさ。なんか、ちょっとそういうサプライズ的な要素があった方がいいかと思って買っただけだし。

 いっそ、もっと高価な物を選んで買った方が、一緒に生きる表明にもなるというか、その。



 『こんこんこん』 ──控えめな。とても控えめなノックが聞こえた。



 こんな夜分にノック? だから音が小さめか? いや、それにしてもなんだろうか。


「はい?」

『あ、起きてたッスか』

「あ、ハルルか」

『入って、いいでしょうか?』

 ん? いやにしおらしいというか、丁寧だな。


「いいぞ?」

 ──俺が言うと、扉が開いた。


 柔らかい月明りの白い光が、ヴェールのように照らしていた。

 白い、ドレス──のような服。レース地の、薄手……四肢のシルエットが透けてしまう程の、ドレスワンピース、とでもいうのだろうか。そして、銀白の髪が風に揺れて、光ってるみたいだった。

 湯上りなのか、少し湯で光った首筋と、僅かに上気した頬と、潤んだ翡翠色の目と目が合う。


 ハルルは、持ってきたちょっと大きめの枕をぎゅっと抱き締めた。

 枕──え、待て。枕? 枕って。


「ハル、ル?」

「ジンさん……その……」


 小さな声だ。聞こえないくらいの。

「うん?」 


「…………しょに」

「え? なんだって?」

 聞き返すとハルルは目線を逸らした。

 それから、ハルルは後ろ手に扉を閉めた。

 薄暗い中でも、ハルルは光ってるみたいに見えてしまって。


 伏し目がちに、ハルルが俺を見た。

 いつもと違う──いつもと違った、目の、揺らめきに見えた。

 それは。

 いつもの可愛いじゃなくて。

 俺よりも大人っぽくて……女性らしい──もっと言えば。その。


 本能的に。くすぐられる。濡れたような目の、薄紅の唇の。

 白い肌、首筋を見るだけで──背筋にぞくぞくと電流が走るような。妖しい、魅力。


 ハルルは、口元を少しだけ──照れたように微笑ませる。



「……いっしょに、寝ましょう、ッス」




 赤らめた顔。柔らかい香りが、風に乗ってした。




「……あ──ぉ、ぅ」




 秋風が冷たい筈なのに、皮膚が燃えてるように熱い。

 ハルルから、目が離せない。


「えへへ。枕、隣に置くッスね」

 

 てててっと、俺の隣のベッドに来て枕を置いた。

「お、おう」


 喉が渇く程の──熱さ。緊張と。


「?」

 

 見上げるように小首を傾げた。

 細い、肩。ああ、ヤバイ。流石に、これは。これはマズい。

 視線が──どうしてもハルルの曲線を追ってしまう。

 女性らしい丸みのある肩と、膨らんだ胸と、腰も──。

 心臓が。高鳴り過ぎてる。これは。破裂、する。


 こて、っと。ハルルが俺の胸辺りに額を押し当ててきた。


「えへへ」


 ああ。うん。

 これは──かなり。ヤバイ。

 脳味噌が──溶ける。溶けてるのが、分かる。


 自然と、手が握られていた。

 ベッドに腰を下ろして、窓の外から差し込む月の灯りが綺麗に見えた。


「ね。ジンさん」

「……あ、ああ?」


 ──月の灯りの、薄暗い夜。

 せせらぎだけの、静かな夜。




 二人だけの秘密の夜の話。


 


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