【22】心の箱②【14】
◆ ◆ ◆
──嘘を吐く。大体、みーーーーーーんな、嘘を吐く。
皆。みーーーーーーんな、嘘を吐く。
けど。
入力装置に錬金構文を刻む。
抵抗触媒と蓄術媒介器、術子管に術式結晶を繋ぎ合わせる。
飴串のようなレバーを、小さな彼の手は握り締め、がくんと勢いよく下ろした。
無数の計器の針が大きく限界値近くに跳ね上がる。
その錬金反応は、彼が付けている黒塗りのゴーグル越しにしか直視できない。それ程に眩く、付けなければ視力を奪う程の発光反応だ。
激しい光が小さくなり、まるで線香花火が消えたように、ぽとりと地面に落ちて消えた。
少年は、ゴーグルを外して駆け寄った。
古天文字で結ばれた回路の中心へ。
「やぁ。初めまして」
糸目の少年が微笑むと、その中心に転がっていた『鉄』は動き出す。
四角い箱──まるでロボットの玩具のような、それは立ち上がった。
『お……おはよ、ござ・ます』
その言葉に合わせて、少年を遠巻きに見ていた男たちが『おお』と驚嘆の声を上げた。
『この歳で創り獣の錬金術までを熟すとは』『皇子という御身分でなければ研究所に入って貰いたい程ですな』『天才というしかありますまい』
創り獣の術。
それは帝国錬金術師約2000人の中でも操れるのは1%にも満たないと言われる秘術。
自分の血を媒介にする為、無数の媒介組合を試す必要があり、幾通りもの生命回路を組み上げる必要がある精緻なその術を──齢8歳の少年。第四皇子、フェイン・エイゼンシュタリオンは組み上げて見せたのだ。
フェインは、記憶力が高かった。
完全記憶能力とまではいかないが、集中すれば忘れないと自負する程。実際、その高い記憶力があるからこそ、錬金術をすんなりと操れるまでに至っていた。
また、高い記憶力を有するが故に彼は──『他人と交わした会話』を過剰に覚えている。
相手が忘れてしまっても、覚えているのだ。
帝国の錬金術師たちが、フェインへ『一等錬金術師』の位を授けた。
彼は目の前の指先の無いガントレットのようなそれを、きょとんと見つめていた。
それは、プレートブレスレットというそうだ。手首から肘までを覆う錬金補助器具であり、一等錬金術師しか持つことが出来ないらしい。プレートには精緻な翼ある獅子の絵が刻印されており、他にも構文やら古天文字が細かく刻まれていた。
だが、そんなブレスレットは天井に向かって放り投げ、フェインは『作ったばかりの創り獣』を抱き上げた。
「お前はゴーレムだね」
『ゴー・レム』
「そーだよ。僕の命令に忠実に従うんだよ。召使いみたいにね」
『は、い』
「それから一番大切なのは、僕には嘘を吐かないこと。ま! 機械は嘘を吐かないもんね!」
『嘘、つかない』
「だよ。だから君は、僕の家族第一号だ」
フェインは、孤独だった。
母は父である皇帝を裏切って駆け落ちをし、惨殺された。
本来ならその息子であるフェインも処刑台に連れていかれそうな話だが、それは無かった。
これは皇帝の口からは語られないが、フェインは皇帝の小さい頃にそっくりだった。細い目も、錬金術に打ち込む所も、真っ黒過ぎる程の髪の色も。
他の皇子たちはそれぞれの母たちの特徴が強かったのもあって、皇帝はフェインをかなり気に入っていた。
だが、その気配を出すのは、他の者らの示しがつかない。それ故、フェインには住居や研究施設は与えたが、皇帝から『親としての愛』は渡されなかった。
『か、ぞく』
「そう! 君は、……んー。そうだな。ゴー助、かな!」
『ごー、すけ』
「あはは、いいね。ゴー助、ずっと一緒に居てくれるかい?」
『は、い。動けなく、なるまで。ずっと一緒に』
──創り獣を長く生かすのは難しい。
専用の触媒を用いて改めて寿命を錬成する必要がある。
その触媒の錬成も、星の数に等しい程の組み合わせが存在する。
その中から、錬金術師は正しい組み合わせを見つけ出さなければならない。
その一か月後、ゴー助と名付けた創り獣・鉄容は動かなくなった。
フェインは自分のベッドの中で、動かなくなった彼を一度撫でた。
「……動けなくなるまで、一緒にいる。約束を守れる。偉いなあ、君」
そして、フェインは笑みを浮かべながら涙を流していた。
その涙が何なのか、彼は理解が出来ないまま、その心が静かに鉛のように沈んでいった。
