【22】錬金術師の手引書【16】
◇ ◇ ◇
『ジ、ジンさん……自首、しましょう……』
『あァ?』
『そんな薬物に頼っちゃダメッス!! 一緒に立ち直るッスからッ! だから自首を──あ痛っ!』
『そういう薬じゃあねぇッ!』
『あはは、冗談ッスよ~!』
『ったく……これはヴィオレッタの【靄舞】に雷魔法を当てて作った粉だ。
まぁかなりの量があったんだが、前の馬車停まりに置いてきちまったんだ。
だから残ってるのは持ち歩いてた10回分だけだ』
仕組みとか持続時間とか詳しく説明されたッス!
……ある程度、覚えてるッスから!
ともかく、セレネさんとヴィオレッタさんの合作ッスね。
これを飲めばジンさんは一時的に【迅雷】みたいな状態になれると。
『そんで、ハルル。セレネさんによると、この発動した魔法が正常に機能しているなら、この魔法の白い粉はもう一つ効果を発揮するそうだ』
『?』
『この魔法の白い粉には『雷属性強化』の『付与魔法』が掛かっている。
つまり、この粉はお前の薙刀を強化してくれるそうだ。セレネさん曰く──真の力を開放できるらしい』
『真の、力!! メッチャ解放したいッス!!』
『待て待て。まぁ制限とかあるが……えーっと技名は』
! ……ちょっと音が可愛いッスね!
『──んで。まぁとりあえず、この10回分はお前に渡す』
『あれ、でもそうするとジンさん。迅雷が』
『ああ。まぁ、術技は無くても大丈夫だ。仲間を説得するのに、そんな力は必要ないからな』
……ジンさん。
『とりあえず、ハルル。お前は向こうの軍の相手だ。
時間さえ稼げば俺も合流出来るし、町の人を逃がす時間を作れるだろうしな』
『軍ッスか……100人以上、相手にするんスか』
『正面から戦う訳じゃない。さっきも話したが側面から奇襲を掛ければ行ける。
最悪は逃げればいい。それでも余裕で時間は稼げるからな』
『……』
『? どうした?』
『いえ。ジンさんは私が負けたり殺されたりする心配はしないのかなぁ、と』
『……』
『……?』
『お前なら出来ると判断したから頼んだんだけどな』
『え!』
『まぁ出来ないんなら仕方ない。別の』
『いやいや出来るッス! 出来るッスからーっ!』
『だよな。……まぁ、それに、だ』
『?』
『……本当にピンチになったら、どんな場所からでも助けに行く。安心してくれ』
『えへへ。本当に師匠は過保護ッスね』
『やっぱり助けに行かないから自力でどうにかしろよな』
『ひぃっ』
『まぁ早くリナリナを説得するよ。その後、すぐに向かう』
『了解ッス!』
ジンさんは少しだけ目を合わせないように微笑んでたッス。
えへへ。実は知ってるんスよね。すっごい私のことを心配しているって。
でも、心配してるって言ったら、それは私を信頼してないことになっちゃうんじゃないか、ってジンさん自身が思ってるから言わないんスよね。
だから。私も──本心では、心配ッスけど。
けど、ジンさんが心配だ、とは言わないッス。
◇ ◇ ◇
雷の薙刀が、青い火花を散らし続けていたが、──火花は白い煙となって消失した。
銀白の髪、翡翠のような瞳、少し小柄な少女は薙刀をくるりと回す。
(──ジンさんには軍を引き付ける、という作戦を貰ってます。
ただ、言っちゃえばそれはジンさんがメッサーリナリナを説得無いし倒せる前提の話)
「これ以上、ここで好き勝手させないッスよ!」
(かつての仲間だったメッサーリナさんの顔を持ってるリナリナに、ジンさんが苦戦しない筈無いッスから……。だから!)
そして、少女が見据える先には黒々しい髪の狐目の男。
「親玉さん。速攻で倒させてもらうッス。貴方を倒せさえすれば、全部終了する筈なんで!」
(なんなら、倒せないにしても追い込みさえすれば、親玉さんはリナリナさんを呼び戻す筈ッス!
