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【23】──これ、覚えてないッスか?【03】

※ ※ ※

いつも読んで頂き誠にありがとうございます!

どうしても切りが悪く、今回の話は2話分(4000文字)の長さになってしまっております。

分割がし辛く、少し読みづらいかもしれません。

申し訳ございません。よろしくお願いします。

※ ※ ※


 ◆ ◆ ◆


 宿の裏側に向かう、細い廊下がある。


 板張りの床は踏む度に、人の重さに合わせたきしっという音がする。年季が入っているのだと分かるが、決して手入れがされていない訳じゃない。掃除が行き届いていて、壁際を踏んでも足の裏には埃一つも付くことはない。


 せせらぎが聞こえてくる。少し爪先で立って壁と天井の間から外を見れば裏山が見えた。数日前、散々ドンパチをした裏山は、今は眠ったように静かだ。

 目を凝らせば、深く生えた木の枝の隙間から滝が見える。


 さて、鉄の扉がある。

 これは結構、劣化している。ほぼ外だから仕方ないよな。キィ、と鉄を引っ掻く音の後、錆びた階段が下まで伸びている。ここからは階段だ。

 階段を一つ降りる度に、鼻をくすぐる独特な香りが近づいてくる。

 綺麗な香りだ。温かい湯の空気。温泉を空気にしたような、吸い込むと体の中から温泉を楽しめる、そんな空気が既にあった。

 少しだけ長い階段を下って──ここだけ真新しいな──脱衣所に来る。良く磨かれた鉄の扉はまるで銀のように輝いているし、小屋も真新しい、切りたての板のような生の黄色だった。


