【22】勇者か獣か【09】
◆ ◆ ◆
勇者も獣も、大差は無い。
只管に力が強く──山を砕いて天を裂く。
破壊の力は群を抜き、常人たちには辿り着けない極致に立つ者。
戦場で出会った相手に恐怖と死を与える者。
挑む者も向けられた刃も全てを打ち砕く者。
勇者も獣も。
悪辣な程に強靭であり、戦場という異常に適応した狂人である。
勇者も獣も、大差はない。
ただ、小さな差がある。──あると信じている。
俺が思うに、その小さな差は、他人の『何か』を守る為に力を奮えるかどうかだ。
誰かの何かを守る為に戦えるなら、それは勇者だ。
誰かの何かを奪う為に戦うのなら、それは獣だ。
俺は──俺が戦う時。そこだけは踏み外したくないと思っている。
だから。
だから、ハルルには『向こう側』を任せた。
あの馬車側が、『勇者の世界』だ。
命を守る為の戦い。誰かを笑顔にする為に奮う力。
ハルルが真に力を発揮できるだろう。あいつは、正真正銘、その世界の──あっち側に居るべき人間だから。
もちろん、俺もあっちだ。
だが、俺は少しだけハルルより──暗がりと血に霞む道を知っている。
まどろっこしい言い方が過ぎたな。ハルルにポエムポエム言われそうだから、一言に纏めるとだな。
「鬼畜生共の穢ぇ返り血を、あの『勇者』に浴びせたくなかった。ってだけだ」
境目だ。
夕焼けが照らす黄金色の地面と、青黒い影の世界との綺麗な境目。
踏み越えて、洞窟を基地化させた簡素な野営地を見やる。
入口に居る兵士が二名。俺を見てから、棘の突いた棍棒を構える。
「おうおう、兄ちゃん。そんな物騒なモン腰から下げてどうしたんだ? あ?」
「回れ右して帰んな。さもないと」
「俺は、アイツみたいに心音が聞き分けられる耳を持っていない」
「アァ?」「何言ってんだコイツ?」
「特別に鼻が良い訳でも無ければ、相手の心理を読む術技がある訳でもない」
「桜に鶯か? 木が違うぜ、博札の絵柄のよ」
「だが、お前たちからは固凝り付いた血の臭いがする。小汚い悪党の臭ぇ息がする。お前ら──何人殺した」
「はっ! なんだァおい! テメェ、あれか! 行商隊の生き残りかぁ? はっ! 仲間と死にたいならそう言えよ! すぐに仲間と同じゴミ山に棄ててやるからよォ!」
──行商隊に扮した帝国兵士。
少なくとも王国では行商隊は許可制だし法整備もされている。許可証が無ければ国も跨げないし、一部の都には入れない。
そして、ハルルの村に行く途中、馬車が襲われていたのも見ていた。だから、すぐに気付けた。
この兵士たちは──罪のない行商隊を襲い殺している、と。
「容赦」
「ァ!?」
「容赦すると思うなよ」
──穢い赤で岩肌に一文字を描く。
◇ ◇ ◇
その男──ジンが刀を抜いた瞬間を見ることを、兵士たちは出来なかった。
寧ろ、カマイタチでも発生したんじゃないかという方が自然と思える程の一瞬で、兵士二人の背がぱっくりと切り裂かれた。鎧と棍棒ごと鮮やかに切断され、転がっていた。
意識は無く夥しい血が流れているが──死んでないのだろう。浅く息がある。
その兵士たちの間を、血溜まりを僅かに踏んで、ジンは更に進む。
暗がりに進むジンは顔を少し顰めた。喉の奥を辛く焼く血膿のまだ残る薫りが不快だった。
そして。奥の焚火に照らされるのは、4人の男。
無警戒に歩いて来たジンに、その4人はすぐに立ち上がり武器を取った。
「くそ! 見張りは何やってんだ!」「おい、てめぇ武器を捨てろ!」
「ぶっ殺すぞコラ!」「何者だ! 勇者かッ!?」
「そうだな。……勇者だよ。逆にお前たちは──」
「はっ! 答える義理なんか無ぇよ!」「死ねオラァ!」
ジンは、4人が座っていた奥を見る。
臭い。いや、目で見て分かる。もう動かなくなった細い手。死体になり果てた長い髪。
奥に横たわった人間に、もう息は無い。
感情を制し、人を救い、命を育む為に、どんな強敵にも臆さない。
傷ついても立ち上がり、他人の為に自らが盾になれる者。
誰かの何かを守る為に戦えるなら、それは勇者だ。
「質問しようとした訳じゃない。俺は言おうとしただけだ。
お前たちは──」
飛び掛かってくる男たち。
その手にある斧を振り上げる。蛮族ではなく帝国の上質な銀の斧を流し見し──ジンは握った柄に力を入れていた。
力を行使する時。