そしたら、ジンさんの負担を私も一緒に背負えるッス)
「速攻。速攻ねえ……。はぁ。ま、いいか。まず聞こうかな。キミ、誰だい?」
「ハルルッス」
「あー……勇者かなあ?」
「そッス」
「そうかそうかあ。……で、キミ。僕が誰か分かるかい?」
「……? 親玉ッスね。なんかボスっぽい顔してるんで」
「わぁぉ! ボスっぽい顔だってえ!?
面白いねえ、キミ! ユーモアの才能が満杯てるね!
こんなに優しそうな顔の男にボスっぽいって! なかなかに酷いんじゃあァあ、ないかい??」
「すみませんが──早めに倒さないと、いけないんで」
ハルルは一歩踏み、加速した。まるで犬か猫のような、動物的加速。それは十分に素早い。
その速度を思い切り乗せた薙ぎ払い──尖端ではなく芯の部分で当てるにしても、並の人間なら骨折必死の一撃。
その一撃を──泥が防いだ。
「っ! なんスかその魔法ッ! いや、これは──まさか創り獣ですか!?」
「ほー! キミは勤勉だなぁ! そうとも! 僕が創った『泥汁液物』さ!
おい、泥汁液物……もっとちゃんと防げよ。泥が顔に付いたぞ」
ドーム状に、その泥は彼を包んで守っていた。
よく見ればドームの上には頭のような物がある。
薙刀が──むにゅっと弾力のある音を鳴らした。
(! まずいッス!)
咄嗟に、ハルルは薙刀の先から雷を放電した。──その閃光に合わせて、距離を取る。
──この行動は大正解だった。そのまま力を込めていたら、泥汁液物の体内に薙刀は絡めとられていただろう。
ハルルは着地と同時に突きを放った。
今度は明確に戦闘不能にする為に、腹部を狙った突き。
その一撃が硬い岩にでもあったかのように弾かれた。
(ッ……! 軟泥みたいに反応速度が遅いのかと思ったら、防御は滅茶苦茶に早く動けるんスねッ!)
「初めてみたかい? 創り獣は!」
「そッスね。でも本で読んだ通りッスから、余裕ッスよ!」
「へぇー、本で?」
「そうッス、よっ! 『錬金術師の手引書』ッス!」
「!! 読んでるの、それ?」
両手で構え、次は力いっぱいの薙ぎ払いを放った。
「ええ! 通常攻撃の際は動きが遅く鈍重! ですが主人を守る時には機敏に動く! 創り獣のウーズは、泥と岩と毒で作られた物! 岩の特性の『硬質化防御』には限界があると書いてあったッスから!」
「へぇ。凄いなあ! よく読み込んでくれてるねぇえ!」
「勤勉なのでッ!」
岩を叩く様な音と振動は──ハルルの腕に直接響く。
だが、手応えは感じていた。
(岩が捲れてるッス! それに攻撃をし続ければ、防御一辺倒になるッスから! 遅くて高い威力の攻撃を防げるッス!)
「勤勉かぁ。それならちゃあんと、奥付まで見て欲しかったけどねえ~」
(奥付?)
ハルルは疑問に思いながらも攻撃は続けていた。そして泥汁液物の盾が罅割れてきていた。
後一押し。跳躍し、全力を振り下ろす。
「必殺! 『真雷閃』ッ! ッス」
砕けた。
泥汁液物の岩と泥が飛び散り──その顔を見る。
細い糸目の黒い髪。どこにでもいそうなその顔立ちに。
(──『錬金術師の手引書』を書いたのは、そう、ッスよ。
帝国の皇子で、現在の皇帝ッ! そして──錬金術師の中でも異才っ! その名前は)
「フェイン・エイゼンシュタリオン──ッ」
「そーだよ! 勇者! 本当なら謁見も叶わないような相手なんだぞおー??」
(こ、皇帝自ら最前線にッ! い、いや、ここで彼を倒すか捕まえればッ!)
「超、親玉ッスねっ! なら」
「縄蛇。それと、泥汁液物」
瞬間、砕け散った岩がハルルの周囲に浮かび上がった。
(!? これはっ)
「あの本は5年以上前──その間に、色々と進化はしているんだあよ、錬金術はね。『拘束』」
岩がハルルを包み込むように──いや、摺り潰すように覆い被さった。




