【22】お間違いなきよう【34】
◆ ◆ ◆
罠だらけの森は、効果抜群だった。
多くの若い帝国兵士が転がり怪我をし、熟練の兵士が彼らを助ける為に多くの時間を消費することになる。
「……この作戦。昔の戦争を思い出すねぃ」
熟練の──というより、最年長の兵士がため息を漏らした。
皺だらけの顔に、みょんと長い髭。50代くらいらしいが、風貌が老人と言ってもおかしくない、老け込んだ眼鏡の男性兵士だ。
「ネイ少佐っ! 申し訳ないですがっ! その話っ! 引き上げて、貰ってからでも! いいですかっ!!」
「ああ、すまないねぃ」
そう言いながら落とし穴に落ちた兵士を引っ張り上げた。
シキが従者に命じて作らせた落とし穴は、縦に深いだけの穴だ。だが、鎧を着こんだ兵士はそこに落ちてしまったら、上るだけでも体力を消耗する。
(多くの兵士を疲弊させる戦法……これは懐かしいねぃ)
「何か、……はぁはぁ。……知って、るんですか、ネイ少佐?」
「ん」
「昔の戦争を、思い出す、と、おっしゃってたので……」
息も絶え絶えに若い兵士がネイに訊ねる。
「そうだねぃ。……帝国が昔、攻めた時にねぃ。こんな作戦を立てられて遅滞させられたことがあってねぃ」
「その作戦を立てたのって、もしかして《雷の翼》ですか?」
若い兵士は目を少しだけ光らせた。だが、ネイは首を横に振って否定した。
「彼らが活躍する前の話だねぃ。
王国も軍人と冒険者が分かれていた時代──ある冒険者の一団にしてやられたんだよねぃ」
「《雷の翼》が活躍する前? もしかして王家守護騎士のロクザや薔薇の魔女アルシュローズ・マギですか?」
「良く知ってるねぃ。残念ながら、そんな有名人じゃないねぃ。──ただの冒険者だねぃ」
「冒険者?」
「そう。《雷の翼》が登場する前、帝国の侵攻をたった2人の冒険者が三度も阻んだんだよねぃ」
「た、たった2人ですか!?」
「うん。まあ当時の進軍が50名程度の強硬偵察だけだったっていうのもあるけどね。
ただ、その部隊に自分も居てねぃ。二人は強かった。
──罠を張り巡らせて動物を使役する魔法剣士『獣繰の悪童』。こいつが本当に厄介でねぃ」
ネイは目を細めて遠くを見る。
「ネイ少佐?」
「──この罠がねぃ。そいつの罠に似てるんだよねぃ」
「……だとしたら、先行した格闘3人組がピンチですね」
「そうだねぃ。なるべく早く元気な子たちを連れて追いかけるとしようかねぃ」
「あ、そうだ、ネイ少佐」
「なんだねぃ?」
「二人組なんですよね。その冒険者。もう一人は、どんな冒険者だったんですか?」
「ああ。もう一人はね──元帝国人。
帝国に居た幼少期から彼女は『通り名』、いや渾名かねぃ。こう呼ばれていたんだよ──」
風が舞い、兵士はごくりと、息を呑む。
「凄い、渾名、ですね」
「そうだろう。しかも、これはまだ6歳の稚児に付いた渾名だから恐ろしいねぃ。
特徴は背が低いことと、光沢のある紅色の格闘手袋を用いることかねぃ」
「紅色の、格闘手袋……ということは鋼鉄格闘を使うんですか?」
「そうだねぃ。8歳で師範代を連撃でノした程の腕前だそうだよ」
罠に落ちた兵士に語りながら、ネイ少佐は森の向こうを見る。
ふと、後ろから別の兵士が走ってきた。
「ネイ少佐! ご指示の通りに動ける兵士を集めました! 総勢30名程ですが、もう10分お時間をいただければ20名は復帰させられそうです!」
「じゃぁ20だけでいいよ。小隊で動こう。まだ罠があるかもしれないしねぃ」
「はっ!」
「ほんじゃぁま、この罠を仕掛けた悪童たちに、二・三十年ぶりかに会いに行こうかねぃ」
◆ ◆ ◆
無口。という顔をしている。
彼女の名前はツユ・ココ。シキの妻であり、年齢も30代とのことだが10代にも20代にも見えるから不思議だ。
彼女の目線は常に真っ直ぐ向いている。筈なのだが、対峙していてもこちらを見ているのか分からない。
目が余り動かないと言ってもいいのかもしれない。
そして口は常に「一」の字か、機嫌が悪いなら「へ」の字で、それと。
ツユはシキを見る。
上から下まで土だらけ。袖が破れて露出した左腕は、赤黒く腫れあがっている。
また現在立てないことから足も捻ったのだろう、とツユは推察する。
「ツユ、さん」
「シキさん。若くないのですから無理しないようにと伝えたはずですが」
注意をされたシキは苦く笑いながら──頬に一筋の汗を掻く。
口が「×」になっていた。
「怒ってます、よね」
──怒っている時は口が「×」の字になる。
シキ曰く、とても顔に出やすいから分かりやすい、とのことだ。
「怒っていません」
「怒ってる人の言い方じゃないですか」
「……」 ツユは黙りこくり、シキは苦く笑った。
その直後──シキは顔を青くした。
「危ないッ!」
シキは声を荒げた。危ない。すぐに伝えないと──。
