【22】勇者なんて大嫌いだ【04】
◆ ◆ ◆
掌・腕、1点。
肩、2点。鳩尾、6点。
脹脛、2点。太腿、1点。
足、1点。各指4本に付き1点。
心臓、10点。
二人合わせて19点以上を刺せば、生還。
3分で攻守交代制。
「まあ、攻守って言っても、刺される側はこうやって、椅子にがっちり固定されてるから逃げられないんだけどね! 分かったかなぁ、勇者118番!」
三人の男が居た。軽薄そうな白襯衣灰色パンツの役人然とした男が派手に手を広げながら説明をしていた。
その男の説明を、勇者118番と名前を付けられた彼は聞くしかなかった。勇者の証明書の下三桁から取っているのかと118番は暢気な感想を思ったが、すぐに事態はもっと危険な状態であると気付かされた。
彼らは両足を座っている椅子の足に縛られ、両腕は後ろ手に組まれて括られている。口は自由だが喋る気力が沸き上がって来ないのは、意識が今しがた戻ったばかりだからだろう。
「あー、勇者354番の方はさっきのゲームの生き残りだからルールはもう分かってるんだよね!
でーもー! そっちのキミは初挑戦だぁ! まぁ先輩にやり方を学ぶといいよ!」
役人然の男が顎で促した先には、もう一人、拘束された男が居た。
354番と言われた彼も同じようにこの『第六防衛拠点』を守っていた勇者の一人だろう。
ただ、観察している彼とは様子が違った。
口と目には布が巻かれ──よく観察すればその布にも服にも、血飛沫がこびりついていた。ただその飛び散り方は、自分のモノではなく、返り血ではないかとその勇者は推察した。
「どうなってるんだ、これ」
118番の彼がようやく絞り出して呟くと拘束された男の方が激しく体を動かし始めた。鎖がぶつかり合う高い音が響き、役人然とした男が笑い始める。
「じゃあ先攻は──そうだなぁ。新入りクンに教えてあげてくれよ。先輩勇者クン」
歌うように役人然とした男が言い、壁にかかっていた錆びたロングソードを男の前に放り投げた。
それを合図に、彼の隣にぬるりと影が現れる。
それはぷつぷつと気泡を出しながら進む腐敗したような黒色の液体だ。
「すら、いむっ」
「軟泥種ではあるがもっと別の存在だよ! これは帝国錬金術で作られた泥汁液物さ! 王国でもそれなりに知られている筈だけどねえ、不勉強かな?!
まぁ、今回はこれと戦う訳じゃあないからまぁいいか~。よし、鎖を解け」
黒色の液体は人の形に変わる。
そしてその関節が曖昧な泥汁液物は血まみれの男の鎖を解いた。
354番の男は目の前に転がったロングソードを拾い上げた。
血走った目を見た時、ようやく、椅子に拘束されている彼は気付いた。
何が起こるのか。そして、どういう事態なのかを。
「ま、まて。まさか、俺を」
「では! ではでは行ってみようか! 勇者の意地と誇り! 誰とでも連携できるが故の熱き友情の3分間! さぁ開始してくれよ!
あ、忘れてないと思うけど、死んじゃったら加点は無いからね! 心臓は最後に突かないと点数にならないよ!」
そこからは、彼の叫び声だけが響いた。
錆びたロングソードは、肉と骨を貫通させる時に鈍った振動を与え、引き抜く時には激痛を与えた。
最初に肩が貫かれ、腕に何度も刃が刺さる。
鳩尾に深々と刺さった時、刃が折れた。
返り血の男が次のロングソードをと大声を上げ、泥汁液物がのろまな速度で剣を渡した。
だから運があったのかもしれない。
最後、心臓を貫く一撃の瞬間、足に踏ん張りを入れた彼が椅子ごと倒れた。
その時だった。
「おっ、3分経った。泥汁液物、剣を取り上げろ」
「なっ、まて! まだ、後一撃だけ! 後一撃で19点をっ!」
「取り上げろ、泥汁液物」
「待って、待ってくれっ!!」
「いやぁ、いいタイミングだったね! うんうん、最高のタイミングだ!
さ、泥汁液物。拘束し直せ」
「う、やめ、おぉぉおおお!」
118番の彼が激痛に藻掻いている最中、返り血の男は椅子に拘束された。
暴れているが、あの泥汁液物の力はとても強い。
そして、からんからんと音がした。
血塗れになった彼の前に、ロングソードが転がっていた。
「さ、キミの番だよ! 良かったね! キミ、痛みにあれだけ耐えたから、後はたった10点!
