【22】模造品番M-22-Op【22】
◆ ◆ ◆
火花散る。
耳が切り裂かれそうな程の回転音を響かせながら──廻刈転刃『剪定者』が振り下ろされた。
高速回転するその円盤は通常なら防ぐことすら不可能。
だがその一撃を、黒髪の男──ジンはその持っている刀で防いだ。
「メッサーリナ。……お前は、洗脳されているんじゃないか」
「What???」
「お前は、何も思わずに人を殺せる奴じゃない」
「……ハイ??」
「お前はずっと、仲間や人間を大切に」
ハハハハ!! と乾いた笑いが機関銃のように響いた。
「ハハ……はぁ。ライヴェルグ隊長。貴方、ちょっと分からず屋デス」
「あ? それはどういう……っ!」
言葉を遮るようにリナリナは力を強めた。
刀と廻刈転刃が弾け、二人は距離を取った。
「何度も、言わせないでくだサイ……。
先ほども、言いましたよ。
ワタシは──」
◆ ◆ ◆
──ワタシに名前はありません。
強いて言うなら、模造品番M-22-Op、でしょう。胸のあたりにそう刻印されているので。
あ、Opでえっちな意味を想像した貴方、残念ながら違いますデス。それは置いておいて。
それから。
ワタシに腕がありません。
機械の腕という物は、機人の英知の結晶であり、模造品や素材に付けるモノではないのデス。
機人という種族は、昨今、有名になったそうデスね。メッサーリナ様のおかげでしょう。
いずれ──こういう施設があることが日の目を浴びて、問題視されるんでしょうね。
メッサーリナ様も知らない。
機人の墓所の地下霊廟。その奥にある『神秘の扉』の更に奥にここはありマス。
この場所は、代々王族の『命を繋ぐ為の施設』デス。
機人は数が少ない種族デス。
そして、我々は貴重な貴金属を体に宿しておりマス。その心臓には魔力とも霊力とも異なる未知の力が宿っているのデス。
『機械の心臓』と呼ばれるこの力によって、機械の腕が自在に動かせるのデス。
それ故、古の時代より多くの人間や魔族に狙われる種族でもありました。
──だから、ある時代、魔王の力が強まった時代に機人は乱獲され数が急激に減りました。
数が減ったらどうすればいいか。増やすべきデス。
しかしそう簡単に我々は増やせない。諸事情有りデス。
なればどうするか。
全損を最小限に留めるようにすべきデス。
つまり。
王の血筋の『全損』を防ぐために、倫理を捨てて『複製をつくる』。
我々は、機械に近い人間デス。故に『倫理的』という物を無視することにしました。
まぁ当時は特に機械寄りの考え方が多かったデスからね。
王の腹心に当たる家臣らで、王族の肉体を複製し始めました。
ただ、それは──王が死んだ後に立てる影武者という意味ではありませんでした。
王たちに命の危険が及んだ時──この複製から臓器や血を供給する。そういう道具なのデス。
王たちの血肉から作られた精巧な複製。
言うなればメッサーリナの妹たち。
倫理観が欠片もありませんが、我々はそれより王の血がつながることを願ったのデス。
ワタシにも、そういう気持ちがあるデス。
姉を敬い、その姉に命を捧げる。それが喜ばしいという、信仰心のような感情がありマス。
だから、ワタシはメッサーリナ様が死に瀕した際には喜んで命を捧げることができる。
しかし。
──ワタシは、意識を得たその数日後に、廃棄処分が決まっておりました。
そう──死ぬことが決まっていました。
ワタシはメッサーリナ様が死んだ翌月……──機人族に彼女の死が知らされていなかったが為に作られてしまった──必要の無い機体なのデス。
メッサーリナ様に使うならまだしも。
ワタシは。ワタシは何の為にこの世界に生まれたのでしょうか。
──過剰生産品。
メッサーリナ・ナンバー22・オーバープロダクト。
ただ。ワタシ。いや、ワタシたちは即自殺処分は行われませんでした。
誰もが認める姫であり、英雄であり、愛されていた存在だった彼女の顔を持つワタシたちを殺処分するのは抵抗があったのでしょう。