皇帝は──よく見ている人間だった。
皇子たちの動向を気に掛けると言ってもいいだろう。フェインが気落ちしたことをすぐに察し──皇帝は一人の少女を帝国に客として呼ぶ。
「Yeah! 初めまシテ! ワタシ、メッサーリナ! しくよろデース!!」
帝国の同盟国にして隣接する領土の国。機人国の姫──メッサーリナ。
「……えっと」
「フェインくんデースよね! まずは握手デース!」
「あ、あっ、え?」
「友達になりに来たデスよ!」
「と、友達?」
「いぇーす! ワタシは貴方を心からの友──ワッ!?」
「嘘吐きだな。僕と友達になりに来ただと?」
「? 嘘じゃありまセーンが」
「嘘だ。金目当てか、皇帝に取り入るのが目当てだ。大体が皆そうだった。皆、みーーーーーーんなそうだった!」
「Oh……フェインくん。貴方、悪い人たちばかりに出会ったのデスね」
「近づくな!」
「ノーデース。フェインくん。機人は嘘を吐きまセーン。
ワタシの国の仲間は嘘を嫌いマス。貴方と友達になりたい、これ真実ね?」
「……」
「少しは信じてくれマスか? ワタシと友達になってくれマスか?」
──最初こそ突っぱねたが、フェインはその後、彼女だけには心を開いていく。
(あはっ。美談美談! 美談になるけどもさっ! 違う。違うよ!
メッサーリナが機械でもあったから、信憑性があるって思えただけだよ?? だから)
◇ ◇ ◇
「この話は終わりだよ。嘘を吐かなかったのはゴー助だけだから」
フェインが静かに呟いた時、彼の部下の若い男が小首を傾げた。
「ゴー……? フェイン陛下、申し訳ございません。聞き取れませんでしたが、今、なんと?」
「なんでもないよー! 気にしないでね! さぁさぁとりあえず……さっさとライヴェルグ、焼き払わないとねぇ」
宿場の町は、もうフェインの視界にあった。
町のすぐそばにある裏山の頂上に陣を敷き、いつでも兵を動かせる状態。
「陛下。この距離まで肉薄してライヴェルグが出てこないということは、この町に居ない可能性が高くないでしょうか」
「キミ、賢いなあ! うんうん! そーだろーね! 僕もそう思うよ!」
「でしたら、民間の町を攻撃するのは」
「変わらず行うよー??」
「っ!」
「王国の拠点という拠点は潰さなきゃ! ここも落とせば雪厳連山から直接麓に降りてこれるしね!
確かに無理して落とす必要も無いけど、王国の町なんて落とさない理由も無いさ!
逃げる奴が居たら無理に追う必要は無いけど、ある程度、恐怖とか植え付けて上げないとね!」
「……はっ……ですが」
「分かった分かった! じゃあ無理にとは言わないよー!
キミが本当にこの帝国のことを思うなら念話で全兵に『撤退だァ!』って伝えていいよぉ?」
「え、え!?」
「ただ、忘れないでね? もう僕らは国境を越えてるんだよ。
さぁ! 王国の攻撃力は知っているだろー! 想像してくれ、報復戦争になった後を!
彼らは強いぞぉー。防御じゃなければ最強の『勇者軍団』だ!
圧倒的な火力で雪厳連山の拠点を破壊しつくし! ドドド!!
帝国防衛線を突破してくるだろう! ダダダッ!
さ、そうなったらどうなる? 帝国の民間人は大虐殺されるだろーね!
あっ! キミの領地は北東寄りだったよね! 妹さん2人と弟1人だったよね?
元気に過ごしてるかな?? ま、その家族はみーんな、死体袋に詰められるか焼却処分されちゃうよねぇ?」
「……申し訳ございません……。陛下っ」
「何も謝るようなことはしてないよぉ? キミはよく頑張ってくれているさ。
さ、好きな命令を全兵に出してよ」
「っ……承知、しました……」
青い顔の部下を見て、フェインは目を更に細めて楽し気に微笑む。
「全体……進軍、開始……っ!」
◆ ◇ ◆
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
毎日暑い日が続きますので、水分補給や塩分補給を欠かさずに、熱中症には気を付けてくださいね!
次回更新ですが、誠に勝手ながら明日は休載させて頂き、
8月3日(土)に更新を予定させて頂きたいと思います。
何卒よろしくお願い申し上げます。
(1番大切な曜日を誤ってました、すみません…)
暁輝




