【22】「 」【02】
◆ ◆ ◆
「その、娘さんの一人にもしかして──」
そして、馬車から降りた時。
一足先に馬車から降りた男性──白髪交じりの黒髪の、優しい顔をした男性に、ある可能性を抱いた。
その人が言う家族構成が──そして会話している印象全てが、ある人物……俺のよく知っている少女とよく似ていて。
そして、その可能性はすぐさま『事実と裏付けられた』。
それは、元気よく走ってきたさらさらとした銀に近い白髪の彼女。
天真爛漫な笑顔を浮かべる彼女の名前はハルル。
「ハルル──さん」
彼女を見て、シキさんが目を丸くした。
「お父さん! お帰りなさいッス──! って、あれ!? 師匠!!?」
そう。少し縁があって仲良くなったこの男性、シキさんは。
「ハルルさん──の、お父さん、ですか……っ」
「え、あ、はい。そうですけど──? ジンくん、ハルルさんと知り合いですか?」
「えっと。はい」
何から説明すればいいか。
というか──どう説明すれば、いい。
師弟……恋人……同居……いや、待て。恥ずべきことは何もないから全然、全て喋っていいはずだ。
そう。喋っていい、のだ。
──と。俺が考えていた最中。
「お父さん」
ハルルがにっこり微笑んでシキさんの前に立った。
「……ハルルさん。お帰り、ハルルさん」
──シキさんは、ハルルを強く抱きしめた。
◇ ◇ ◇
俺も忘れてて本当に悪かった。
シキさんから聞いた所、ハルルは『記録上、死んだことになっている』そうなのだ。
ハルルは今年の初めに山で魔物に襲われ遭難し、死にかけた。
そこを通りがかった魔王とヴィオレッタが『助けてあげるからその後でその命を頂戴』という趣旨の約束をハルルと交わしたそうだ。
それで治療され、術技の実験を行われ──……そうだ。本人に詳しく聞かないとな。『その後、どうやって俺を見つけたのかも含めて』。
ともかく、ハルルは家族に何かを告げて王都辺りで勇者になった訳ではない。
ハルルのご家族は相当にハルルを探し回ったらしい。
だが、ハルルは一度も家に行っておらず、まぁ心配をかけてしまった。
帰省したらどうだ? とか聞けばよかったと今も後悔している。
とりあえず、感動の再会だったのだが、シキさんは変わらず微笑んでいた。
「生きているとは思っていたので。ハルルさん、生命力、ありますから」
「えへへ。そッスそッス」
「ただ。ちゃんと報告はしてください。本当に、心配していたんですよ」
シキさんの目に涙が浮かんでいた。
……そうだよな。死んだって思われてたんだから。そう、だよな。
よかった。ちゃんと再会できたなら。もっと早く帰省でも何でも言えばよかった。
「ご、ごめんなさいッス」
「……良かった。ハルルさん」
シキさんはハルルを強く抱きしめていた。
本当に良かったよ。俺も。そう思う。
それからしばらくしてから俺の目に気付いたのか、シキさんは微笑みを作った。
「で。ジンさん? ハルルさんとはどういったご関係で?」
あ、ハルルがもじもじしだした。
そうだ、な。うん。恥ずべき関係じゃない。から。
言っていいんだよな。うん。
「こ、恋人ぇす」
声、裏返った。やばい。何で、裏返るんだ。
落ち着け。落ち着くんだ。何緊張してるんだ俺。
「そうなんだ! ! !!」
緊張、するな。俺、冷静に落ち着け、ッセィ!
深呼吸をしながら。するんだぞ。呼吸。
恋人の父親。
やばい。魔法の役職だ。魔王より怖いかもしれない。いや、シキさんは怖い人じゃないのは分かっているんだが、そういう問題じゃないんだ。
もう役職が特殊役職過ぎる。
「えへへ! ! ! !」
あー……。溶岩洞が崩れて数ミリ ズレたら死ぬっていう緊張感よりも緊張する気がする。落ち、つ……──。
嫌われたら──いや、ハルルのお父さんだぞ。他人を嫌うような人格な訳が無い。
とはいえ、それでも粗相なんか出来ないぞ。言葉遣いも。ハルルのことをさん付けで呼ばないと。
っていうかお父さんさっきからハルルさんって呼ぶからメッチャ丁寧な人だよな。
格式とか形式とか重んじる人だったらどうする。
つか、待て、俺の服装マズイだろ。これ便所サンダルじゃねぇか。
やべぇ。手が、震えて。
あ、シキさんと、目が──合う。
「うんうん。 ! 」
「……は、はぁ。そうですね。よ、かったです」
「えへへ! ?」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
、 。
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
。 、 。
「 」
「 」
「 」
「 」
── !!!
