【23】シキ・ココ【04】
◆ ◆ ◆
「綺麗……綺麗ですねぇ、ジンくん」
「ええ。いいですね。やっぱり王道、色白な子も、たまには見たくなりますね」
「そうですか。でも地黒の子は珍しいですからね。ずっと見てられますよ」
「まぁどっちの子もずっと見てられますよね。この曲線美、っていうんですかね」
「おお、流石、ジンくん! 分かってるね!
そうなんですよね。この曲線、豹の背みたいな線がいいんですよ」
「お父さんも好きですね」
「ジンくんも好きなくせに。ジンくんの好みはやっぱり、大きい方ですかね?」
「いえいえ、小さいのも好みですよ」
「おや、意外ですね」
「言ってしまえばどっちも好きです」
「流石、ジンくん! じゃぁ、拘りとかはある?」
「拘り……あー、ありますよ。やっぱり感触ですかね」
「感触!」
「そうです。やっぱりこう、フィット感というか」
「ああ、分かります。もう、言い表せない感じですよね。
唯一無二というか……ちょっと持ち上げたらその重さとか」
「いいですよね。重量が感じられるの。無駄に持ち上げて、おおってなったりしますよ」
「いいですね。ジンくん、分かってますねぇ。いいですよ。分かります分かります」
「後は……実際に弄り回してみたくなりますね」
「おお、細部まで弄る感じですね」
「ええ。一度、限界までしっかりと」
「お父さんッ! ジンさんッ! ちょっと二人とも何の話をしてるんスかっ!!
良い大人の二人ッスけど、恋人も娘もいる家の中で堂々とそういう話題は──」
ガラッ! と引き戸を開く。
シキの部屋で、耳まで真っ赤にしたハルルが二人を見る。
布団の上に座ったシキと、その向かいでジン。
間には、黒い刀身の二刀。ジンの刀『金烏』と『玉兎』。
そして、シキの──鉄色の刀身を持つ普通の刀をジンが持ち、黒刀の刀をシキが眺めていたという構図。
「? ハルル──さん、どうした?」
お父さんの前ということを思い出し、取って付けた敬称をジンは付けて問うた。
「け、剣の……話題、ッスか……ッ」
そして、ジンの向こう側で──シキはくすりと悪戯心いっぱいに咲いた笑顔を浮かべる。
「ええ、ハルルさん。そうですけど? どうかしました?
まるで『ずっと何か聞いていたかのような顔』ですけども」
華やかに微笑むシキに、ハルルはもっと顔を赤くする。
「……も、もうっ! な、ん、でもないッスッッ!! お、お風呂行くんでッ! あ、これ!
お母さんからお茶とお菓子ッス! じゃっ!!」
ハルルは真っ赤な顔を押さえて、逃げるように扉を閉めた。
「なんだアイツ……じゃなかった、ハルルさん」
「さあ? 聞き耳を立てる方が悪いかもしれませんよー?
それと、ジンくん。ハルルと呼び捨てでいいよ? ハルルと付き合ってるんだろう?」
「あ、あっと、はい。そう……ですが、流石に呼び捨ては」
「いつもは呼び捨てだろうに」
「そうですけど、お父さんの前くらいはしっかりとしようかと」
「律儀ですね。好きですよ。そういうジンくんも」
(ああ、シキさん、良い顔で笑うよな。ハルルみたいだ。流石お父さん)
ジンは少し照れてから、ハルルが置いていった盆を見た。
(お茶と……水差し? それから何も入ってないコップが四つもある。
それに木の実──は、軽く塩を振って炒ってある。塩気のあるお菓子か。それって)
「おや……ツユさん。本当に気が回る人だね」
「?」
「私が一杯、ジンくんに引っ掛けさせようという魂胆が見えていたみたいだね」
シキは悪戯に微笑む。それから彼が人差し指をくるくると回すと、押入れが勝手に開く。
顔が丸い茶毛の犬──イヌヌが、鼻で戸を開けたようだ。
イヌヌは慣れた手つきで瓶を転がす──茶色い液体が入った瓶。
「蒸酒は飲めるかな、ジンくん」
「す、好きです」
「ならよかった。じゃぁ、せっかくですので。秘蔵のこれをね」
「あっ……その!」
「? どうしました、ジンくん」
「えっと。酔う、前に。その……話したいことがあります」
「おや」 シキは少し楽しそうに微笑んだ。それから歌うように「はい、いいですよ。なんでしょう?」 と返した。
ジンは、改めて座を正す。
拳を軽く握り。息を整えて。
「……改めて、ですが。もう流れでお伝えしてしまいましたが、しっかりと伝えさせて頂きたいと思います。
俺──じゃなくて。私、ハルルさんと、お付き合いをさせて頂いております」
「はい。存じてますよ。ジンくん」
