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【22】すべての記憶を失っても残る。【38】

 



「キミ。逆に、今、何を覚えてるか教えてくれるかい?」


 ワタシは、フェイン様の言葉に従って、話しを始めましたデス。


 ですが、すぐに驚きました──沢山、言いたいことや話すことがあるように思ったのデスが……覚えてることはとても少ないんデス。



 ワタシが、メッサーリナ様の控えで作られた予備素材(クローン)であること。

 そして、作られた日に処分が決まっていた過剰生産品(オーバープロダクト)だということ。

 その後、何年も何年も、他の予備素材(クローン)が破棄されているのを眺めて暮らしたこと。

 もっと喋っておけばよかったと思ったこと。

 冷たい水の中で過ごし続けたこと。永遠にも等しい変化の無い一秒をずっと刻み続けたこと。


 ……。



 ああ、ただ、それから、最後に直近の記憶。

 目を覚ましたらこの方が居て、それで……戦った跡があって。

 知らない男の人と女の人も居て。それで……それで。



 ……それしか、覚えていない。



「分かった。じゃ、記憶(メモリー)は? メッサーリナの記憶媒体。装着状態だろう?」

 フェイン様は機耳(みみ)を指差しました。Yes、実はこの機耳(みみ)、記憶媒体なのデス。

「Oh、読み込んでみるデス」


 ──『記憶(データ)照合……残量23%、保管の記憶データ有。状態:破損。読み込み不可』。


「……申し訳ございません。保管記憶(データ)は破損しているようで一つも読み込め無いようデス」


 駄目、デスね。ワタシ……。

 大切な記憶は、殆どありませんでした。──大切な?

 あ、ああ、彼が期待する記憶という意味でしょうか。それも、もう無いみたいデスが。


「分かった。もう、大丈夫だ」


 フェイン様は落胆した──いや、それよりもなんだか悲しい顔をしてました。

 なんで、そんな顔をしてしまうのか、分からないデス。

 ……ワタシは。


「……どんな記憶を無くしたの、でしょうか」


 思い出したい。思い出したいのに……何も、思い出せないのデス。

 でも、フェイン様は目を伏せて笑いました。


「大した記憶じゃないさ。寧ろ、もう忘れた方がいい記憶だ。

これ以上、戦争は続けられなくなったし、僕もね。責任がある(・・・・・)。敗戦のね。だから、もう……きっと」


「?」

「いいや、忘れてくれ。 ……──さぁお休み! 

キミはもう十分、僕の道具として役目を果たしたんだ! 誇るといいよ!

病院食も豪華な物にしてあげよう! ステーキにする? 肉はいいぞ、分厚いと尚いい!

……割と激しく損傷しているらしいから休んでるといいさ!」


 フェイン様は急に道化師のようにお道化て笑いました。


 ──その姿は、なんでしょう。不思議な気持ちにさせます。

 彼は、嘘を吐いている。いえ……嘘というより、本心を隠している。

 まるで、道化師が顔を塗りたくって……人を笑わせながら笑うように。


「フェイン様」


「さて! じゃぁそろそろ行こうかね!」

 息を吐いて立ち上がった。

 何か決意がある顔、に見えました。


「フェイン様……? どちらへ行かれるのデスか?」

「やることがある。僕は皇帝だ、忙しいんだよ、色々とね」

「……そう、デスか」

「……最後に。二つ、小言を言っていいかな。心当たりはないだろうけどね」

「? はい、大丈夫ですが」


「……自己犠牲ばっかりで本当に嫌になる。死んで終わり、忘れて終わりの連中は気が楽でいいよな! 残された人間のことを考えてくれたことはあるか?? 無いだろ!? そういう精神論の勇者が多いから嫌いなんだよ!」

「え、えっと、ワタシが記憶を無くしたから怒ってるということデス??」

「そうだよ! そういう挺身はしないでくれと、常日頃に言っていたのだけどね。キミはそういう挺身を行った。本当に許しがたいよ」

「……す、すみません」

「で、もう一小言」

「はぃぃ」



「ありがとう──リナリナ。キミのおかげで助かった」



 ──。


「大好きだった勇者に裏切られた! 必ずいつの日か全部無茶苦茶にしてやろうと思った!

王国を台無しにしてやって勇者なんて名乗れないようにしてやろう! そう思ったんだ! 

わーかってるよ! 歪んだ愛情! 馬鹿な復讐劇! いかれた衝動だってね!

そういう馬鹿な僕を! ……キミは笑わずに付き従ってくれた。

キミは誰より優秀な戦力で、面白い奴で……ま。気に入ってたんだ」


「……そう、だったのデスか」

「ああ。だけど失敗した! まー、仕方ないよ。後はもうね。僕の物語はこれでおしまい! 

