【22】フェイン様は決して負けない【18】
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衆寡敵せず──数が少ない者は多い者には決して敵わないという意味であり、『争いにおける当たり前』である。
基本的に争いは、『相手より多い人員』で、『相手より良い武器』を集めてから戦う。
これを集めきった時にようやく『争いのスタート地点』を見いだせると言えるだろう。
どこかの世界にあるランチェスターの法則にしかり、結局、国家間の殺し合いにおいては数の力が最重要である。個人の戦闘力など、本来は無意味なのだ。
この世界にはまだそのような法則を唱える者が現れていないが、戦争が『巨悪を打ち倒す為の物』から『国境線を奪い合う為の物』に変わり始めた現状──フェインという皇帝はとても近しい考え方を持ってこの争いを始めていた。
彼は軽薄そうに見える。いや、軽薄そうに取り繕っているが、思慮深い。
彼はこの争いを始めるに当たって王国の即応戦力を徹底的に分析した。
東部の勇者の数と王都から派遣できるであろう数を予想しその数を上回るように準備を進めた。
そして一部の人間の域を超えているような存在が東に派兵出来なような状況を作り出した。
実際、帝国の兵士たちがあの軽薄にも見える若い皇帝に従っているのは、数値を用いた計画説明が分かりやすいというのもあるだろう。
だから多くの兵士たちは理解していた。
──数の力で攻めるのが最も効率と勝率が高いということ。
軍一つは50人で集まり『頭一軍』と呼ばれる。
3つ集まれば『頭三軍』──人員数、150名あまりだ。
それが彼らの人数。彼らは昨日、雷纏う化物に遭遇し森の中で散り散りに隠れていた。
今しがた、機姫の指揮下に合流した。
「運が良かったデス! これで本来の攻撃行動が行えるデース!!」
彼女が元から指揮する予定だった兵士50。山から合流出来た兵士150。
累計、約200名の兵士。
その先頭に立つ機姫──長い藍色の髪と兎のような機耳を持つ、深蒼明の瞳を持つ女性。
彼女の名前はメッサーリナ2。
「サテ。では、作戦を開始しマース。
すでに伏せた兵士たちも一度に攻撃! 勇者及び王国の人間を皆殺しにす──」
そして。
並の兵士たちには何が起こったか分からなかった。
ただ気付けば立っていられない程の激しい振動に見舞われた。
迸った閃光を直視した者は目を押さえて地面に転がっていた。
「剪定者!」「一刀翔」
(な、なにが、起きてっ)
運が良かった兵士の一人が上半身を起き上がらせ周りを見た。
誰も彼もがその場に転がっていた。立ち上がっている者はほんのわずか。
あの男が地面に着地した衝撃で地面が揺れた。いや、わざと揺らしたのだと兵士は理解した。
中には岩盤や岩片が直撃して流血している者もいる。
そしてその兵士は火花散る方──メッサーリナリナと、その黒髪の男の方を見て──更に絶句する。
(森が、無くなってる)
現実味の無い光景だった。
先ほどまで森の中だったのに、二人を中心に地面が円形かつ平らに均されていた。およそ10メートルは直径があるだろう広さだ。
よく見れば、木々も地面に埋もれていた。空中から見えない手で押し込んだかのような姿だ。
無理矢理作られた円形格闘場。
まるで、爆弾を打ち込んで無理矢理に均した──そんな空間だ。
その中央で二人が鍔競り合う。
刀と廻刈転刃は火花と、鉄特有の悲鳴を上げ続ける。──普通なら刀が弾け飛ぶ筈だが、一刀だけで受け止め切れていた。
何か──二人が言葉を交わしている。小さくて周りの怯んだ兵士たちには聞き取れなかった──だが、兵士たちは茫然としていた。
「総員ッ! ワタシごと攻撃デス!!」
「ァ?」 低く、黒髪の男──ジンが声を上げた時、兵士たちは混乱した。
ジンがメッサーリナリナを弾こうと力を込めるが、彼女も喰らいつく。
「この数の集団攻撃ッ! 流石の貴方も無傷ではいられないデスヨっ!」
「リナリナ。本気で言ってるのか、お前」
「早くッ! 数をここ! 総攻撃は今ッ!」
(リナリナ様の命令ならッ!!)
