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【22】心の箱③/太陽の無い青空【27】



 ◆ ◆ ◆



 長い藍色の髪。兎のような機耳(みみ)

 ほのかに光る深蒼明(ネイビーライト)の瞳。


 屈託のない太陽のように眩しく微笑むメッサーリナに──





 ──恋をして、しまった。





 純粋に。職人が丁寧に作り上げた至宝のような食事を美味しいと感じるのと同じ──ただ、理由の無い恋心。

 一目見ただけで、幸せを感じられる程の──一目ぼれ。




 美しい機械姫(ひと)。愛らしい女性(ひと)。誰よりも輝いて見える太陽(ひと)だった。




 好意を向けた。少年は恥ずかしながらも花言葉を学び、顔を赤らめながらも歌劇を読み耽り、美辞麗句──口説き文句をこっそりと練習した。

 鼻で笑ってしまうような、歯の浮く台詞をすらすらと謳えるようになった。礼儀作法も恋のいろはも、大衆本の知識ですら彼は必死に集めた。


 されど。

 彼は行動を起こす度に、気付いてしまった。


 好意を向ければ向ける程、彼女が困っていたという事実に。

 巧妙に、彼を傷つけないように──彼女はやんわりと断っていると、彼はしっかりと気付いた。


 ──どれほど愛を囁いても、きっと機械姫(かのじょ)はこちらを見ない。


 理由は分からない。好きな人がいるのか、単純に好みにそぐわないのか。

 少年は苦しんだ。

 苦しみ嘆き、胸が張り裂けそうな夜を越えて、少年は──。





 彼女を無理矢理に奪い取りたい──……

 ……──などと思わなかった。





 機械姫(かのじょ)はそこに居てくれるだけで価値がある。



 太陽のように。

 輝いてくれるだけで、心までが温かくなっていく。


 微笑むだけで、涙で濡れた服も乾き、まっすぐに歩いていこうと思える。

 ただ、それでいい。そこに居てくれるだけで、空気の全てがポップコーンに変わったみたいに弾けて甘くなるんだ。


 幸せだった。


 片想いでいい。

 たまに会えるだけで幸せを得られた。

 外交で少し会話するだけで十分だった。

 機械姫(かのじょ)が選んだ相手なら、誰と結ばれてもいい。


 それ程に、純粋に恋していた。

 幸せだ。機械姫(かのじょ)が、そこで笑っているなら。

 一緒の世界に生きているなら、それで十二分な程に幸せを享受できたのだ。




 だから、この恋は箱に入れて鍵を掛けよう。

 僕の初恋は、『心の箱』に鍵をかけて。部屋の隅に仕舞っておこう。




 彼女を困らせないように。それが。

 僕に出来る彼女への──恋の形。




 だから『その後』、彼女が来た時に──少年は戸惑う。



『ワタシ、《雷の翼》に参加して、魔王を討って参りたいと思いマス』

 真剣な瞳で彼女が言葉を紡ぎ──少年は戸惑う。



 もし──心の箱の中身を取り出したのなら、少年はこう言っただろう。


 危険だ。わざわざ姫殿下が行く必要は無い筈だ。

 キミが戦場に出ても、戦況は変わらないかもしれない。

 万が一にもキミが死んだら機人(ヒューマノイド)王家の血筋はどうなる。


 ──止める言葉を、無数に出した筈だ。

 だが、──だけど。


『どうして……魔王を討つ旅に?』

『守りたい場所があるデス』

『守りたい場所?』

『Yes。ワタシの母の故郷──その場所を』

『故郷? 機人国(ヒューマノイダム)じゃないのかい?』

『Oh! 言ってなかったデス。母だけ別デース。とはいえ、母も機人(ヒューマノイド)デス。生まれが違うのデース』

 微笑むメッサーリナの目に、少し陰りがあった。


『母との記憶は、殆どありまセン。ワタシも人間と同じように幼い頃の記憶は消えてしまいマス……。故に、唯一忘れがたい記憶が……その夕焼けの丘なのデス』


『……そう、なのか』

『はい。そうなのデス。それに』

『それに?』




『ワタシ、強いデスから! ──一人でも多くの人を守りたいデス。

この手が届く範囲の人を、守れるだけ守りたいんデス』




『……そう、なんだ』

『はい。そうなんデス』

 決意は、硬そうだった。だから。


『……メッサーリナ』

『はい?』


『──僕も、その丘を見たい』

 彼が言うと、メッサーリナは微笑んだ。


『! ええ! 是非見せたいデス! お花が凄いんデス! ワタシ、案内するデスよ! 約束デス!』

『……ああ、約束だ。……メッサーリナ。生きて、必ず戻ってきてくれ』


『はい! 約束しマス! 必ず生きて戻ってくる、約束するデス!』


 なのに。

