【22】嘘は良くありまセン【03】
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敵意も殺意も、感情の欠片の一つも出さないこと──それが隠密行動の最も重要かつ、最も難しいことである。
──ただ、その《兎》は、その『難しいこと』が容易に行えた。
《兎》は体が半分以上も機械である。
その為、自身の意思で幾つかの機能を停止させることが出来る。
音を殺しながら意識を集中する。──集中の先に居るのは一人の冴えない男。だが、彼は。
(記憶照会。10年前の顔記録と80%以上一致を認めます。彼は『勇者 ライヴェルグ』デス)
魔王討伐を果たした伝説の勇者。
仲間以外に素顔を隠し続けた謎の勇者ライヴェルグ──その中身が彼だ。
(なんとも、お元気そうでよかったデス。しかし命令は、勇者の殲滅。
──Oh……。命令を遂行するのであれば──《あれ》を殺す……デスか)
《兎》は口を尖らせたくなっていた。
(無理デーーース! あれは膂力のみで降弾隕石をぶっ壊した男デス!
正面戦闘での勝率は0%を下回りマス! 敗北の確率が0%で、その上で帝国まで崩壊の危機という意味で0を下回るデス!
この10年間で実力が60%以上ダウンしていない場合、まともな戦闘になることはないデショウ……。
……いえ、仕方ありまセン。現場にいるなら記憶上の『最大破壊力』が相手でも……任務は実行あるのみデス)
──草むらから《兎》、メッサーリナリナは、ライヴェルグを観察していた。
かの《獅子》に気取られない為に、『生命活動』と『観察機能』以外の機能を停止。
音が出ないように排気音も一時的に停止させた。
(ライヴェルグを殲滅する為に、戦闘記録の収集を開始……)
まるで記憶でも失ったかのような挙動を見せた彼だったが、そこは達人。
すぐさま刀を抜き戦闘となれば鋭い閃光のような戦いを見せた。
あっという間に一人の兵士が刀の峰で殴られる。そして、別の兵士に続けざまに顎砕きの攻撃。
そして目にも止まらぬ早業で兵士が持っていた剣をチーズみたいにスライスし、腱を斬ってその場の兵士を制圧し終わる。
(実践の戦闘精度比較。……記憶照会比較、元データのライヴェルグの『7%程度の実力』。
結果:本人と合致せず。うーむ。まぁ今、彼は相当に手加減して戦っていましたからね。
データにそぐわず……。あの程度の兵士では、まともな戦闘データが取れません。仕方ありまセンね)
彼女は全身の機能を音も立てずに再起動し、ターゲットを見据えた。
(──やるなら一瞬デス。彼は異常な強さを持っていマス。ので。
刀を鞘に戻して背を向けて、民間人と従者? と会話をしているこの僅かな隙──)
──そして、彼女は《兎》のような速度で草むらから跳び出した。
(死角。背後。心理的死角。刀も腰。絶対に気付けない速度! 理論上、回避不能の不意打ちデス!)
巨大なピザカッターのようなチェーンソーが銀にきらめく。
ライヴェルグが意識を逸らした瞬間に跳び出した。そのタイミングは完璧。
その奇襲の瞬間まで敵意も殺意も見せなかった。隠密行動も完璧。
背後を取った。それは理論上、回避不能の不意打ち。
鋭光、迸る。
廻刈転刃を金鍔黒刀が受け止め、白い火花が噴水のように溢れ飛び散る。
「なッ! 『剪定者』、だと!? お前まさかッ!」
「ッ! まさか掠りもしないとは!? 後ろに目でも付いてるデス!?」
迸り続ける火花の中で二人は視線を交錯させ、互いの武器が同時に弾かれる。
金鍔黒刀を構えたジンは──目を丸くする。
そこに立っているのは、両腕と両足、そして体内の多く機械という特殊な種族機人の少女。
「メ、ッサーリナ」
「ノン。『メッサーリナ2』デース!」
「りな、りな?」
「詳細の説明は致しませんデス。貴方には手加減など出来ぬ故デス」
メッサーリナリナは廻刈転刃『剪定者』を地面に這わせる。岩と土を裂いて火花が散る。
「逆回転刃走」
