【22】人を生かす為に魔法を教えよ。【29】
◆ ◆ ◆
──白星石を削って作った女神の彫刻が、慈愛を浮かべて微笑んでいる。
綺麗に彫刻された墓がそこにはある。
彼女の名前と、その名前に因んだ薔薇の刻印が刻まれている墓石。
ここは『アルシュローズ・マギ』という賢女の墓である。
墓前で──師、アルシュローズの娘として育てられた賢者は小さく手を合わせる。
星空の夜のような輝く紫色の長い髪。右腕と両足が義肢の、車いすの賢者。──ルキ・マギ・ナギリ。
彼女が目を開けた時──墓に刻まれた祈りの言葉と『師の言葉』を見た。
『人を生かす為に魔法を教えよ。人の支えになる為の魔法使いであれ』
賢者ルキは──目を伏せる。
その言葉は、少しだけ茨のように胸に刺さった。
師の命日に悔いる内容ではない。だが、どうしても。
ルキは師に、小さく語った。
「──メッサーリナが死んだのは……ボクのせい。……ボクのせいなんだ」
◆ ◆ ◆
──約十年前。
「自分の中に丸を描くんだ。どんどん大きくなっていく丸をイメージしてみるといい。
そしてその丸が、どんどん自分の中から溢れ出して、外に出ていく。
大きくなった力が、強く溢れ出すように」
そして──柔らかい白い肌を持つ、華奢な手を──賢者ルキは彼女の前に差し出した。
ふわっと柔らかい光が蛍のように飛ぶ。そして火のように消えた。
合わせるようにして。
「やはり魔法が使えないデース!!」
機械姫、メッサーリナはその愛くるしい顔を梅干しでも食べたように皺くちゃにして抗議をしていた。
「うーん。この教え方でも駄目か。ウィン。キミ何かコツとかないかい?」
「ウチ? うーん。こう、『がっ!』『ばっ!』『じゃんっ!』『ずばばば!』がええと思うよ!」
「そうだった。キミは天才型だった」
「え、なんや、急に褒めんといてよ~! 照れるやん~!」
「サシャラ。キミ、魔法を使う時どんなイメージでやるんだ?」
「ん。うーん。腹筋に力を込めて、こう、ぐっ! とやって、ばーんだな!」
「キミたちに聞いたボクが悪かった。キミたちは同種だったね」
「もう、どうして使えないんデースかっ!! ふがーーーっ」
集中力が切れたメッサーリナは断末魔を上げながら、ベッドの上に大の字になって倒れ込んだ。
『ぴぃっ!!?』
同時に甲高い叫び声が上がった。「わぉ!?」とメッサーリナが慌てて飛びのく。
『ぴっ! ぴぃぃ!!』
このベッドは先に私が使っていたの! とでも言いたげに、その『小さな竜』は抗議していた。
両手で乗せられるサイズのその竜は、首がぐんと長い竜だ。
銀白竜という種類の竜で数年後には大きく育つという。
「Oh! ごめんデース!! カノンちゃん、本当にごめんデースッ!」
謝るなら仕方ないが、この枕は私が貰うからね! と言いたげによさげな枕を引っ張り、その上に銀白竜は座った。
ふと、部屋の扉が開いた。同時に銀白竜がばさっと羽を広げて扉の先へ向かう。
「……ただいま」
骨。骨が喋った。いや違う。
大きな牙を持つ熊の頭蓋。それを被った背の低い少女だった。
長い黒髪に黒地に金色の刺繍が入ったローブを着込んだ少女である。
「プルメイ、お帰り」「おっかえりデース!」
「お! 帰って来たか!」「おかえり~」
プルメイという少女は、こくりと頷く。
「Oh! 丁度いいデース! プルメイ! 貴方、魔法を使う時のコツありますデスかー!!?」
「……? えっと」
「ああ。今、メッサーリナに魔法を教えてるんだ。まぁ種族的に魔法が使えないと言っていたが、理論上、魔法は誰だって使えるはずだからな。何かしら手段があると思ってね」
「デース。でもやっぱりうまくいかないんデース!」
「……」
プルメイは押し黙ってしまう。ルキとメッサーリナが小首を傾げると、プルメイは頬を掻いた。
「私。……魔法と。違うよ? 占術。または、霊術。骨を使って、動物。魔物。力を借りる技」
「……違うデース??」
「違う。デース」
こくりと頷いたプルメイに、メッサーリナは頭を抱えて「Noooo!」と叫んだ。
「まぁメッサーリナ。とりあえず今日は休んでいいんじゃないか? 今すぐに習得する必要がある物でもなし」
「いえ……こうやって女子オンリーで集まれるタイミング少ないデース。特にルキはいつも隊長と一緒だから、このチャンスを逃すと喋れるタイミング無くなるかもデース」
「っ!! いつも一緒にいる訳じゃないっ! た、ただ援護魔法をだなっ! それにいつも一緒っていうのは──」
ルキが不意にサシャラを見た。大きな欠伸をしながら机に向かって手紙を書く、背も高い綺麗な女性の後ろ姿を見て、言葉を止めた。
「……使う時の。心がけなら、あるけど」
不意にプルメイが呟くと、メッサーリナは目を輝かせた。
「心がけ! なんデース!?」
「占術の場合。……使えば使う程、無くなる。骨が、削れて」
「ほうほう?」
「交換。……使う技術に、合わせて。だから。使う魔法の大きさと、使われる骨の大きさ。常に比例。……心がけてる」
「……難しいデース」
「え。と……。ごめん。言葉……えっと」
「あ! 違うデース! ごめんなさいデス!! 意味は伝わってるデス!