「ヒャッハーッ! 敵に背後を見せるとは! 攻撃してくださいと言っているような物だぜー!」
ツユの背後。跳び出した帝国兵士は拳を振り上げていた。
「顎を引いてください! 兵士さん!」
シキは真っ直ぐに帝国兵士の方へ叫んでいた。
危ない。すぐに伝えないと──帝国兵士の命が危ない。
はぁ? と帝国兵士が疑問を浮かべたその直後──。
顎下から脳天まで、突き上がる衝撃。目玉が360度も回ったような振動。痛みを感じる余裕も男にはなかった。
そして、男は海老のように反って地面に叩きつけられた。
「シキさん、失礼です。私だって加減はしてますよ」
ツユは無表情でそう呟いた──その両腕は光を反射し、輝いた。
「なっ! なんだこのガキッ!」「うぬっ!?」
「ガキと呼ばれるような歳ではありません」
ツユは少し目を細めてから、紅色に輝く拳を引き絞って構え直す。
それは光沢のある派手過ぎない紅。
何度も艶を消し、重厚な光を放つ──紅色の鋼鉄手袋。
そして、その構えを見て、兵士は目を丸くする。
どこかで見覚えがある構え──いや、見覚えどころではない。もっと近しい。
その手袋は──。
「お、俺たちと同じ、鋼鉄格闘手袋っ!?」
「同じではありません。厚みが違います」
じゃりっと砂を踏みながらツユは兵士二人を見た。
(──光沢のある紅色の、格闘手袋……? どこかで、聞いたことが。いや、俺はどこかで、あれを見たことが)
「うぬっ! 所詮は、背の低い女ッ! 格闘技は背丈が物をいうっ!!
鋼鉄格闘を習った王国民がいるのは驚きだったが、所詮は女の力である!
貴様などっ、正面から腕力でねじ伏せてくれるっ!」
「ま、待てデフテロンっ! ここは二人で──」
「正面から力の勝負がお望みですか。畏まりました」
正面から突進するように兵士は向かい──ツユは足を大きく前に出し、右拳を低く構える。
兵士が拳を振り下ろす──全く同じタイミングに合わせて、ツユは拳を振り上げる。
拳と拳がぶつかり合う。どう見ても力は兵士の男の方が上だ。
体格、筋肉量、質量──それが全て上の筈。しかし。
「力による破壊は、点。一点に力を集中する。
鋼鉄格闘だけではなく全ての攻撃に通じる基本です」
鉄が散る。
兵士の鋼鉄格闘手袋が空中に散った。
「ぬっぁ!? 力で、負け──」
「今の鋼鉄格闘は、攻撃を受けたら動揺しろと教えているのですか?」
ツユは兵士の懐にいた。
「ぬぅ!?」
「鋼に一切の動揺無し。鉄に一切の慈悲も無し。それが鋼鉄格闘ですよ」
直後、豪雨でも降ったような激しい音が響く。
鉄が衝突を繰り返した音だったと──砕けた兵士の鎧が教えてくれた。
絶え間のない鉄の拳の連続拳撃で兵士の鎧は爆撃でも受けたように捲れあがっていた。
その流れるような連続拳撃を、もう一人の兵士は棒立ちで見ながら、目を見開いていた。
(お、俺はこの連撃を、見たことがある。
ガキの頃に、鋼鉄格闘を習う為に通った道場で見た。
そうだ、その時、俺より年上なのに背の低い女の子が使っていた技だ。
これで。これで師範代をノしていた。そうだ。その人は──『その道場の娘』だ。
──その人はその後、王国に移住して……冒険者になったって聞いた。
『彼女の通り名』は──道場でも、冒険者になった後も『同じ通り名』だった)
仰向けで鎧が爆散した兵士は倒れた。
──ツユはまたも何を考えているか分からない顔でそこに立ち、残った兵士と目が合う。
兵士はその目を見て──ようやく思い出した。
紅色の格闘手袋を使う格闘家の一家の長女。
幼少期、師範代をノしたその少女──その『通り名』と、彼女の『名前』は。
「『鬼神』──ツユプレセ・パーン・イスクース」
「古い名前を持ち出されましたね。ですが、誤謬ですよ」
ツユは真っ直ぐに歩いてくる。駆け寄ってきても居ない。
だが、ただそれだけで──兵士は動けなかった。目線を切れない。
「っ! 近づくなぁあ!」
兵士は巨大な体を震わせながら、何とか一歩踏み出す。
一歩踏み出せば後は転がるように、前のめりになってツユに駆け出した。
剛鉄の拳が構えられる。それでもツユは、ただ凛と歩いた。
「私の名前は、ツユ・ココ。四季亭の宿、その女将──ツユ・ココです。以降、」
兵士の拳は地面に突き刺さる。その拳の上に、蝶のように足が乗っていた。
そして、紅鉄の拳が──
「お間違いなきよう」
──紅一閃。兵士の後頭部に拳が突き刺さり──鋼鉄の兜が炸裂弾の如く弾け飛んだ。
◆ ◇ ◆
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また、9月6日の更新ですが、諸事情によりお休みにさせて頂きたいと思います。
誠に申し訳ございません。9月7日には投稿を致します……!
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暁輝(2024/09/05)