終わりでいいさ。閑古鳥が鳴く(つまらない)復讐喜劇はね」

 幕引き幕引き、と笑う彼が。その笑顔とは裏腹に……とても。

 とても。




「……ね。行かせてくれないかな?」



「え?」

「……離してくれないと、進めないんだけど?」



 その服の裾を、ワタシは掴んでいた。



「あれ。どうして、掴んでるの、でしょう?」

「僕が聞きたいんだけどなあ?」

「えっと。あっと。……フェイン様。そう、質問、質問があったのデス」

「質問んん??」

「はい。その……リナリナ、というのは、私の名前デスか?」

「ん? ああ、そうだよ。何、質問する為だけに掴んだんじゃあないだろうね?」

「はい。……その質問は口実で……その」

「なんだよ。はっきり言いたまえよ」

「……行かないで欲しい、と思いまして」

「……何?」




「行ったら、もう戻られない。そんな予感がしまして」




「……」

 否定はありませんでした。

 彼は振り返りもしません。ワタシを見ないようにしているみたいでした。


「フェイン様。……行かないで欲しいんデス。

貴方に。……どうしても、行かないで欲しいデス」


「……何故だい」

「え?」

「記憶を失っているだろ。僕と過ごした日々の記憶は無い。僕のことを、何もかも覚えていない筈だ。なのに……どうして行かないで欲しいんだ?」

「えっと……その。どういう理由なのか、ワタシ自身、混乱はありますが」


 そう。フェイン様の、言う通りデス。ワタシは、貴方のことを何も覚えていまセン。

 自分の記憶(データ)を照らせば、三日前の僅かな記憶と、その間に何年か分の開きがありマス。


「ワタシに、記憶(おもいで)はまったくありません」


 だけど。

 フェイン様。

 貴方の、その背を。顔を。声を聞くと。




 すべての記憶を失っても。

 すべての記録を失っても。

 ワタシの中に。消えずに──。




感情(おもい)。……が、ありマス」

「思い?」



「はい。──貴方と一緒に居たい。ずっと。

ずっと……出来るだけ、長く。一緒に、居させて欲しい、そういう感情が……有るデス」



 すべての記憶を失っても。

 ワタシの中にある──この感情は、消えない。


「過ごした日を思い出せないデス。どうしてそう思ったか、もう思い出せないデス。

それでも……記憶が無くても。この、心の中にある、感情は」


 燃えるような、この感情。


「貴方のことを、思い出せなくても。貴方を見て、この感情が言うデス」


 名前も、出会いも、思い出せない。

 けれどもう、理屈でも、記憶ではなく。


 心が。


 貴方を──貴方のことを。




「好き。……みたい、デス」




「……記憶を失う前は、そんなこと言ってくれなかったけどなあ」


「え!? Oh……!? 秘めたモノだったデスかっ! 恥ずかしいデスっ!

ワタシ、てっきり、恋仲か何かかと思ってッ!」


 すると、フェイン様はぷっ、と吹き出して大笑いしました。割と酷いと思うデース。


「はっはっ! ごめん、リナリナ! 膨れるなって! フグみたいに不細工で可愛い顔だね!」

 外道デース!!


「はぁ……キミは本当に変な奴だな! メッサーリナとは大違いだ! 

何をしてものらりくらりと躱すタイプじゃ全然ないなぁ!」

「え、そう、なのデス??」


「そーだよ! ああ、もう可笑しいなぁ……調子狂ったよ」

「Oh……すみません」


「訓練をしとくといい」

「??」

 フェインは裾を掴むワタシの手を離しながら、指を握って笑いました。


「義手、もっと動くようにさ」

「了解しましたデス。でも何故デス?? 今のままでも十分動くデスよ?」

 問うと、彼は満面の笑顔を浮かべたデス。


「僕はね、悪い皇帝だぁよ。王国を飲み込む強大な国を作る皇帝さ」

「そうだったデスか」


「そう。だから、今から行われる敗戦の責を問う糾弾会議も口八丁悪趣味無限の大喜劇にして、全ての責任を完全に回避し、まだまだ皇帝の座に座り続ける! 

その時に、僕の右腕が動けない状態じゃあ困るだろう?」


「それは、そう、デス。ワタシ、右腕デス?」

「そうだよ。だから、ちゃんと手、動くようにしておきたまえ──今後も一緒に悪巧みをする為にね」


 ──狐の目を優しく曲げたフェインは、病室に来る時と正反対の決意に満ちた顔で歩き出した。


「ああ、それと」

「は、はい?」



「やっぱり、様は無しだ。敬称略。……呼び捨てにしてくれ」



「え? な、何故ですか?」



 問うと、フェイン様は口を止めました。

 それから、頬を少し掻いて、ちらっとワタシを見てから息を吐きました。



「キミは──未来の皇妃だろう。この国で唯一、僕のことを呼び捨てていい人物になるんだから、今のうちに慣れておくといい」



 その言葉と悪戯な笑顔を残して、フェインは堂々と胸を張って病室を後にした。


「未来の、皇妃……」

 そして、ベッドの上に残されたリナリナは──顔を赤く染めた。




「……はい。わかりました。……フェイン。えへへ」



 

 未来の皇妃。という言葉を口の中で数回転がして。

 胸の中の感情が、心臓をずっと高く鳴らし続けた。


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