その為、ワタシたちは管を通してただ寿命を使い切るまで放置されておりました。
そして、ワタシたちの寿命は10年。
その間、無為な生を。
慈悲とシテ──与えられておりました。
最初は定期的にメンテナンスの大臣が来られました。培養液の調節でした。けどフルオート機能がつきまして。技術は革新するものだなぁと思いました。
そして大臣らは数年もせずに来なくなり、3年は経ったでしょう。
生まれてから、5年程経過。
稀にする培養液の循環の音。ワタシの入った液がこぽぽっと音を立てました。
この場所でする音は、この音ともう一つだけ。
この頃に、残りはもう6人となっておりました。
いえ、今、5人になります。
斜め向かいの培養液の中身がみるみる減って行きます。そして、液体を全て吸い込み終わると、ワタシとは別のメッサーリナが処理口に足元から吸い込まれていきます。
こうして死体は、足元の処理口に吸い込まれて消えていきます。
クリーン、デスね。
吸い込まれながら、死体は細かくされます。
ミキサーにかけられるんでしょう。
何かが削られるような音が響いておりました。
数十秒間だけ、激しく鳴り響くミキサー音。
斜め向かい。培養液とワタシと別のメッサーリナ模造品が入っていたガラスが光が消されて、影の中に消えました。
この二つの音だけが、この場所で聞ける唯一の音デス。
ああ、喋るという行為をしないのが当たり前だったのデス。
今思えば喋っておけばよかったと思います。
その翌年、3回のミキサー音がしたデス。寿命配分が誤ってしまったようです。
それで──ワタシともう一人だけになっておりました。
更に翌年、ミキサー音がしました。
ワタシだけになりました。
ただその場に有り続けることになりました。
音も無い。空気も薄い。培養液の中で、周囲の物につもる埃を見ながら、そこに居続けるだけ。
寿命が来るのをただ待つだけの日。光も差さない霊廟の中で、永遠のような時間を待つだけの日。
最後に作られたから、一番長く。ただ死を待つだけ。
もう数か月で終われる筈。心も無い、感情も無い、でも。
怖い。怖いは……ただ、怖い。
死ぬの、怖い。
──ギぃ。
扉が、開きました。それは、まるで──。
「本当に、あったんだね」
細い目を見開いて、少年のように目を輝かせた、その男性。
「ぁ。ぁぁた、は」
「んー? 僕かい? 僕はフェイン・エイゼンシュタリオン。ああ、凄いな」
彼は錬金術師でした。手際よく、ケーブルを外し、適切に処置を行ってくださいました。
他の錬金術師の方もすぐに来て、施術が行われて──培養液から出ました。
空気は冷たく、ああ、この世界は少し寒く感じました。
ぱさっと、彼はその来ていた上着を、ワタシに掛けました。
「裸のままじゃ流石によろしくないよ。恥じらいが必要だ、姫様にはね」
いたずらに微笑んだフェイン様に、ワタシは。
その後、メッサーリナ様の記憶データを読み込みました。
ワタシたちはそういうことが出来るように改造されていたので、容易デス。
そして、姫殿下の武器まで使うことになりました。
彼、フェイン様は、ワタシにメッサーリナになって欲しいのだと思いました。
そうデスね。いえ。良いのデス。
──彼が、ワタシに『メッサーリナ』であることを望むのなら。
姫様になることを。望むのであるなら。それでいいのデス。
虐殺を望むならそれを叶えます。愛して欲しいなら愛するのデス。
望まれるなら。彼に望まれるのならば。
ワタシは『メッサーリナ』にだってなりましょう。
ワタシは『彼女の後継機』──
◆ ◆ ◆
鬼気迫る獰猛な顔で、彼女は叫ぶ。
「──リナリナ! ワタシの名前は──メッサーリナ2!!
彼の……マスター・フェイン様が最も扱いやすい兵器である、機械姫の、メッサーリナ2デース!」
この世界で最も愛する己が名前を、世界が震える程に叫ぶ。胸を張り力強く。