 改築したんだろうか? 昔はもっと掘っ建て感あった気もするが。

 ともかく、服は籠へ詰めて、手拭(タオル)と石鹸を持って、出口側の扉を開ける。


 扉を開けると、温かい霧のような湯気がそこにはあった。


 白く濁った湯。岩で縁取られた温泉に、俺は近づく。

 桶を取って、湯を掬う。体に数度掛けてから、湯の中へ足だけ入れる。

 ああ、熱いね。いいね、この熱さだよな。

 ゆっくりと膝まで入れて、そこから腰まで。

 湯の中にある段差に座って、一旦、上を見上げる。

 一応の仕切りと屋根がある。外から見られない対策と、魔物と動物避けに『火の木』が使われているみたいだな。

 ちょっと遠くは外が見えるから、一応露天だな。



 良いよな。この感じ。



 肩まで浸かり、ふぅと息を吐く。

 ああ──懐かしい温泉だ。

 なんて、ハルルと会ってるから10年前にも入ったって思い出してるけどな。会ってなかったら、きっと思い出せなかっただろうな。


 不意に右腕を上にあげてみる。

 肩、腕……痛ぇ……。お母さんと本気の腕相撲だけでも(・・・・)やばかったのに。

 いやぁ……まぁ、お姉ちゃんたちは凄まじいな。ハルルの姉だ、間違いなく。


 ふと、階段を景気よく下る音が聞こえる。カカカカンっ! と一気に下ったな。

 いや、まぁ、誰が来てるか分かるんだけどね。あのなぁ。


「サイン! 貰いに来たッスよ!」

「いや、今、俺はお風呂入ってるんですけどね!?」

 ばーんと扉を開けて、ハルルが笑顔で入って来た。

 男女逆だったら犯罪だぞ。いや、今のご時世、普通に犯罪だからな。



「お背中、流すッスよ~!」

「いや、間に合ってます」



 ──あ、念の為にあれだからちゃんと言っとくと、ハルルは普通に服着てるからね。

 混浴的なイベントじゃあ、無いぞ。



「えへへ。ね、ジンさん」

「ん?」

 ハルルは俺の隣に来た。桶で足を流してから、その白い足をちゃぽんと湯につける。




「このシチュエーション。──これ、覚えてないッスか?」



 くすっと、まるでヴィオレッタみたいに、悪戯にハルルは笑った。

 懐かしい言い回しと、懐かしい言葉と──。



「俺の素顔を覗き込んだ女の子と、同じ構図だな」

「えへへ。その女の子、可愛かったっしょ?」

「あーあ、その発言で可愛さポイント減点10点だわ」

「えええっ!?」

 ハルルはガーン! とでも効果音を付けるのにふさわしい顔をして笑った。



 10数年前。

 俺は、この東部に来ていた。勇者ライヴェルグとして。

 なんで単独行動してたんだっけな。ああ、そうだ、アレクスの休暇に付き添ったんだ。ドゥールの休暇だったか? まぁどうでもいいや。

 それで俺は一人になって、ルキたちと合流する途中で──一人の女の子を魔物から助けた。



「助けた女の子が、『いっしゅくいっぱんを恩義★!』って連れて来てくれたのがこの宿だったな」

「そうッスよ! その頃からライヴェルグ様の大ファンだったので、絶対に逃がさないという気構えで手を握ったッス!」

「当時からのガチ勢怖ぇわ」

6才(わかさ)ゆえの過ちッスかね!」


 2日間だけ滞在した。その間に、その女の子は俺の素顔をどうしても見たいとせがんできた。

 とはいえ当時は顔をずっと隠していた。だからのらりくらりと躱し続けたが。


「……俺の素顔が見たかったからって、風呂場に樽を持ち込んで、その中に隠れ続けるとか──何時間入ってたかは知らないけど、今考えると狂気の沙汰だよな」

「え、えへへ……それこそまさに6才(わかさ)ゆえッスね……」

「実際、何時間待ったんだよ?」「3時間くらいッスかね?」「よく死ななかったな……マジで!」「1度は意識失ったッスよ!」


「昔っから無茶ばっかしてんのな」

「えへへ。目標達成の為に効率的と言ってくださいッス」

「ったく」

 ぱちゃぱちゃと、ハルルは湯につけた足を動かした。

 水飛沫が飛ぶ。


「お母さんに挨拶したよ」

「え?」

「ハルルのことをよろしくって言われた」

「……そ。……えっと」

「お姉ちゃんたちにも挨拶してきたよ」

「あ、だから昼から宿に居なかったんスね!」

「ああ……」


 ──お母さんと腕相撲した後、俺はハルル姉妹3名に挨拶をして回った。

「えっと、何もされなかったッスか?」

「……」「何かされた顔!!」

「いや? まぁコキ使われたけどな」

「え?」「今日から年上の弟ゲットって、ナツヅさんは喜んでたよ」

 ──長女のナツヅさんは釣りが趣味と聞いていた。だが部屋に入れて貰ったが釣りじゃなくて最早、ガチの漁。網とかいろいろ置いてあった。

「……ナツ姉、もしかしてジンさんに大水槽を隣町に運ばせたんじゃないッスよね。米俵くらい重さある奴をっ!」

「あー、惜しい。碇を運んだよ。なんか新しい船につけるらしい」

「碇ッ!?」 俺も人生で初めて運んだよ。腕相撲の後でバチクソ腕が痛かったのは内緒だ。

「皆、ノリがいい人たちだよな。大体、会話のスタートが『ハルルが欲しくば○○(まるまる)を手伝え~』から始まってたよ」


 ナツヅさんは、碇を隣町まで運ぶミッション。

 アキギさんは、買い物同伴ミッション。

 フユユさんは、裏山へ一緒に虫取りミッション。


「……姉ちゃんたち……ッ! ジンさんを何だと思ってッ!」

「弟兼お兄ちゃんだと思って、だってさ」

 実際、嬉しかったけどな。なんか普通に頼って貰えて。

「むぅ。たった数時間に全部詰め込ませるなんてやり過ぎッス! というか、今分かったッス。だからお姉ちゃんたち、あべこべの情報で私がジンさんを見つけられないようにしてたんスね……」

「そうなのか?」

「そうッスよ! でもまぁ……仕方ないッスね」


 それから、ハルルは俺を見た。


「明日からはもっとたくさん喋る時間、増えますしね」

 にへっと笑ったハルル。なんか、湯気でかな、ハルルの頬も赤いし──俺は視線を逸らした。

「だ、な」

「えへへ! ──あ! 本題ッス! 本題!」

「本題?」

「これッスよ!」

 ──ハルルが取り出したのは、綴羊皮紙(ノート)だ。

 それは、随分と真新しい。変色していない紙。

 その端々は一切曲がっておらず、日焼けの染みも無い、子供用の綴羊皮紙(ノート)