丁度、あの男の心臓を一突きにすればキミは生還出来るよ!」
いつの間にか拘束は解かれていた。
ロングソードを拾い上げ、彼は腹を押さえながら返り血の男を見る。
(俺を散々、刺した男だ。同じ、王国の勇者で仲間なのに。
こいつは、自分だけ助かる為に、俺を。腹にも容赦なく。一瞬のためらいも無く、俺を)
返り血の男の口は布で覆われていた。だが目元は見えた。
怯えている。涙を蓄えて怯えている。首を振って止めてくれと懇願しているようだ。
だが。
(それが、なんだ。俺も同じことをしたのに、お前は。俺に何度も剣を刺して。都合がいい。都合が良過ぎるだろ、お前は!)
にじり寄る。一歩、一歩。
(許さない)
剣を構えた。握る。
強く握り込む。血が、滴る程に。
(許さないぞ、お前)
そして。
「こんなゲームを仕掛けたお前を、許さないぞッ!」
118番は振り返り、白襯衣の狐目の男へ飛び掛かった。
椅子に座ったその狐目の男は──溝川の底を泳ぐ鼠を見るような、鋭く蔑んだ目で118番を見ていた。
「萎える」
先ほどの能天気な声から想像できない程に、冷たく血の無い声でその言葉は吐き出された。
狐目の男は振り下ろされるロングソードを目で追うこともしない。
怒りに満ちた目で歯を噛み、指を組む。
彼を守るように、泥汁液物は分厚い腕を盾のように差し出す。そしてロングソードはその腕に触れると蒸発して消滅した。
「普通に萎えた。354番を殺せばお前は助けてやったのに。それを由としないのが王国の勇者の矜持とでも言うんだろ? だから嫌いだ。だから嫌なんだよ。そういうことをするから、勇者っていう生き物は!!」
狐目が更に吊り上がる。その激昂に合わせて泥汁液物が118番の首を締め上げる。
「勇者らしいと思ってるんだろ、その自己犠牲が! 悍ましい! 気色の悪い生き物だ、お前は!
自己犠牲自己犠牲、自己犠牲! 他人を踏みつけて生きるのが人間だ!
ぼくが折角、生き物として強制してやっているのに!!」
118番は溶けたロングソードの柄を投げつけた。
届かないが、よく磨かれた靴に柄が辺り──狐目の男は歯ぎしりして睨み付けた。
「萎えた。もう、お前たちは見たくも無い。泥汁液物、全部殺してから戻ってこい」
壊れた玩具でも見るように部屋の男たちを冷めた目で見てから立ち上がる。
悲鳴だけが木霊する部屋を、何の感情も無く狐目の男は出て行った。
「本当に、勇者なんて大嫌いだ」
「フェイン様! 戻りました! ──進軍ですか?」
「ん。ああ、リナリナ。そうだね。……勇者なんて引き潰してやろう」
◆ ◇ ◆
いつも応援してくださり本当にありがとうございます!
いいねやブックマーク、評価にいつも励まされています!
本当にこれからも頑張らせていただきたいと思います!
また、しかしながら、謝らせていただきたいと思います。申し訳ございません……。
コロナの後遺症らしいのですが、体力が非常に乏しくなってしまい、
少し動いただけで息切れと動悸が激しく今後の執筆に影響が出る可能性が高くなってしまいました。
座って原稿を書くのも、1時間程度で体が音を上げてしまい……もしかすると休載が多発するかもしれません。
急な休載の場合、おしらせを書き続けるとおしらせだけで埋まってしまいそうなので、
前の話のあとがきに追加させていただく場合も検討させて頂こうと思います。
最後まで書き上げる、そしてコンスタンスに投稿するのが読んでくださる皆様への誠意と思っております。
その為、極力、休載はせず今のリズムで可能な限り投稿をさせて頂こうと思いますが、
何分、未知過ぎる体調になってしまった為、ここに書かせていただきました。
あまり弱音のような文章は見ていて心地よくないと思い、最後まで載せるか悩んだのですが……作者の現状としてこれを伝えることも必要かと思い、記載させていただきました。
今後とも、頑張らせていただきます。
もしよろしければ、何卒、よろしくお願い致します。
2024/7/11 暁輝




