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【22】心の箱①【10】



 ◆ ◆ ◆


 ──嘘を吐く。大体、みーーーーーーんな、嘘を吐く。



『第四皇子殿下。我々一家は貴方の後ろ盾! 裏切ることはありません!』

 第二皇子の派閥が引き抜き合戦に発展した時、真っ先に裏切った家臣がそう言っていた。


『皇子殿下、ご安心ください! 命を懸けて守ります!』

 第一皇子の暗殺者が襲ってきた時、一目散に逃げた騎士がそう言っていた。


『大丈夫よ、フェイン。母はどこにも行かないわ』

 その言葉の数年後、母は騎士候の男と国外へ逃亡を図った。

 老いた皇帝、つまり父。彼の逆鱗に触れ、残酷に処刑されたのは言うまでも無かった。



 皆。みーーーーーーんな、嘘を吐く。



 保身や利益の為に最初から欺くために吐いた嘘。

 立場上吐くべきだった、建前上の嘘。

 その時は本気で思っていたが、後から気持ちが変わった結果的な嘘。


 理由はそれぞれ。無数にある。守りたい物だとか、愛する物の為だとか。

 そうかそうか。理由や大義があれば、嘘を吐いていいと。そうやって自分に対しても嘘を吐いて、誰も彼もが他人へ嘘を吐く。

 それが僕にはどうにも気持ち悪い。怒りすら覚える程に。いや、吐き気も伴う気持ち悪さか。




『Oh! フェインくん! ワタシも似た感じなので、ちょっと分かりマス!

嫌デスよね。そういう人たち。Ah……ワタシは、デスけど、そういう時に『どーだっていい』という選択肢を使うようにしていマース!』




『どーだっていい?』


『そうデース! 

悪意ある言葉や嘘は『どーでもいい』とシカトしマス! 

興味の無い人の噂なんて『どーだっていい!』と一蹴するのデース! 

真正面から悪い言葉を聞く必要は無いんデス!

どうでもいい。悪い言葉に見えるこの選択肢が心を豊かにする瞬間があると、ワタシは信じてマス♪』



 メッサーリナ。

 帝国と隣接する機人(ヒューマノイド)の国の姫は、少年だった僕にそう笑いかけてくれた。


 ……メッサーリナ。

 長い藍色の髪が、兎のような機耳(みみ)が、ほのかに光る深蒼明(ネイビーライト)の瞳が──。

 機械の両手も美しく、人受けする人懐っこくも凛々しい顔立ちが──。



 メッサーリナ。……メッサーリナ。




 ──多分、僕はこの時。メッサーリナ。貴方に──




 ……『心の箱』に鍵をかけて。

 その時、まともにお礼を言わなかった僕がいた。

 でも、その後も、不思議と彼女は僕を構ってくれた。


 心が救われた。


 どうでもいい。

 その悪い言葉に見える言葉が、僕を何度も何度も心を救ってくれた。

 そして、僕は少し背が伸びた。

 ただ。

 そこから。



 その後。……いや、『その後のその後』。



 僕の心は、弾力を失った。

 自分でも分かる。

 僕の心は……民家の片隅にひっそりと置かれ、日に焼けひび割れたゴムボールのような心になった。



 だから。



 だから。だから。だーかーらーっ!



 戦後。

 王国との交戦を掲げていた第一皇子と同盟推進を謳っていた第二皇子が派手にやり合って、弱体化。

 穏健派の第三皇子が第二皇子側に付き、第一皇子を暗殺。

 しかし第二皇子が主導となった暗殺に対して第三皇子が敵対。いや──『裏切り合った』。結果、第二皇子が死亡。


 そして、最後の仕上げと言わんばかりに、彼らは僕を殺しに掛かる。




 されど。いやはや、兄上たちは最後まで気付いてくださらなかった。愚かしいなぁ、愚かしい。




 第一皇子と第二皇子が派手にやり合った。その切っ掛け、『誰が』作ったと思うんだい?

 穏健派で凡庸な第三皇子。お前だけで第二皇子に付くなんて考え、浮かばなかっただろう? 

 それを進言した部下、本当は『誰の』部下だったと思う?



 そして、この皇子たちの血で血を洗う争いだけどさ。果たして──『誰が』得したと思う?



 全て。ここまで上手く行くなんて、逆に退屈が最大値だったんだぁけどさ。

 あはー! 僕の仕込みだよ! ほんとに、皇子っていうのはねー、おバカさんたちの集まりなんだなあって思いましたあ!



 ◆ ◆ ◆


「んー! なあーにやってんだろねー! 海の国! 

