【22】アルプトラオム【19】
◇ ◇ ◇
お父さんと言えば、朝から晩まで真っ黒になるまで仕事して、家では寡黙に過ごす──そういうイメージがあるッスよね。
でも、私のお父さんはそういうお父さんではなかったッス。
私のお父さんは、あまり家の外には出ないッス。それは大きな病を患ってのことなので、仕方ないことッス。
広い農地は近所の方と共同管理に変わって、主に宿屋の方の仕事をしていましたッス。
それでも、体調が良くない時は寝ていることが多かったッス。
……こういう言い方は悪いかもしれませんが、幼い時分ではどうしてお父さんは他のお父さんと違って外に遊びに連れてってもくれないのかと思う時があったッス。
お姉ちゃんたちが居たから、そういうことで駄々をこねたことは無かったみたいなんですが──一度、お父さんの前でそういうことを言ってしまったみたいなんスよね。記憶、そこは薄いんスけど。
きっと姉たちが忙しく遊びに行ったり仕事を手伝っていた時なのでしょうッス。5歳か6歳の、活発な私には家の時間が酷く退屈に感じたんだと思うッス。
『──北の山の頂上には何があると思いますか?』
『え?』
『ほら、窓の外ですよ。見てください。まるで石を叩いて尖らせた石器のように鋭い山がありますよ』
『すごい お山!』
『ええ、凄い山です。雪禍嶺と言って、春でも夏でも雪が降っているんですよ』
『そうなの!? 不思議なお山!』
『ええ、不思議なお山ですね。ではハルルさん。あの山の上には何があると思いますか?』
『山の上には……うーん』
『お宝か、それとも大きな竜がいるかもしれませんね』
『! お宝! 大きな竜!!』
『おお、目が輝きましたね。ではハルルさん、あの山の上には他にどんなモノがあると思いますか?』
『うーん……あ! おおきな剣があったらいいかも!! 勇者さまも抜けないような、すごい剣! それをハルルが抜くから!』
──まだライヴェルグ様が活躍する前ですが、寝物語として昔から勇者の物語は聞かされていたッス。
『そうかそうか! ハルルは昔から勇者が好きだね』
『えへへ! いつか世界中を冒険するの! それでね、──────!』
この辺りの会話はあやふやで、よく覚えていません。
ただその後、父は頭を撫でてくれたッス。それから優しい顔で、冒険に興味があるなら冒険者になるんだろうね、と言ってくれました。
『お父さんも昔は冒険者だったんだよ』
『こんなに病弱なのに!』
『あはは。難しい言葉を知ってるね。でもそうだね、お父さんは昔は病弱じゃなかったんだよ? だからお母さんとも冒険中に知り合ったんだ』
お父さんは、色々話してくれたッス。
発見された失われた時代の遺跡を探索する為に仲間たちと冒険した話。
険しい森、恐ろしい魔物、激しい戦い──そして、頼もしい女格闘家の話。
お父さんの楽しそうな話を、私は目を輝かせて聞いていたんだと思うッス。
そして、探検して見つけた宝箱。でもその宝箱には金銀財宝が入っていた訳じゃなかったこと。──子供の私には難しかったッスけど、何でか感動した思い出があるッス。
お父さんの話してくれる物語は、楽しかったッス。とっても、とっても。
我が家のお父さんは、他の家のお父さんと違うッス。
真っ黒になって働きはしません。家で寡黙に過ごしている訳じゃないッス。
でも、やっぱり、私はお父さんが好きッス。大好きッス。
▽ △ ▽ △▽
「──ハル、ル」
「お父さ、ん……ッ」
私は、手に力が入らなかったッス。
震えてる。なんでこんなに手が、震えて。いや、それは。
「ハルル……お父さんを、なんで……殺そうとするんだ」
「ち、違」
殺そうとなんてしていない。でもなんで。
今、私は、あの狐の目の男の人と戦ってたはずなのに。
何で──何で目の前に、血塗れのお父さんが倒れてッ!
「お、お父さんを盾にするなんて! 卑怯ッ! どこにいるッスか!!」
声を荒げて回りを見ても──何もいないッス。
いるのは、倒れてるお父さんだけ。
私は──頭が痛い──何が、今起こってるんスか。
ともかく冷静に。武器だけは手放せないッス。薙刀を強く握──。
「お父さんを殺そうとしたのは、ハルル、君だろう?」
お父さんの声の後に、ぬちゃっと、音がした。
薙刀には──べったりと……血がこびり付いていた。
「あ、あっ──アアああああぁっ!!」
◆ ◆ ◆
「一人か二人はいる筈だ──この世界で生きてたらさ、誰だってね。殺せない相手。
──『愛する人』っていうのがさ。なぁ勇者! 僕の【幻拐】はどうだい?