 『その後のその後』。

 彼女が旅立ったその後。──その最後。



 激しい雷雨のその日、掻き消えるような小さなノックと暗澹たる顔をした兵士を見た時──まだ何も語られていないのに、彼の焦点はぐらんと揺れた。



 報告しますと丁寧な言葉が続き、メッサーリナの名前を辛うじて聞き取った。

 雷鳴が響く──しかし雷鳴は掻き消してくれなかった。






 メッサーリナが、死んだという事実が、告げられた。





 丘を見せてくれるっていう約束は、どうしたんだ。

 生きて帰るって言ったのに。帰る約束をしたくせに。

 何で。何で、キミは。キミは。



 真っ青に晴れた夏の日。

 窓の外に広がる雲一つない空を見つめても、彼の目に太陽は見えなかった。



 褪せた硝子のように、汚れ黄ばんだ空の色。



 ガラスの花瓶が甲高い音を立てて割れた。

 同時に何かもっと別の物が割れた。崩れてはいけない物が、大きな音を立てて崩れていく。彼の耳には聞こえていたが、他の誰の耳にも聞こえていなかった。




 嘘吐き。




 王国はその後、多くのことを発表した。

 勇者が他の者を守る為にとった正しい行動だと。正義だと。

 メッサーリナのおかげで無数の命が救えたと。


 ──無数の命よりも、1つの命を救ってくれ。メッサーリナの命だけでいい。

 他を全て捨ててでも。仲間全部見殺しにしてでも。

 キミが……生きてさえ。生きてさえくれれば。それだけで僕は。



 蝉が泣き止まない無限の青の下。

 太陽が無い空の下で、彼は乾くことの無い涙を流し続けた。



 ──勇者は、嫌いだ。嘘を、吐く。嘘吐きだ。嘘吐き嘘吐きッ!

 嘘を吐いて……自分を犠牲にしてでも、それでも。ああ。

 嘘吐きだ。皆。みーんな。みーーーーーーーんな。嘘を吐くんだ。

 嫌いだ。大嫌いだ。大っ嫌いだ。


 大嫌いって叫ばないと、もう何も出来ないくらいに。

 大っ嫌いなんだ。


 勇者なんか。勇者なんか。


 誰の声だ。いや、これは。この声は。


 ◆ ◆ ◆



「すーーーーっふっふふ!! 勇者っていう生き物はつくづく! つーくーづーく!!

不便な性格、いや、不便な生き物ですねぇえええ!!」



 がんがんと五月蠅い声が耳元で響いた。

 薄目を開けたフェインは突然に変わった観察した。


(鳥頭の魔族くん……僕の配下じゃない。第三の勢力? ……さっきの勇者と戦っているところから見て、あの勇者を狙っているのか。または僕を攫いに来たのか)


「エイゼンシュタリオン皇帝を拉致出来れば圧倒的! 圧倒的にワタスシが魔王になるのは近づく!

そして、皇帝を人質にしているからこそ、お前はワタスシを攻撃できないから、サンドバッグ!

殴られるだけのサンドバッグくんにならざるを得ないのだぁああ!」


(すごい勢いで全て説明してくれたな……僕以上に饒舌か? 凄まじいね、この鳥頭くん)


 そして──どれくらいの戦いを繰り広げたのか、フェインには分からないが、泥と土と血塗れになった少女ハルルがそこに居た。


(不合理だな。僕はさっきまで敵──)


「さっきまで敵だった人間を人質に取ったのです! すふふふっ!! そのまま攻撃すればいいのにねぇええ勇者ああ!!」


(ほんとに全部喋ってくれるな鳥頭くん……)



「……勇者って生き物、って発言──あってるッスね」


「うん??」


「勇者って……『称号』でも、『術技(スキル)』でもなく……生き物の種類、だと思うッス……。

不器用で、不格好な生き物なんスよ。皆」

「はっ! 不細工も追加してやりましょう!」


 スカイランナーが波打つ刀身の剣(フランヴェルジュ)を振り下ろす。

 間一髪で避け、ハルルは目を細めてスカイランナーを見た。




「だから、敵とか味方とか……関係ないんス──関係なく。

この手が届く範囲の人を、守れるだけ守りたいんッスよ──!」




   『──一人でも多くの人を守りたいデス。

    この手が届く範囲の人を、守れるだけ守りたいんデス』





(……勇者、か)


(……本当に……勇者っていう、生き物は……本当に)


 あの日の──あの日の彼女の姿が──その少女に重なって見えた。




 




◆ ◇ ◆


 いつも本当にありがとうございます!

 また急ですが、8/24の投稿をお休みさせていただきたいと思います。

 申し訳ございません。何卒よろしくお願い致します。


 8/24 暁輝 (8/24 1:52 追記)

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