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【22】無力な市民の選択【07】


 ◆ ◆ ◆



 帝国の 悪い兵士の 変装か。

 王国行商隊(キャラヴァン) 偽物でした。

           アキギ・ココ 辞世の句。



 いやいや死んじゃ駄目、私。がんばれ、一般市民(わたし)

 とりあえず、状況は分かってくれたと思う。


 国営のさ、乗合馬車っていうのが来なくてね。

 家に帰る為に早いからっていう理由で乗り込んだ行商隊(キャラヴァン)が、なんと帝国の兵士の変装だったのです。

 帝国は王国の隣の国……とはいえ戦争状態じゃない筈なんだけどなぁ。ただまぁ稀に兵士崩れの人とかも国境超えに現れる。

 共和国の鉄道じゃない方のルートは割と治安が悪いとは分かってたんだけどなぁ……はぁ、ぬかった。


 帝国の兵士……らしいから山賊よりかはマシだけどね。人質なのか何なのか。

 一緒に乗った他の子たちと私は拘束された。目隠し、手には縄。足枷が無いだけ幾分かマシ。そんな状態で、私たちは荷馬車の中にいた。


 でも何で帝国の兵士が王国に向かってるんだろう?

 もしかして戦争? 確かに最近の王国は不安定だ。こういう隙を狙って仕掛けてくるものなのかな? 

 うーん。よく分からない。外交とかあるから最初に宣戦布告とかありそうなものだけどなぁ。

 なんて、私が考えても仕方ないか。


 不意にすすり泣く声が聞こえてきた。どうやら他の子たちが泣いちゃってるようだ。

 そう言えば一緒に乗ってた子たちは私より年下が多かった。姉妹とか居たと思う。


 そうね。何が起こるか分からないし、悪い想像ばっかり出てくる。

 ただ、こういう時はあまり泣いたり喚いたりしない方がいい。勿論、強気に振舞ったりも周りを鼓舞したりなんてのも以ての外だ。


 ……ただ、ハルルが居たら、こういう状況の時に周りを励ましたりするのかなって思う。


 ああ、ハルルっていうのは私の妹。四姉妹の一番下でとにかく元気な女の子だったんだ。

 だった、っていうのはね。ハルルは去年……、山で行方不明になったんだ。

 魔物が出てたし、血痕とかもあった。だから……一番悪い話が妥当。

 うちの姉妹は、姉妹って思えないくらい似てない。趣味も好きな人のタイプも全然違う。

 うん、だからかもしれないけど、皆、一番下のハルルのことが好きだった。


 ハルルは人見知りしない子で、素直な子で……夢があったからかな。妙な一本気があってね。

 それに、ハルルは《勇者》ヲタクで、私は『舞台俳優』ヲタク。

 人を推すっていう共通点はあったからよく語ったりしたんだよね。ま、《雷の翼》の推しのタイプは全然合わなかったけど。断然、アレクスとドゥールが推せる。理由? 顔だよ顔! 憂い顔が似合うイケメンがちょっと斜に構えて翳る感じがいいんだよっ! ってのは全然伝わらなくて、あ、脱線したね。



 ……ハルル。あの子がいなくなった後、私は寂しくて少し塞ぎ込んだ。



 けど、母も父も強かった。

 確かに。不思議な、理由の無い話なんだけど。家族の皆はハルルは生きててどこかで元気にしてそう、と話がまとまっていた。

 私も生きていそうだなぁ、とは思う。けど、他所から見たらそういう願いで妄想しているだけなのかもしれないとも思う。


 また少し脱線したね。まぁ、そんなハルルが今、私の立場だったらさ、きっと脱出する為に派手に動いてただろうなって思うのよね。

 戦って暴れて人質を助けようとするんだろうなぁ、ってね。


 ただ。ごめん。

 私は……そういう勇者気質じゃないんだよね。


 ……自分だけ助かればいいって思ってしまう、ただの一般市民なんだ。


 私は帝国の兵士が乱入してきた時、運よく一番奥に居た。陰住者(キャ)なもんで端っこが好きでね。

 だから、私は全て察して、ポケットから手拭布(ハンカチ)を取り出して手首に巻いた。

 その上から長袖を伸ばして隠した。ちょうどね、ぶかぶか系(オーバーサイズ)の服だったからさ。


 兵士は案の定、他の子を縛る時に腕に縄を掛けた。

 私も、手首を服の上から縛られた。

 だから、身を捩れば手拭布(ハンカチ)が解けて、結ばれた縄に少し隙間が空く。

 もちろんすぐに解ける訳じゃないし、解けないかもしれないが──これも運が良かった。


 後は、静かにしていれば、逃げる機会が巡ってくるかもしれない。

 捕まえた人の数なんて数えていないようだし、馬車の中は民間人だけ。

 8・9人だった記憶があるから、1人消えてもバレ難いだろう。バレた所で今の時間はお腹の隙具合からして夕方か夜。物陰は幾らでもあるはずだ。原っぱのど真ん中に野営なんて考えられない。