楽しんでいるかな!」
──ハルルの叫び声が木霊する中、狐目の男、フェインは腕を組んだまま笑って見せた。
「僕の術技は段階に分かれている。
【第一階想】はその人が思う殺したくない相手を見せる。
そして僕を攻撃したことによって【第二階想】が発動した。
今、キミは殺したくない相手を傷つけたという幻想を見ている筈だねぇ! けどさァ」
涙交じりのハルルは膝を付きその場に倒れ込んでいた。
その姿を見て、フェインは笑みが少し濁る。
「【第二階想】まで発動している最中なのに、まだ武器を離さないなんて、その精神力は驚嘆に値するなぁ。
さて、どうするか。この術技中は困った制限があるし、さてさて。ああ、そうだ、こいつがいたな」
フェインが鼻を鳴らして、彼の隣で転がっていた男を見た。
先ほど、ハルルの強襲で薙ぎ払われたフェインの補佐官である。
「おーい、目を覚ましたまえ、ルース・ポサート第二等補佐官」
足でルースと呼ばれた男の胴を踏んで揺さぶる。
数度それを繰り返していると、ルースは目を覚ました。
「ッ! ふぇ、フェイン様……ッ。……!
も、申し訳ございません、不覚をッ!」
「そーだよ、申し訳の塊だぁ、キミは! 兵士は王より鍛えてるはずだろ。しっかりと守れよ、この僕を」
「はっ……!」
「とりあえず、そこに転がってる勇者、早く殺してくれ。
僕の術技は発動中の間、ずーっと腕を組んでいなきゃいけないんだからさ」
ルースという補佐官は腰にある剣を抜いた。
「おっと、そうだ気を付けろよ、ルース補佐官。今、あの勇者は僕の術技に掛かっている。
補佐官、あの勇者に近づいたら多分だけど、【殺したくない相手の5番目】くらいの相手に見えている筈だが、あの精神力だ。もしかすると反撃があるかもしれない」
「はっ、はい! 気を付け──」
瞬間──ハルルが空に居た。
構えなんてあったものじゃない。体を絞って、ただの力任せ。
がぎんっ! と鋼鉄がぶつかり合う音が響く。
乱雑な、それでも重たい一撃を、ルースは辛うじて防御した。
「なっ! なんて力だッ! 子供じゃ──」
「『放電花』!!」
「あーあ。根性だけで【第二階想】を抜けたんだなぁ。精神力は驚嘆って言ったけど違うな。
精神力は異常者のそれだぁね」
音にならない雷撃と、青白い光が飛び散った。
それを見てフェインはため息を吐く。
「卑怯な、真似を……してくれるじゃないッスか」
ハルルは唇を噛みながら真っ直ぐにフェインを見ている。
だが、その目は。
「ちゃんと僕を見れているかなぁ?」
にたにた笑うフェインの顔を──ハルルは厳密には見えていなかった。
その目には全く別の世界が見えていた。
見慣れた家の部屋の中。ただの木造平屋。その居間。
しかし。
(この幻影の術技? みたいなものは、本当に悪趣味ッス!
けど……分かってきたッスよ! 目を凝らせば……ッ。絵具を擦った後みたいに、伸びた影が見えるッス。
そこに、フェインが、居るはずッス!)
彼の術技は自信を他者に変換する術技ではない。
ある意味で言えば、ハルルから姿を隠しているような、そういう術技に近かった。
──少なくとも、今の段階では。だが。
「そこに居るのは、分かってるんスよ……ッ!」
薙刀を大きく構えてハルルは走り込んだ。
それを見て、フェインは口笛を吹いた。
「驚嘆に値するよ。本当に本当にさ。【第二階想】を越えられるなんて。
まぁ、だから思うよ。本当に──」
だから、フェインは──腕を組んだまま笑う。
「可哀想だなぁ」
フェインは呟いた。
「【第二階想】を越えなければ、発動することは無かったのにね」
フェインはもう避けることすらしなかった。
まず、その薙刀は、彼の手前に突き出される。まるで【何かを刺したように】。
「最初に言ったろ。ああ、もう落ちたかな? 術中に。
聞こえてないのかあ。残念。締まらない独り言になってしまったなぁ」
ハルルは──今度こそ涙を流していた。
口をぱくぱくと、窒息した魚のように動かして。
「『一人か二人はいる筈だ』──『愛する人』ってのがさ。
まぁ【第三階想】──最悪の夢を見るといいよ」
※ 加筆修正を行いました。 ※
訂正内容【不明点の明確化】
話の本筋は何も変わっていませんが、ハルルがどういう術技を受けたのか。
【幻拐/アルプトラオム】がどういう術技なのか、次の回で分かるようにする予定でしたが
現在の話で混乱を招きえない書き方だった為、後半に加筆修正を行いました。
誠に申し訳ございません。何卒よろしくお願い致します。
暁輝 (2024/08/12 1:48 加筆修正)