「サインが欲しいッス!」

「……マジか。これ全ページにサインするパターンか?」

「いえいえ! 今回は一ヶ所で満足するッスよ」

「大人になったな」「ええもう16ですので」

 目が合って、笑い合う。

 手拭(タオル)で手を拭いて、それでも水気が残ってしまっているが、ハルルから羽ペンを受け取る。


 俺は──手慣れたサインを書いた。

 ライヴェルグ。

 ライヴェルグ・アルフィオン・エルヴェリオス・ブラン・シュヴァルド。


「こんな長い名前、マジで意味わかんないよな。

まぁ王が俺に箔をつける為に付けたした苗字だから──」


「え? アルフィオンは、古王国語の《白きもの(アルフィオン)》。

ブランは、神に対して用いる敬称と接続詞の《~の如き(ブラン)》。

シュヴァルドは普通に勲章銘の《騎士(シュヴァルド)》で、エルヴェリオスは古代魔術の碑文にある一説の《一撃殲滅の御業(エルヴェリオス)》ッスよね??」


「俺すら知らない俺の名前の意味がスラスラ出てきて恐怖すら覚える」

「うぇっへっへっへ。名前の意味だけじゃあなく、身長体重趣味好物、何でもジンさんのことは当時から、ずっと調べたからッスね! 大好きなので!」

「……そ、うか」 笑顔は可愛いんだけども、そこまで行くとやはり恐怖を覚える。



「では、サインですが、次のこちらのページへ」



「おいおいおい、一ヶ所で満足するって言ったぞ、数十秒前!」

「いえ、すみませんッス。伝え間違えてしまったので!」

「あ?」

「……ジンさんのサインが欲しいッス」


「……えっと。それって、なんつーのかな。サインの価値あるのか?」

「はい! 超あるッス!」

「そうなのか」


 まぁ、10年前(あのとき)と同じで断っても俺が根負けする未来が見える。

 書いてみた。だが、まぁバランスは悪い。

 ジンって名前は書きやすい綴りだからな。それに、なんつーか、字面だとカッコよくはないのだが。


 なのだが。

 ……そんな俺のサインを、ぎゅっと強く、ハルルは抱き締めて微笑んだ。


「えへへ。私だけの、超宝物ッス」


「……ほんっとに。お前、恥ずかしいことをまぁ平然と……まぁ」

「えへへ」


「……なぁハルル」

「はい?」

「俺、この後、お父さんに挨拶してくるよ」


 ハルルを見た。頬が赤く上気した──俺が、心から、好きな女の子を、しっかりと見た。


「つ、付き合ってることは、知ってるッスよね、お父さん」

「ああ。だけど。その」「?」


「いや、後で話すわ。お父さんと話をしてから、また後でな。

その時に、改めて。話を聞いてくれ」

「……は、はい。──はいッス! 喜ん──わっだぁ!?」




 ぼちゃんっ! と勢い余ってハルルが俺の前に落ちた。



「! ハルル!?」

 慌てて抱き寄せる。

 ハルルは、いつも通り楽しそうに笑っていた。

「えへへ、ぶ、無事ッス」

「ったく、驚かせんなよ」

「──ジンさん」

「ん──」


 ハルルが、そのまま俺に抱き着いていた。

 ずぶ濡れの髪。俺の胸板に、ハルルの頬が当たる。

 ハルルの少し高い体温が、伝わってきた。


 不意に、ハルルが俺を見た。潤んだ目が、濡れた顔が。

 

「──えへへ、ジンさん、顔に出るから分かりやすいッス」

「なっ」

「じゃ、また後で。お茶でも持ってお部屋に行くので!」

 ハルルは頬を赤く染めてから、温泉から出た。

 ずぶ濡れの後ろ姿は、その、服が体に密着して体の線が浮き上がってしまう。

 だから、その、目が離せなかったというか、違う、ハルルの背中を見送ってから──。


 ──そ、そういうのは、しっかりとお父さんお母さんに、俺が真剣だと伝えてからだ。そう決めたんだッ!!





 とりあえず俺は、温泉の中に頭からダイブした。





 

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