廻刈転刃が高速逆回転し──土煙と火花の痕跡だけ残して消えた。
いや消えたように見える超高速移動術。ジンはそれを見たことがある。見たことがある故、対処は出来た。だが。
「なん、で、お前ッ」
「戦闘中に質問と錯乱とは、随分と余裕デス??」
振り回される廻刈転刃をジンは刀で受け止め、流して弾く。だがそれだけだ。
錯乱していた。何故なら。
メッサーリナリナ。その顔は共に《雷の翼》で冒険した仲間、メッサーリナの顔。
つまり──死んだはずの仲間なのだから。
メッサーリナリナは体を低く下げた。それはまさに兎のような、しゃがんだ独特の構え。
ジンは知っているこの後、廻刈転刃の突きが来る。
あの回転する円盤刃による突きは、防御殺しだ。
回転するからこそ、刀剣での防御は実質不可能。防いだ所で力が流され突きは向かってくる。
回避か、それか、その武器ごと斬り裂くか。
「待て、メッサーリナ──っ!」
「突響転刃」
刀一本でその回転する円盤刃の突きを止めることは不可能。
故に。
抜刀。
「止まれッ!」
二刀を振り下ろす。
耳が遠くなる程の鉄同士がぶつかり合った音の直後──廻刈転刃が黒い煙を吐き出した。
円盤刃には細かい刃と刃が付いている。
その刃と刃の間に、ジンは的確に刃を押し込んだ。さながらストッパーを噛まされたように、円盤刃は回転が出来なくなった。
「Wow! 貴方、ほんとに人間デスか!? 腕力と胆力と視力が化物デスよ!!」
「うるせえわ! メッサーリナ、リナだったか? お前、何者だ? メッサーリナとはどんな関係だ?
それに何でこんな所にいる? その返り血は何だ?」
「多いデース!! 質問が多すぎるデス!! それに何も貴方に答えること、話すことなどありまセン!
私は命令通りに──おぅふ、失礼」
不意に、彼女の機耳が動いた。
「──Yes。交戦中デス。わっ? Oh……了解ッ──オあッと!?」
廻刈転刃が空中に吹き飛ばされた。
ジンが蹴り上げたのだ。次の瞬間には一刀が彼女の首筋に触れるか触れないかの位置で止まる。
落ちてきた廻刈転刃が地面に突き刺さり、動きが止まる。
「戦闘中に念話する余裕があるったぁ、さては俺のことを舐めてんな?」
「ノン。特別侮っては居まセンデス。ただ『戦闘よりも大切』だった為デス」
「そうか。そりゃ命より大切だったってことだな」
「ノーン。命は大切デス──よっと」
軽い身の熟しでリナリナはさながら脱兎の如く後ろに跳んだ。
前髪が少し切れて床に散らばる。下がった瞬間にジンは刀を振ったのだろう。
「っち。逃がすかよ」
「Oh、隊長さん。嘘は良くありまセン。
嘘を見破る目が無くトモ──本気で無いのが良く分かりマスので」
「あ?」
「貴方は今、安堵してるデスよ。──ワタシが逃げるなら、それでよかった、ってね。
かくいうワタシも、貴方と正面から戦わなくて済むのは、幸せデス」
「──煽りやがって。分かった、ならその足、貰っていくぞ?」
「上げまセーン。変なフェチは止めてくだサイね!
こういうのを『ケツまくって帰る』っていうんデスね!」
「……お前、それは」
「『煙幕』。では、隊長……また会いましょう」
その瞬間、彼女の両腕の関節から緑色の煙が噴出した。
煙幕。同時に虫が燃えるような悪臭が立ち込めた。
うっと、ジンも口を覆ったその間に──メッサーリナリナと名乗った彼女は、廻刈転刃と、帝国の兵士たちまで連れて、消えていた。
「……っち。何が『また会いましょう』だ。ふざけやがって」
「ジンくん、大丈夫かい?」
ふとジンの背から声がした。振り返るとシキというハルルの父が心配そうに見ていた。
「大丈夫です。心配かけました」
──ジンは二人の元へ一歩進みながら、先ほどのメッサーリナリナの言葉を思い返す。
(また会いましょう。ってことは、また何かちょっかいを出しに来るってことか?
クソ。ただでさえ緊張して頭も冴えないのに、もっと混乱する事態が起きやがって……)




