【22】宿場の町の攻防戦【32】
◆ ◆ ◆
──少し時は遡り、リナリナとジンの戦闘が終わった直後のこと。
ジンは刀を鞘に仕舞う。胸部に出来た横一文字の傷を押さえながら振り返る。
藍色の長い髪に兎のような機耳、機人のメッサーリナリナはその場に膝を付く。彼女の機械の両腕は輪切りになって破壊された。もう戦うことは出来ない彼女は──不思議と笑っていた。
「隊長サン──化物デスね、強すぎるデス」
「お前だって強かったぞ」
「No。だって隊長サン。まだ本気出してないデス」
「割と出したがなぁ」
「JKデース」「あ??」「J・冗談は K・顔だけにしてくだサイ!」「え、何、トドメ刺して欲しいならそう言え???」
「Nooo! 冗談デスよっ! ただ──貴方が本気であれば、ワタシは今、こうして生きていられないデスよ」
「そりゃ違うと思うぞ。首を狙うには動きが速いから攻撃で伸び切った腕に反撃取って無力化するってのは定石だろ」
「理論は分かりマスが、それが出来てしまうのは化物領域デース……。
流石、隊長サン……昔から劣らず、いえ、データ上、現在の方が遥かに強くなっているようにも見受けられるデス」
「変わらないと思うんだけどな」
ジンは少しだけ空を見上げる。
──その耳に聞こえて来たのは、兵士たちの足音だ。
距離はあるが、間違いなく町の方へ向かっている。だが。
「……お弟子さんの増援、行ってあげなくていいデス?」
「あ?」
「フェイン様は……強いデスよ。特にその防御術技は、隊長サンであっても突破できないと思いますデス」
「その回答は、さっきも言ったぞ」
「?」
「アイツに任せた。どうにもならなければ、アイツから助けを求めてくる。それまでは手を出さない」
「……Oh。そう、でしたね」
「寧ろお前が援護に行きたいんじゃないか?」
「Why!?」
「いや、俺にそう催促するってことは──お前が駆け付けたいんじゃないのか」
「……それは。……命令では、町へ侵攻して隊長サンを討ち取る命令でした。
それが為されるまでは、フェイン様の命に係わる緊急事態以外……戻ってはいけない。それが命令デス」
「お前は頑固だな」
「ワッ!? 喧嘩売ってるデス!?」
「いいや。褒めてるぞ。メッサーリナはその辺、自分の感情に忠実な奴だったからな。お前は全然違うと思っただけだよ」
「……いや、それでも褒めてるとは思えないデスが」
「ほら頑固だ。まぁいいけどな。──俺はお前を無力化したし、町に向かってる兵士を無力化しに行ってくるぞ」
「……そう、デスか。止める手段はありません、手が無いだけに、なのでご自由に」
「なんか面白いこと言おうとするのは老化現象だって、ルキが言ってたぞ」
「!? 生まれてまだ10年ちょいのピッチピチ機人に何たる言い草ッ!」
かなり若いのか、と内心で小さく呟いてからジンは苦く笑った。
町へと踵を返した時に、「隊長サン」と声がした。
「? どうしたリナリナ?」
「いえ。その……」「?」
「もし、落ち着いて──機会などあれば……お茶でもしましょう! 昔話を──聞かせてくださいデス!」
リナリナは、にっと少女のように無垢に笑ってみせた。
「ああ。──そうだな。いいかもな、そういうのも」
またな。と言ってジンは町に向かって走っていく。
そしてその直後──リナリナの機耳が声を受信し始めた。それは通信機の音源。フェインが使う通信用の機械で……──。
◆ ◆ ◆
──帝国軍は町に向かって進軍をした。
この世界では、軍というのは1つ50人程で組織される。
今、町へ進軍している数は5軍分、つまり250人である。
ハルルの奇襲によって大混乱が起き、3軍分が機能を停止。しかし残りの2軍分──つまり100名は、町の裏側にある山から進軍していた。
なだらかな崖に挟まれるような山道だが、下りなので先の見通しは良い。ここからでも町の中にある高い屋根の家が見える程だ。ただ少々狭く曲がりくねっている上に、左右は深めの森。
誰がどう見ても伏兵を置ける場所だ。本来ならばこの道を通らないのが定石ではあるが──今回は王国軍が来ていないという確定情報がある為、帝国軍はその道を選んで進んでいた。
(──では、町を守る為に……お父さん、少し頑張っちゃいますよ)
森の中──白髪交じりの眼鏡の男性がいた。彼はシキ・ココ。この町の町長代理であり、ハルルの父である。
その隣には、豹のように大きい三毛猫。その猫は、ぷるぷると震えながら口に蔦を必死に咥えている。重いのだろう。だがとにかく離すまいと必死のようだ。
(ネココさん、ごめんね。もうすぐだから。……よし、今だ)
ぽん、とその背を叩く。それを合図に猫が咥えていた蔦を離した。
しゅんっ! と鞭を振ったよう音と共に蔦が一瞬で上に吸い込まれていった。
振動、地鳴り……帝国兵士が首を傾げる。
(即席ではありますが……足止めにはなるでしょう。私の従者は、穴を掘るのが得意な子が多くて。──罠と言えば、これですよね)
「! な、なんだ!」「総員防御を!」「な、なんっ!」
直後──帝国兵士の先鋒が、真下に落ちる。
(所謂、落とし穴です。まぁ深さは無いですし、中に何も仕込んでないので嫌がらせ程度にしかなりませんが──)
シキは困ったような優しい顔で帝国の兵士たちを見た。
10名程度が落ちただけ。足止めにしかならない。
「森の中に敵の反応! 誰かいるぞ!」「銃兵! 銃兵!!」
(あっ、もう見つかっちゃいましたかっ! 探索能力が高い人がいるみたいですね。困った困った)