 雑木林の1つでもあれば、田舎娘のカクレンボ術をお見せできるし──一応、逃げ隠れに使える術技(スキル)もある。

 目隠しは──壁に顔を少し擦れば、容易にずらせた。



 外が見えた。明るく見えたけど、実際はもう暗い。

 夜が半分覆い始めた夕方の終わり頃だ。



 ……他の子たちには可哀想だ。けど、勇者への連絡はする。

 ごめんね。私は機会さえあれば逃げさせて貰う。


 準備は……万端だ。

 縄も解ききった訳じゃなく手首に引っかかっているが、手はいつでも抜ける。

 足に巻かれてないし、幸運かな。


 ──女の子の、大丈夫だから、大丈夫だから、っていう声がした。

 ああ、そうだ。姉妹の姉がそう言って妹に言い聞かせてるんだろう。

 ……うん。大丈夫だよ。きっと。私が、すぐに勇者に連絡するから。だから。




 そうこうしているうちに馬車が止まった。




 目隠しを壁に擦り付けて戻すけど、ギリギリ見える程度の位置で止める。

 扉が開いた、兵士が2人、いや3人か。入って来た。

 3人。絶妙な数字だ。私らの力じゃ絶対に正面突破は出来ない。やっぱり外に出た隙しか──。


 その時、何か女の子が言ったのだろう。

 女の子の言葉は聞こえなかったが、突然、兵士が何か怒鳴ったのだ。


 そして、手前の子の手を掴んだ。

 泣き叫んだ声だった。金切声のような、何語かも分からない程の大声で。


 ごめん。そう思いながら目を閉じる。

 まだ叫んでいた。──だからその後は予想通りに、肉が打ち付けられるような、痛い音がした。頬をひっぱたかれたんだろう。


 静かにした方がいい──って、分かっていても。その子は更に大声を出した。マズい。

 高い声っていうのは、響くんだ。特にああいう兵士の兜の中では。それは不快で、意識を逆撫でてしまう。そしたら、兵士が剣を──。



 シャン、と鉄が擦れた安い音がした。

 既製品。安物の鉄の剣が抜かれた音だ。



 駄目だ。今は大人しく従っていればいいだけなのに。命までは奪われないのに、そんな叫んで──!

 その隣に居た女の子も叫び始めた。ああ、姉なのか。姉妹の、姉の。


 っ、あの子が……あの子が殺される。


 でも、いや、駄目だ。今、跳び出したら私も殺される。

 姉妹喧嘩もろくすっぽしたこと無いのに、男3人に相手なんて無理。


 私は、力のない無力な一般市民。

 だから、選ぶのは……自分を守れる賢い……賢い選択しか、しない。


 目を逸らして、見て見ぬふりをする。それしか。


 そして──その子は叫んだ。





 お姉ちゃんって叫んだ。

 ──それは、まるで──。








「らああああああっ!!」








 ──(ハルル)が。私を呼んでるように聞こえちゃったから。


 ゴムが弾けたみたいに、私は跳び出した。

 遮二無二、頭からタックルした。でも鎧は、滅茶苦茶に硬かった。




 ただ、意表を突いた一撃で、兵士は外に転がった。ラッキーだったね。

 まぁ、でも。


「なんだ小娘」「縄から抜けやがったのか」


 死、確定ですけど。


 あはは。

 馬鹿だなぁ、私。見捨てて置けば結果的に残りの子らも助けられるのに。

 なんて感情的な馬鹿なんだろう。

 愚かな選択はしなかったつもりだったけど。



 次の瞬間、まっすぐに向かってきた男の鉄甲の手が、私の首を締め上げた。



 そのまま壁に叩きつけられて、ただ息が出来なくて。窒息っていう2文字だけが頭に浮かび続けてた。

 聞こえない。首を絞める力が強すぎて、男の怒号すらも聞こえない。


 耳が、キーンってなってる。泡、口出てるわ。

 ああ……駄目っぽい。死ぬ。だって、幻聴が聞こえる。

 キーンって音に混ざって──懐かしい声がするんだ。もうこれは、死ぬって。




 雷鳴みたいな音と──懐かしい、妹の声が。





「アキ姉ちゃんッ!」





 雷鳴だ。本当の、雷鳴。

 それと同時に、息が出来るようになった。なんだろう。突然、地面に私はいた。

 這いつくばって、空気を必死に体が吸い込む。

 目に涙が一杯浮かんでて、歪みに歪んだ視界の中で。



 銀白の髪の──小柄な……。横顔しか見えないけど、ああ。やっぱり。





「もう大丈夫ッスよ! 私が全部、ぶっ飛ばすッス!」





 我が家(うち)の……妹がそこに立っていた。



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