命を、尊厳を。その人が生きた全てを、ただの力で──暴力で奪い、土足で踏み躙るならば。
誰かの何かを奪う為に戦うのなら。お前たちは。
「──ただの獣だ。この鬼畜生共」
いつ刀を抜いたか。赤黒い刀身が、風景を捻じ曲げる程の高温を放っていた。
「ケモノだぁ!? はっ、何を意味不明な──」
その言葉の途中で、既にジンは男の目の前に居た。
抜いた刀が目に見える速度でその首の皮を擦り斬った。
そして、一呼吸遅れて、男の喉から血がじわりと溢れ──噴出した。
「ひゅぐっ!?」「なっ! なにぽ」
そして流れるように隣の男の唇と鼻、そして耳が削ぎ落された。
「──ここが『勇者の世界』から見えない場所で良かったよ」
刀身に付いた血が蒸発し、ジンは冷たく男たちを見た。
「ひっ」「っ、クソ野郎ぉおお!!」
大振りのプレートソード。構えも悪ければ速度も遅い。力任せなその一撃を冷めた目で見つめてジンは一息吐いた。
「こんなに穢い獣の処理を、俺の弟子に。いや──勇者にさせたくないからな」
プレートソードが3枚に下ろされ──男の腕も、手の甲から肘まで、骨の上の皮肉が剥ぎ切られた。
「い、ぎいぃいいいい!?」
「俺は、お前たちを殺さない。獣と勇者の境界線で、ギリギリ踏み止まる為に、殺さない。だがな」
ジンはギリッと奥歯を噛む。
「──死なないギリギリで痛めつける方法なんて、いくらでも知ってんだよ」
「ひ、ひぃい! ど、どうか許してくださいッ!」
「……あ?」
残った男が震えながら頭を深々と下げた。
「せ、戦争だから仕方なかったんですッ! だ、だからッ、俺は本当はこんな非道なことしたくなくて! だからっ」
「……そうか」
「は、はいっ。どうか、お見逃しくださいッ。俺は、心を入れ替えて」
「心を入れ替えて、その仕込みナイフで俺を殺すって?」
「っ……! な、何故、ナイフが」
「返り血だよ。……お前の服、薄暗くて気付いてないみたいだけどな」
「え」
「ぐちゃぐちゃに黒いぞ。変色した、血の色だ。……お前が何度もあの子を刺さなきゃ、そんな色にゃならない」
「……っ! す、すみませんでしたッ!! こ、心を入れ替えますから! だから!
だから、慈悲をッ! 慈悲を下さい! お、お願いします勇者さまッ!」
「……そうやって」
「え、えぅ──い、ぎゃああああああああ!?」
ジンは静かに丁寧な所作だった。
それが突きだと気付けない程に。
刀身が座り込んだ男の腕を貫通していた。
「い、痛い痛いッ! 痛いッ! な、なんて非道いことをするんだあッ!!
俺は無抵抗だったのにっ! なんでぇええ!」
「あの子も無抵抗だったんじゃないか? え?
それでさっきのお前みたいに助けてくれって言ったんじゃないか?」
「い、言ったッ! 痛ぁ!!! 言ったっ! けどけどっ! 俺だって仕方なくッ」
「もう口を開くな。お前の言葉に重さが無い。
ただのその場しのぎの嘘だってのは見え透いてんだ。だから」
「あ、ああああぁあ、ああ!!」
「黙って気絶しとけ。クソ野郎」
顔面を蹴飛ばし、ジンは静かになった男を細い目で見てから奥へ進む。
長い黒髪。細い手。吐いた血の跡、無数に刺された足の傷。
白濁した目から、枯れた涙の痕が見て取れた。死後、流れた涙の痕だろう。
ジンは静かに膝を付き、唇を噛んだ。
間に合わなくてごめん。そう呟いてから手を握る。
せめて安らかに眠れるように。その子の瞼を、そっと閉ざした。
◆ ◇ ◆
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そして、申し訳ございません。
次回ですが、諸事情により22(月)の更新をお休みさせていただき、23日(火)の更新にさせて頂くかもしれません。
可能な限り、月曜日の投稿も頑張らせていただきたいと思いますが、何卒ご容赦いただけると幸いです……。
誠に申し訳ございません。よろしくお願い致します。
2024/07/20 暁輝
申し訳ございません……。
23日の投稿も難しくなってしまいましたので追記させて頂きました……。
遅くとも25日(木)には投稿させていただきます。
早く書きたいのですが、上手く出来ず、歯痒い思いばかりです。
どうにか体調とリズムを整えたいと思います。
何卒、よろしくお願い致します……誠に申し訳ございません。
2024/07/23 暁輝(7/23 1:50追記)




