【22】本当の優しい【13】
◆ ◆ ◆
「ワタシの名前はメッサーリナ!
メッサーリナ・アルタナシア・スォークと申しマース!
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、お見知りおきを下サーイ」
彼女は口調がトンデモではあるが──その笑顔は、とても優しい。
綿菓子のように優しい笑顔に、俺も兜の下で少し微笑んでしまう程だった。
深蒼明の瞳は優しく、兎のような機耳が上下に揺れる。
──《雷の翼》が《雷の翼》という名前になるのは、実は少し後。
最初は、名前の無い……ただの『魔王討伐隊』だった。
ああ、待てよ。熱狂者に言わせると語弊がありそうだからちゃんと言うか。
俺とサシャラとリンの三人は、城塞都市を守る為の『特殊奇襲部隊』からスタートしている。
城壁都市防衛戦……最悪な戦いだった。今も思い返したくないあの青い炎が見える気がする。
その戦争で俺とサシャラの名は上がった。──後に再合流するリンは一度、別部隊に離れたので後の合流だ。
この頃、俺たちの戦いに呼応するように──というと高飛車か?──各地で魔族に対して反撃を行う者が多く現れた。
そんな強者を集めて『魔王討伐隊』は組織された。
その時に俺も魔王討伐隊に加入したということになる。
ああ、そう。最初っから隊長じゃなかったんだぞ、俺は。
当時の隊長──『魔王討伐隊』初期は、アラウンド・リオという男が隊長だった。
「よろしくね。メッサーリナちゃん。おれはアラウンド。こちらが聖女のウィン・アルテミシアちゃん。それから騎士のアレクスくん。
あー、他の4人は冒険者時代に面識があるんだっけ?」
「ええ。メッサーリナとドゥールとは久しぶりに会いましたが」
「そっかそっか。じゃぁおれたちともこれから仲良くしてね、ライヴェルグくん」
「はい。よろしくお願い致します」
アラウンド隊長。彼と握手をした。
「そちらは王国騎士学院で有名なサシャラさんですね。よろしく」
「有名?」「先生をペン一本で病院送りにしたってね?」「ああ、そんなこともあったかな」
くすっとサシャラは笑う。
「まあ、よろしく頼むよ。年長者さん。ただ一つ」
「うん?」「私にだけちゃん付けじゃないのはどうしてなのかな?」
「サシャラさんはサシャラさんっぽいからかな。まぁお手柔らかによろしくね」
アラウンド隊長を筆頭に、狙撃手ドゥール。
騎士アレクス。聖女ウィン。女騎士サシャラ。重戦士ライヴェルグ。そして。
「メッサーリナちゃんも、よろしくね」
「は、はい! 不束者デスが、何卒およろしくお願い致しますっ!」
──恐ろしく空気が和む挨拶。俺じゃなかったら笑っちゃうね。いやなんでも無い、言いたかっただけだ。
重装機兵メッサーリナ。出会ったばかりの頃は本当のお姫様だとは知らなかった。
この7人が最初の『魔王討伐隊』だ。
◇ ◇ ◇
初期の戦いは、相当に厳しかった。
言ってしまえばこの戦争、誰が見ても魔族側の勝利が確定しているような状況だった。
北部の島々の奪い合いには何度も敗北し、後1つでも島が落とされれば王国の首筋に刃を突き立てたも同然となる状況。西部防衛線は崩壊寸前。南部は獣国がいつ魔族と合流して攻めてくるか不明瞭な状態。
語れない程に陰鬱な空気になる時もあった。
誰も彼もが口を閉ざしてしまうような絶望だってあった。
「無駄な戦いだ」
そう、俺が口を吐いてしまった程だ。
奪い返した土地が、その翌日に魔族に奪われる。
その土地を更に奪い返す為に、また血を流す。
多く死んだ。多く、血を流した。
これ程に戦っても、血塗れになっても、何も得られない。
アラウンド隊長も大怪我をした。サシャラも、ドゥールだって、怪我をした。
この土地だって、奪い返したけど、すぐに……また。
ただ。そんな暗闇の中でも。
「ライヴェルグさん! 今良いですか!?」
「今、治りょおおおっ! 待てメッサーリナッ、引っ張んなッ! 治療中だッ!」
「オーケー! 問題無しデス!」「問題有りだッ! お、おい!」
「来てくだサーイ!」「ちょっ、まっ。せめて兜だけでもッ!」
包帯を巻いている最中に鋼鉄の手に手を引かれ、急いで兜だけを被った。上裸獅子兜という変態状態で野営キャンプから引っ張り出された。
どこに連れていかれるのかと思ったら、丘の上。