折角(せぇっかく)渡してあげた新型戦艦(エーデレッゲ)が2隻も沈没したよ! まぁったくやれやれだなぁ!」


 白い襯衣(シャツ)灰色(グレー)のパンツスタイル。

 どこにでもいそうな『低位(ヒラ)の役人』のような軽い(ラフな)格好をした若い男。

 その男は珍しく、似合わない丸くて大きな眼鏡をかけていた。

 眼鏡の中に映る『その景色を見て』、男は狐目をぐいっと歪ませ、まるで阿呆のような無垢な笑顔を浮かべた。


 若い男の名前はフェイン。

 王国と敵対する関係にある『帝国』。その国の皇帝──フェイン・エイゼンシュタリオンだ。


「それもフェイン陛下の錬金術なのですか?」

 彼の隣、黒い襯衣(シャツ)の男が訊ねた。

 その言葉にフェインは自分の右手の中指に着けている指輪を一撫でしてから笑んで見せた。


「ん? そーだよー! これは創り獣(つかいま)から送られてきた目を見る便利錬金術サ! 

名付けるなら『他者の物見(ライク・ア・ブック)』かな! 本を見るように相手の行動が見れるからね!

これがあるから海の国も砂の国も獣国も、裏切ったらすぐわかるって説明してるんだけどね~!」

 皇帝フェインは、まるで商人が路上販売でもしているかのような小気味のいいトークを繰り広げた後──ふぅとため息を吐いた。

 そしてその言葉の後に続くように、聞こえない程に小さなつぶやきを皇帝が落とした。

「フェイン陛下? 失礼ながら最後が聞こえず……」


「ふぅー。いいや何。今やって見せた創り獣(つかいま)の説明をね。

僕が懇切丁寧に、0から100まで丁寧(てえねえーー)にっ、説明したのにさ!

……まだ動いていない国があるんだよな」



 低く、皇帝フェインが声を出した直後に扉が押し開かれた。



「マイ・マスター、フェイン様! 戻りまシタ! リナリナです!」

「おお! お帰りっ! リナリナー! ごめんね~! 勇者との戦闘中だったんだろ!?」

「はい! でも無事に『ケツまくって』逃げ切れましたデス!」

 メッサーリナリナの陽気な言葉の直後に──皇帝フェインは細い目を見開いた。




「……はぁ? 『逃げ切れました』ああ?? リナリナ? どういうことだ?」




「はい? 言葉通りデスが?」

「ああ、分かった! 言葉遣いが変なだけだね!

リナリナ、覚えてね! 逃げ切れたっていうのは、キミが劣勢だった時に使う言葉さ! 

窮地! 背に矢を受けながらも命辛々逃げ切ったッ! そんな使い方の──……リナリナ」


 神妙な面持ちに変わったメッサーリナリナの顔を見て、フェインが言葉を止め、彼女の名を呼ぶ。

 リナリナは申し訳なさそうに頷いた。


「……申し訳ございまセン。今回は使い方間違ってないようデース。

……命辛々とまでは言いませんが、逃げ切るには苦がありまシタ」


「リナリナが押される相手が居たと?」

「Yesデース。相手は、ライヴェルグ隊長でありまーシタ。ご壮健そうで何よりで」



「ラッ……ラッ! ライヴェルグ!! ライヴェルグだとォ!?」



 フェインが立ち上がり、口をわなわなと動かした。

「ま、マスター・フェイン様?」

「なんですぐ報告しなかった!?」

「ワッ!? ソーリー! 報告すべき相手でしたか!」

「そうだよっ! っ。何で東まで来てるっ。魔王自治領にいるんだろーが彼は! 

何しに来たっ、観光か!? 観光なのかっ! あっ!?」

 椅子を蹴飛ばしたフェインは、息荒くメッサーリナリナを見た。


「……? マスター?」


「リナリナ。ライヴェルグはどこで会ったんだ?」

「Oh……出会った場所は街道でシタ」

「なるほど。経路予測は出来るかい?」


「Yes! 経路予測では──通常移動のみで行った場合、『宿場の町』の確率が非常に高いデス! 次点で共和国領寸前の国境管理の村、雪禍嶺の麓の村と続きマス!」

「分かった。今動ける兵士に武装をさせろ。それから鉄竜も準備だ」


 その言葉に、フェインの部下が慌てて声を荒げた。

「! フェイン陛下! お待ちください! 話の流れから……まさか町へ攻撃に向かうのですか!?」


「そーだけどぉ?」

「そ、そこはただの町です! 殆ど民間人しかいない筈で」

「それが?」

「そ……そんなことをしては、ただの虐殺に」


「関係ない。それよりもライヴェルグを討つのが最優先だ」

「Oh? そうなのデスか?」




「ああ。そうさ。そうだとも! あれが。……ライヴェルグ。あいつが!!

──メッサーリナを、死地に向かわせた張本人だからなッ!」





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