「ジンと、名乗ってはいますが……実は、私の名前は、その。ライヴェルグ、と言います」
「ええ、覚えておりますよ」
「え──。え?」
「10年前、顔を見せて下さったので覚えておりましたよ。ライヴェルグさん」
シキはいつも通りに笑った。
「私、50も目前なのに『悪戯心』が抜けないんだ。ごめんね。もっと先に伝えるべきだったかな?」
「い、いえ。じゃあ、その──そ、れなら」
──王国民の多くは『ライヴェルグ、イコール、危険人物』である。
民衆の前で、仲間殺しを行った。事情を弁解できず、蔑まれた英雄。まるで害虫のように──その名を出すだけで眉を顰める者も多い。
「今も昔も、私にとって貴方は娘の恩人だし、変わらない青年ですよ」
「……シキさん」
「だから、会った時も少し言ったつもりだったんだけどね。『まさか本当に夢を叶えてくるとはね』って。覚えてないかな?」
「あ、えっと。実は、お父さんって分かった直後に緊張で意識が飛んじゃってまして」
「なんと。まぁでもそうだよね。私もツユさんのお父さんに挨拶しに行った時は記憶ないよ。
緊張してさ。だから、そういうものだよ」
「そ、そうなんですね」
「うん。で、ジンくん。キミは、本当は語りたくない名前も語ってくれた。さ、続きをどうぞ」
優しい、何もかも包み込むような温かい微笑みを浮かべたシキに、ジンは頷いた。
意を決した。
「……娘さんと。──ハルルさんと、真剣に交際させて頂いてます。
もし、ハルルさんが、手を取り続けてくれるなら。
この先も、ずっと一緒にいようと思っております。
……結婚を。いえ、それよりも、ずっと長く一緒にいることを考えてます。
だから、死んでも幸せにします。絶対に、守り続けます。
だから。……娘さんを──私に、ください」
シキは柔らかい物腰で、ジンに向き合う。
ジンはいつの間にか、頭を下げていた。
その姿に微笑んで、それから温かい目線を向けた。
「ジンさん。頭を上げてください」
「……はい」
「ハルルのこと、真剣に想ってくれてありがとう。ハルルのこと、大好きなんですね。
しっかりと伝わってきますよ。
娘のことをそれほど好きになって貰えて、嬉しいです」
「こちらこそです。ハルルさんが、好きでいてくれたから、好きになれたんです」
「いい関係です。とても。ありがとう、ジンさん。──」
いえ、とジンが声を出した時、シキは花のように微笑んだ。
「──駄目です。認めません」
血の気が全て引いた。
あまりにも、取り付く島もない完全な否定に、ジンは震えを越えて息が止まった。
声が出せない。恐怖を越えて、視線が合わせられなくなった。
「──死んでも幸せにする、のは駄目です」
「え」
ジンの手を、そっとシキが握っていた。
「ジンくん。貴方の生い立ちは、ずっと戦いに近い。
だから自然と戦いの言葉が出るのは理解しています。
それでも、貴方の父になる者として、これだけは諫めさせて頂きました。
比喩だったしてもね。『死んでも』なんて言葉は使わないで欲しい。
貴方は私の娘と、『生きて』幸せになって欲しい。
言葉の綾を取る細かい言い方で、嫌われてしまうかもしれませんが。それでも直して欲しかったんだ。
ね、ジンくん。私から、お願いしていいかな?」
「……はい」
「ハルルと、一緒に生きて、幸せになってください。よろしくお願いいたします」
「……こちらこそ。ありがとうございます。
──俺は。必ず、生きてハルルさんを、幸せにします」
「はい。そうしてください。それなら2人をずっと応援しますから。
──はは。私に可愛い息子が出来て、嬉しいですよ」
「ありがとうございます」
「ジンくんはそう笑うんですね。いい顔です」
(あ、俺……笑ってるのか今。一世一代の告白が拒絶されたと思って心臓停止からの現状、顔の感覚、もう無いよ???)
「大丈夫ですか、ジンくん?」
「あ、は、はいっ」
「緊張させすぎましたかね?」
「あ、あはは……だ、大丈夫ですッ」
「あはは。じゃぁお酒にしましょうかね」
「ああ、はい。お付き合いします」
「秘蔵の物だよ。──嬉しいね」
「?」
「一緒に呑める相手がいる。それも息子と、なんて。幸せだよ。私はね」
「……俺も、お父さんと飲めるの、嬉しいッス」
「あ、ハルル語、出てるね。流石、恋人」
「あっ、いや、これそういう訳じゃ」
照れるジンを見て、シキは悪戯な花のように笑った。