魔法でしたいことと、魔力の大きさが同じようになる! 的なことデスよね! その調節が難しいのデース……」
そもそも発動が出来ないので……。と口籠ったメッサーリナを見て、プルメイは困ったように頬掻いた。
「思い……かな」
「思いデース?」
「占術は。……物の力。霊の力じゃなくて。生きてた頃の力、それを戻す。……だから、思い。とか」
「思い……思い?」
「……思い」
「えーっと」
「好きな人──守りたい物。大切な場所とか、思い浮かべたらいいんじゃないか?」
ルキがそう言うと、Oh!とメッサーリナが頷く。
そして、メッサーリナは目を閉じる。
指に、思いを集中させて。
そして。
メッサーリナの指先から──僅かに光が零れた。
ぱちっ、と一瞬で消えてしまったが、光はその場の誰しもがしっかりと目視した。
「つ、ついに! 魔法が使えたじゃないか、メッサーリナ!!」
一番にルキが鼻息荒く喜んだ。
「わぁ! すごいなぁ! 光ったで~!」
「見た! 凄いな!」
「!! なんか出たデース! なんか! なんか出たデーーーース!」
「おめでとう」
「プルメーイッ!! 貴方のおかげデース!!」
メッサーリナがプルメイに抱き着いた。
「違う。よ。メッサーリナ。貴方の頑張り」
「ノンノン! 教え方がよかったデース! はっ! 違うデス! ルキさん! ルキさんの教え方が悪かった訳ではッ!!」
「ふふふ。別に気にはしていないよ。だが、教え方に関してはボクよりプルメイの教えが肌に合うようだし、明日からプルメイに教えてもらうがいいさ」
「わっ!?」
「ふふ。冗談だよ! まぁ全員で教えていこうじゃないか」
「せやね~。サシャラちゃんもやで~」「私なんかも教えていいのか? 剣士だが」「かまへんよきっと~。その方がええって~」「うむ。なら私も教えるぞ!」
「だね。……教えれるなら、教えるから」
「皆さん……ッ! えへ。……皆さんが優しくて……ほんと。ほんと。
ワタシ、頑張って魔法、覚えるデスよ!! 覚えるデス!!」
──そして、メッサーリナは、魔法を……使えるようになる。
それは訓練を始めてから半年後の話だ。
だが……改めてその時、ボクは気付かされる。ボクの──愚かさを。
彼女の種族は魔法が使えない。
魔法に最も詳しいボクが、そのことを何故、掘り下げなかったのか。
ボクはもっと深く考え、理解すべきだった。
代償請求。
自分の使える魔力以上の魔力を使った時に跳ね返ってくる肉体や精神への反動。
メッサーリナが習得した『その魔法』は、人間が使う分には全くもって問題ない。
だが、機人は、その魔法と相性が悪く不響反応が発生してしまっていた。
誰も気づかない内に──その魔法は、魔法を使った分だけメッサーリナを蝕む毒となっていた。
そして、その魔法が──彼女から奪い取るのだ。
彼女の……命。
──そう呼んで差し支えの無い物を、奪い取ってしまう。




