【22】正答は無い二択の問題【37】
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二択。 ──三択目は無い、二択の問題。
二択。 ──正答は無い、二択の問題。
天秤の重さは一定。
傾ける権利は、メッサーリナが持つ。
だから、彼女は選択する。
どちらを取り、どちらを捨てるか。
選択する。
◆ ◆ ◆
ああ、白い。雪。
白が、雪い、デス。間違えました。あはは……。
皆がいたら、今の、笑ってくれたデスかね。あれ……。
皆って、誰、でしたっけ。
ワタシ……名前……メッサーリナ。
機人。……所属は……雷……あれ。なんでしたっけ。
それに……ここは、どこ、でしたっけ。
……忘れ、てしまいました。
……ああ、白。白ばかり、デスね。
白は……好きです。けど……今日は、怖い、デス。
暗い。白。
指から温度、抜けて……震える、いえ、震えも、なくなりマス。
胸、呼吸、冷たいデス。
血……止まったデス。よかった。お腹の血、汚れが付いてしまうから。何に?
あ、頬……張り付いて。血も、出ま……セン。
腕、動きません。
首、動きません。ずっと、雪しか……雪しか見えないデス。
……なんで、戦ってたんデスかね。
嫌。……嫌、デス。戦う……こと自体……好きじゃないデス。
記憶が……抜けてる、デス。魔法を……使ったから。
ワタシ……魔法、下手っぴ。だから……使うと、記憶が飛んじゃうデス。
でも、大丈夫……そろ、そろ。戻るデス。記憶、戻る。デスから。
怖い。瞼……閉じないで。でも、見てる世界も、白くて。
あ……これ。駄目、デス。ワタシ……ワタシ。
死にたくない……死にたく、ない……デス。
嫌だ。助けてください……誰か。誰、か。
ルキ……。あ、ルキさん。思い、出してきました。そう、デス。
皆の、名前。皆の顔。そう、デス。
……記憶、戻った、なら。魔法も、使える。
そう……魔法の使い方も、思い、出しました、デス。使える。助けを呼ぶ、魔法を。
救難の、煙炎を……、つ、使えば……あ。
……ああ。……なるほど。そう、いうこと……デスか。
記憶が、飛ぶ前のワタシ……ワタシは『こういう選択』を、したのデスね……。
腕の中で──血塗れの女の子を、抱き締めながら。
回復魔法で、ギリギリ命を繋いでいる……女の子。
──白羽が……。敗北を悟った白羽の、最後の仕返し。
雪山に放り投げたこの子……ワタシ、助けて。
怪我、治し……ながら、記憶が飛んでしまって。
ああ、ワタシ、おバカさんデス。この子を治すより先に、救けを呼んでおけばよかった、デス。
いえ。……そんな、選択の猶予が無かったデス。
だから……今、この二択……なのデスね。
今にも死んでしまいそうなこの女の子と、今にも死んでしまいそうなワタシ自身。
救けを呼んで、ワタシが助かるか。
救けを呼ばずに、この腕の中の子を助けるか。
使える魔法は、一回。
どちらか、片方を使うしか、ワタシ、出来ない。
前者。……呼んでもすぐに来て貰えない可能性が高いデス。2人とも、死んじゃうかもデス。
後者。……でも、誰にも見つけて貰えずに、2人で死んじゃうかもデス。でも……そうデスね。
記憶が飛ぶ前のワタシは……いえ、今のワタシも。
直感的に、選んだんデスね。
目の前で、この子が死んでしまうのは、嫌。デス。
それに。
……そうデス。皆さん……。
ワタシ、王国の皆さんが言う、『マジ天使』でも『マジ女神』でも……無い、んデスよ。
記録に、ちゃんと、残しておきましょう。
ワタシ……は。ただ、プライドが高い……嫌ぁな、人間デース。
だから……勇者である、為に。最後まで、恰好付けたい。
プライドが、高い、だけデス。……そう思ってください。
どうか。この子を、助けるなと、……誰も、思わないでください。
戦力が減ったと、思わないでください。誰も、責めないでください。
ワタシが、勝手にやって……勝手に。命を落としただけデス。だから。
どうか。
──。
──……。
──…………。あ。
皆さん。
ああ、ごめん、なさい。聴覚器官……故障、デス。
感覚も、無いデス。
だけど。
よかった。抱き締めた、子……無事デスね。
オーケー。オールオーケー、デース。
ああ、皆さん。
温かい。えへへ。皆さ ん
みなさんは 火 みたい、デス
こんなに、 ワタシ すべて、無く なる のに
こころに 残る あったかい あかり
ずっと わすれない きおく とちがう
あっ た かい
◆ ◆ ◆
──……眩しい。……あれ、朝、デス?
上質な布団、軽やかな柑橘系の香り……ここは、どこデス?
……それより、今、何か夢を見てた気がするデス。
……思い出せないですが……とても悲しい夢だった気がしますデス。
あれ。腕……不思議な腕デス。なんでしょう。機械の手と違う、何の材質でしょう?
軽い。それで指は……うーん、あんまり、動かないデス。これは。
「義手だよ。僕が作った。悪いね、戦闘用じゃあない普通の腕さ」
不意に、開けっ放しの扉の向こうから男性が声を掛けてきました。
「あ、貴方は」
狐のような目の、黒い髪の、きっちりとした服装──。
この方は。
「フェインだよ。フェイン・エイゼンシュタリオン。物覚えも悪くなったとか言わないだろうね?」
「あ、はい。すみませんデス。フェイン……」
「様を付けるように。僕は皇帝だぁって言っただろう?」
「す、すみまセン。フェイン様」
窓辺に椅子を足で動かした彼は、その上にふんぞり返るように座り、足を組み、更に頬杖を付いてため息を吐いた。
彼の、フェイン様の横顔はなんだか綺麗だった。
「三日経ったんだよ。あの後から三日も経った。まったく。
最初は起きてたのに突然、気を失うから吃驚したもんさ」
「……あの後? それは何の後デス?」
「……そうだったね、何もかも忘れてしまったんだったね」
フェイン様は、起こったことを掻い摘んで話してくださいました。
──フェイン様が大怪我を負ったこと。その治療をワタシがしたこと。
魔法を使えない機人なのに、魔法を使い過ぎて記憶が吹っ飛んだこと。
「──その後、僕を捕まえようとしたライヴェルグの前に立ちはだかったんだ、キミは」
「なんと! あ、そのあたりからは覚えてるデス!」
「そこなんだが、僕は不思議だ」
「不思議?」
「そう。僕を覚えてないのに、何故、僕を守ろうとしてくれたんだ?」
「……それは……」
ワタシはフェイン様を見ました。
それからちょっと目線を逸らして、顎を押さえました。
「何故でしょう?」
「……嘘や隠し事じゃなさそうだなあ。嘘や隠し事をするとすぐに目が泳ぐから分かるんだよ」
「ええ、そうなんデス!?」
「ああ。……僕が居ない時は、ちゃんと気を付けろよ」
「?」
「……しかし、何を覚えてるか分からないな。
キミ。逆に、今、何を覚えてるか教えてくれるかい?」
「OKデス。了解デス」
ワタシも、少しずつ話を始めたデス。




