【07】王鴉【04】
◆ ◆ ◆
「レッタちゃん、どこ行くんだ?」
「いいから、付いてきて」
レッタちゃんはそう言って草むらに入っていく。
狼先生もその隣を付いていく。
と……何か、動いた。
あれは……。
「……鳥。思ったより、デカ」
そんな言葉をレッタちゃんが言った。
確かに、レッタちゃんより一回り以上デカい鳥だ。
漆黒の毛並み。黒い羽毛に包まれた鳥。
黒い宝玉みたいな目に、鋭く硬そうな嘴。
この顔つきは……カラス、だろうか。
『王鴉だな』
「オオガラス?」
オレが首を傾げて訊ねると、狼先生は頷いた。
『王鴉は、古くは魔王国領に多く存在していた。
とても知能が高く、こちらの言葉や指示を理解することに長けている。
その昔は、戦場で用いられていることもあった』
「ほへぇ……」
『教えれば、単純な魔法も使える。
飛行魔法を覚えさせれば、人一人くらい軽く乗せられる。便利な移動手段だよ』
「そうなのか……ちょっと乗ってみたくなる」
「それより。この子、なんだか元気が無いみたい」
レッタちゃんが王鴉に近づいた。
「なんか、怪我してるみたいだね」
『おい。そんな近づくな。王鴉は獰猛だぞ』
「そうなの? 大丈夫だと思うけど」
王鴉は警戒しているのか、まっすぐレッタちゃんを見て、クァッ! と吠えた。
威嚇している。
「傷を見るだけだよ」
レッタちゃんが手を伸ばすと、王鴉が羽を広げて、羽搏かせた。
それに合わせて血飛沫が舞う。どうやら羽に怪我があるようだ。
「レッタちゃん、野生の動物は暴れ出すと危ないよ。下がった方が」
「下がる? 大丈夫。この子、私を傷つけないよ」
「傷つけないって。そんな保障無くね!?」
「それに。野生でもなさそうだし。ね、私は別に、戦う気ないよ」
レッタちゃんは、そのまま王鴉に喋りながら近づいていく。
「私のこと気になる? みんな、私のことは、レッタって呼んでる」
一歩進むごとに、丁寧に、王鴉に話しかけていた。
「ヴィオレッタで、レッタ。可愛い名前でしょ。お人形さんみたいだね」
「貴女にも名前、あるのかな? くすくす。可愛い顔。美人さんだね、貴女」
「狼先生、なんで、レッタちゃん、あんなに喋りながら近づいてるんだ?」
『ああ。あれは、興奮状態の動物を、冷静にさせる為だな。
不思議なものだが、話しかけると動物はたいてい、落ち着いて耳を傾けるんだよ』
「え、そうなの?」
『ああ、不思議だがね』
「流石、狼先生……狼だけあって動物の気持ちは何でも分かるんですね」
『……狼は仮の姿だ』
あ、そうなんですか。
『まぁいいが……。とりあえず、あの子の場合、動物のそういう仕組みなんか知らずに話しかけてそうだが……』
確かに。
「ね。その傷、どうしたの? よく見せてね」
気付くと、レッタちゃんは、王鴉の頭を撫でていた。
凄い。さっきまで、ぐるぐる言ってた王鴉が、静かになってる。
「矢、刺さってるね。ちょっと待ってね、今、抜くね。大丈夫、痛くないようにするよ。【靄舞】、包め」
レッタちゃんは靄を出した。
黒い靄が布みたいに平べったくなり、羽に巻き付いていく。
「回復魔法と麻酔効果のある靄舞を巻いたからね。ちょっとずつ傷みが無くなっていくよ」
安心して、と、微笑むレッタちゃんは、少ししてから、矢を抜いた。
血が少し飛び散ったが、王鴉は耐えたようだ。
……凄い手腕だった。
けど、オレのハイライトはそこじゃない。
いつも、くすくす笑う、レッタちゃんが。微笑んだ!
レッタちゃん、……そういう笑い方も、とても可愛い……。
◆ ◆ ◆
どうやら王鴉は、レッタちゃんにのみ懐いたようだ。
レッタちゃんの膝の上に、王鴉は頭を乗せ、体を丸めて休んでいた。
「……羨ましい限りだ」
「くすくす。じゃぁ、この後で膝枕してあげようか?」
「え、ええ。い、いいの、じゃない、いや、えーっと、ご、ごめん! 冗談でした!」
気恥ずかしくてすぐ謝ると、そうなんだ? とレッタちゃんは小首を傾げた。
王鴉の頭を撫でながら、レッタちゃんは狼先生を見た。
「師?」
『駄目だ』
「まだ何も言ってないー!」
ぷくぅっと膨れるレッタちゃんを、気にも留めずに、狼先生は言葉を放った。
『どうせ、飼いたいとか、連れていきたいだろ?』
「うん。正解」
『駄目だ。というか、そもそも、その首輪がある時点で、この子は誰かの所有物だろ。
勝手には持ち出せない』
狼先生の正論に、レッタちゃんはため息を一つ吐いた。
と、また、森の奥から誰か来る。
馬の蹄の音だ。
木々の隙間を縫い、栗毛の馬にまたがる男。
チェックの帽子に、ジャケットも羽織り、しっかりとネクタイまで付いている。
……まぁどこからどう見ても貴族らしい貴族様が現れた。
ただまぁ、これは、オレの経験則というか偏見だが……顔立ちがムカつく顔している。
生意気すぎて、仲良くなりたくないタイプだ。
「おい。お前達。その鳥に、この僕の矢が刺さっていないか?」
ド高圧的に、貴族は訊ねてきた。
ぐるる、と王鴉が啼いた。