「見えマスか?」「何が……三途の川か? マジに腹から血が出てるんだけどな」「綺麗デスよ」「何が。川の流れか? だとしたらもうちょっとしたら見えると」
「あの町の灯り、綺麗デスよ」
夜風が吹いた。メッサーリナの髪が靡いて、──本当に大人びて見えた。
彼女の視線の先には、町があった。たくさんの温かい灯りが灯った町。
煉瓦のような石畳、木造りの家。風車が一つ。
ああ、そうか。元気な王国兵士たちが、町の人々にもてなされて、お祭りみたいになっているのか。
町の人たちの顔も見える。
誰もが笑っていて、誰もが良かったと言い合っていて。
「……温かいな」
「ええ。ライヴェルグさん。貴方が──ノン。ワタシたち皆で守ったから、あの町はこんなに温かいんデスよ」
「……」
「無駄な戦いじゃないデス。
ワタシたちの戦いは、温かい物──綺麗な物を沢山守る戦いをしているデスから!」
「……メッサーリナ」
「必ず、戦って守るデスよ。皆の笑顔、たくさん作るんデス!」
柔らかい微笑みでメッサーリナは俺の獅子の兜の頬を軽く撫でた。
「貴方の兜の下も、いつかは笑顔に満ちて欲しいデス。今は難しくても、いつかは微笑んで欲しいデスよ」
「……ありがとう。メッサーリナ」
「いえいえ! そして! 笑顔いっぱい魔王討伐隊のワタシたちは魔王を倒して、魔王を仲間にしてしまうのデス!」
「?」
「そして! ワタシは魔王から魔法を伝授してもらい、魔法を使えるようになるデース!」
「……おいおい。お前、敵に回ってるじゃねぇか」
「ワッ!? ノーン! ノンノンでーす!! ワタシ、戦いそんなに好きじゃないデスから! 魔王側になっちゃったら、毎日エブリデイ戦闘デース! 無理無理デース!」
「竜の弱点とか詳しいのにな」
「あれは知識デス! 弱点を正確に打てば被害最小デスから」
──地竜と戦ったメッサーリナは、当時の俺が見たことの無い程の無駄のない動きで討伐しきっていた。そして、その手腕で一番俺が驚いたのは。
「弱点の知識さえあれば、地竜も殺さずに倒せる、か」
「……Oh。バレてましたか」
逃げられた。とメッサーリナはアラウンド隊長に報告していた。だけど、俺もアラウンド隊長も──意図して逃がしたのは分かっていた。
「出来れば命を奪いたくない。メッサーリナは優しいな」
「ノーです。ワタシ、優しくないデスよ」
「?」
「本当の優しい。それは、貴方デース」
「え?」
「貴方は一番に進みます。だから一番傷つき、それでも仲間を守るデス。
貴方には有りマス。……誰かの傷、痛みに寄り添う力が。小さな声に耳を傾ける力。
誰にも理解されずとも、立ち続ける。いつも見えるその背中を、ワタシたちは『信頼』しているから。
だから、強く戦えるデス。
貴方は、優しいデス。誰にも傷ついて欲しくないと、心の底から思える貴方を、心から尊敬するデスよ」
──ああ。この夢から覚めた時。
──俺は。
「……今現状、皆を守れなかったけどな」
「これは仕方ないです。数が違い過ぎマス。ただいずれ──貴方の『優しい』が、きっと多くの人を救いマス。貴方はとっても、──強さと優しさを合わせた人だと思うデスから。だから」
一緒に、誰も傷つかない世界、がんばって作りましょう!
◇ ◇ ◇
──ああ。そうだ。
矢のように。
何よりも素早く直線を駆ける。
──そう言った。
ハルルには町へ戻るように伝えてある。
町は、アイツに任せる。
今、この場で俺が絶対に止めるべき相手は、一人だけ。
──そう言ってくれたんだ、お前が。だから。頼む。
「サテ。では、作戦を開始しマース」
──その声で。その姿で。──その貌で。
「すでに伏せた兵士たちも一度に攻撃! 勇者及び王国の人間を皆殺しにす──」
──これ以上、何も語らないでくれ。
「剪定者!」「一刀翔」
廻刈転刃と刀が衝突し、赤白い火花を散らす。
冷たい風だ。雲が濃い。
懐かしい頃と変わらない青空は、遥か遠くに見えた。
「Oh! 隊長さん! 本当にどこにでも現れるデース!!」
「リナリナ。……これは、俺の我儘だ」
「ハイ?」
「──勇者を。いや、人間を斬り殺すようなお前を。もう見たくない」
「オー。そうデスか。では目を塞ぐことをお勧めしマス」
「いいや。目は塞がない」
「Why?」
「ちゃんと、見届ける。俺が背負う物として」