爆音が響いた。
軍靴、鳴る。馬の嘶き。
「!? !!」
「! !」
……──。
はっ!
なんだ? なんで意識が。ん。
槍。槍身が──こっちを向いた。敵? 敵か。
金鍔黒刀、金烏抜刀。
一閃。八眺絶景。火吹山。
「な、なんだ!?」「勇者の増援!?」
「おいおい、不意打ちとは卑怯じゃねぇか!?」
「あ? なんだお前ら、なんで突然沸いてんだ?」
素で混乱していた。なんか街道沿いで馬車が横転してる。
目の前には素行不良の、どこの軍の服だ? 赤地に銀刺繍。どっかで見たことのある鎧に身を包んだ兵士たちが十数名、目の前に居る。
分かりやすいぞ。
兵士が馬車を襲っている。敵だな。悪い奴だな。うんうん。
「おぉい! この弱っちそうな勇者もどきがよぉ! 何の用だぁ!」
「おいおい、なんだそのオシャレな刀! 俺らにくれよなぁ!」「青っ白い顔して、ほんとに剣握れるのかよぉ!? あぁ!?」
──ああ。刀を抜いて頭がクリアになっていく。
顔だけで後ろを確認する。少し遠く──声が聞こえない程度には遠くにハルルとシキさんがいる。
そうか。なるほど。分かった。
「……名も知らない兵士。ありがとう」
素直な言葉が俺から出た。
「あぁ!? なんだテメェ!?」「きっしょく悪いぜ!?」
「いや、素で、ありがとう。……人間って、ほんと不思議っていうか。すげぇっていうか、なぁ」
深く息を吐いた。
「あ!? 頭おかしいんじゃねぇのか!?」「ぶっ殺せ!」
「うりぃ!!」
……シキさん。ハルルのお父さんは、悪い人じゃない。
「だけど、違うんだよ。そうじゃない」
兵士の槍はタイミングを合わせて柄で弾く。
そのまま肘で殴りかかるように懐に入り、刀を振り下ろす──お父さんが後ろで見ているから峰打ちだ。
「ぎぃぁ!?」
例えね、滅茶苦茶に優しくて人格者な相手であっても──。
「──するんだよ」
「このっ! なんだてめ──」
斧の一撃は身を一歩後ろに下げて回避する。
鍛錬されていない振り下ろし攻撃は、武器の重さで地面すれすれまで行ってしまう。その為、足で斧の背を踏みつける。そして、柄で顎を砕く。
「っ! な、な、何者なんだよッ! 勇者か!?」
「そうだ。勇者だ。だが、勇者でもな」
「!?」
「緊張するもんは緊張するんだよッ!!」
時間が緩やかに動き、その世界で男の持つ剣を斬り裂き足首の健も断つ。
人間って。
極限まで緊張すると記憶が全部ぶっ飛ぶんだな。
恋人の父親。
その役職に対して、俺は極限まで緊張してしまった。
頭がマジに真っ白になった。
記憶もない。直前の会話、俺、シキさんとハルルと何話してたんだろ。
鞘に刀を戻し──息を大きく吸う。
とりあえず。えっと。
「お、お父さんって呼んでて大丈夫でしょうか」
「ふふ。戦った直後にその話題を続けるって、ジンくんは真面目だね!」
「そッスね! ジンさん、気にしてたんスか??」
あ、え? 俺その話題してたの???
っていうかどんな話題してたんだろ、俺。
──ん。なんだ、視線を感じる。だけどこれは人? なんだ、妙な。
何かが飛び出した。それはまるで──《兎》のような速度で。