「う、動ける者は武器を取れッ!」「遠距離から攻撃だっ!」「狙撃! 狙撃!」「いや、なんでもいい! 撃て撃て撃て!」
おおおっ! と鬨の声が上がる。
乱雑な発砲。散発的な射撃だ。
弾丸、大砲、魔法──あらゆる遠距離攻撃が向かってくる。
「流石の隊長もこの数の攻撃は捌き切れないデショウ?」
「……やっぱりお前は、メッサーリナじゃない」
「YES! リナリナデース!」
「このくらいの攻撃なんて訳ない。それに、だ」
「Yeah?」
「自分の命も大切に出来ない奴が、何も守れない。そう教えてくれたのは──いや、もういい」
黒髪の男──ジンの動きはとても静かで滑らかだった。
「八眺絶景──」
右手で廻刈転刃を押さえた状態のまま、左手で黒銀に輝く刀を抜いた。
すっ……──と、丁寧な所作で横一文字に構えた。
いや、違った。そのとてもスローな動き。否。
スローに見える動き。
──別の世界で、高速で動くプロペラが止まって見える映像がある。それはストロボ効果という現象であり──人体、特に、自身の目でそれが起こることはまずありえない。人間の目はかなり高性能であり秒間描画──120fpsも追えるのだから。
だが、今、それが起こっていた。
その刀は、人間の目で追い切れない程の高速かつ等速で動いた。
同じ軌道を何十何百と数え切れないほどに動く。
そして生じた風は、折り重なり合い空気と空気を切り裂く真空を生み出す。
「『科戸の風』」
空気が震えた。熱い、と感じた兵士もいた。
その次に多くの兵士は寒気を感じたらしい。
その一撃は、真空を生み出して行う遠距離斬撃。
真空は、鋼鉄の鎧も、鋼の剣も、白銀の盾すらも斬り裂く刃と鳴る。
数十名の兵士が、同時に血飛沫を上げて倒れた。
(か、数が──人数が、多い方が──勝つ、筈、なの、に)
たった一人に、その軍は瓦解させられた。
「わ、わわわわぉッ!? な、なんデスかその技──ホヮッ!!?」
一瞬だった。廻刈転刃が蹴り上げられ体勢を崩した所に、ジンが体を捻じ込む。
深蒼明の目が一瞬でその行動を捕らえ、まさに機械的に防御行動を処理する。
筈が。
「がぅ──んっ!?」
妙な悲鳴を上げてメッサーリナリナは仰向けに倒れた。
(顎、そして首の付け根。それから、喉を打撃されました。これは、この痛みの形は、四角形ッ。つまり、刀の柄で殴られた、ということですね)
「ひゅ──っが。っ……隊長、貴方、ほんと、強すぎまセンか」
呼吸を整えてようやく喋れたリナリナに、ジンは静かに一歩にじり寄る。
「大人しく負けを認めろ」
「……ノン。ワタシ、負けて無いデースッ……! 死んでないデスからッ……!」
「戦いも無意味だ。そっちの大将の方には俺の弟子に任せてある。もうノされてる頃合いだ」
「……ワッ? ノされてる? ワタシのマスターが?」
「ああ。そうだ」
「それは無いデスね。マイマスター・フェイン様は、負けないデース」
「……はっ。帝国の将校クラスの人間ってのはタイマンも強いのか? だけどうちの弟子だってな──」
「そーじゃありまセーン」
「あ?」
「マイマスター・フェイン様は──決して負けない。
それは彼の防御術技を突破できない、という意味デス。
そう、例え──隊長。貴方であっても、彼の防御術技は突破できないでしょう」
「あ?」
「可哀想デスね、その弟子さん──助けに行かないともう死んでるかもデスよ」
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フェインは口の端から流れる血も拭かずに、腕を組んでいた。
「やれやれ。本当に危なかったじゃあないか。え? なぁ、勇者ハルル!」
そして、その前に居る金メッシュが入った銀白髪の少女ハルルは──答えない。
ハルルは、槍を構えたまま硬直──いや、手を小刻みに震わせた。
目を見開いて、──彼女はその場からぴくりとも動けなかった。




