【21】悪人【35】
◆ ◆ ◆
「【未来教本】──おれの術技はこの先に起こる未来を見通す。
ま! 教本って名乗ってるくせに穴だらけなんだけどな!
例えば『帝国の東部侵攻における黒い英雄の行動』という欄だと★
『戦闘30%』『回避40%』『和解30%』と表記される!
その上で『勝利98%』『敗北1%』『死亡1%』と続くのさ!
……ってか勝利98%ってどんな化物だよ、彼! それでね、マイハニーの術技が」
「あたちの術技【新解釈】!
教本と名前にある術技に対して『解釈をし直すことが可能』な術技なんだお!」
「だから二人でいれば、『未来の抜け穴』を見つけ出すことも出来るのさ★
まぁとはいえ、使い方は限られているし、教本に全てが書いてある訳じゃない。
不確定な予言書とでもいうべきかな!」
「だおだお★」
男の方は、ユニー。
焦げ茶の髪に紫色の瞳を持つ、黒い肌の魔族。ギャル男。
女の方は、コフィン。
金麗な髪に藍色の瞳を持つ、黒い肌の魔族。ギャル。
ギャル夫婦の術技紹介を受けていたのは、王族らしい柔らかい金髪の少年──ラニアン王子だ。
少年は、彼らの説明を聞きながら、小さく拳を握っていた。
「……術技のことは、余方は詳しく分からないのである」
「そかそか★?」
「しかし、聞きたいのである。それはつまり……『今、あの港が襲撃されること』を、ユニー殿は分かっていた、ということでいいのであろうか?」
「そうだぜ。おれは分かってたよ★ 襲撃率は70%以上だったからね」
「……襲撃時に、大勢、死ぬ可能性があるということも、であろうか?」
「そりゃね。術技で新型戦艦っていうのは確定だったから、あのレーザービームもわかってたよ!
あの感じだと死者数は多い方に触れちゃったみたいだ。残念だね。
1000人くらいの港だから、多くても300人くらいで済んだらいいけどな」
「ヴィオレッタ殿が、戦う可能性も?」
「ああ! 分かってたぜ? ヴィオレッタちゃんは死ぬ確率は60%もあったが生還すれば魔王としての地盤が固められるってね★」
「……つまり、こういうことであるな。
貴方は、民が300人程死に、ヴィオレッタが死ぬ可能性が高い未来を予知した。と」
「ああ? そうだよ★? それが──」
「ならば何故 止めなかったのかっ!!」
握り込んだ拳は、ラニアン王子自身の足を殴りつけた。
「言っただろう? 地盤が固められる★
あの場に運よく素晴らしい記者がいたんだぜ。その記者が写真を沢山撮っている筈さ。
これで魔王ヴィオレッタの名は全土に広がり、反発する魔族も自分たちを懸命に守る王に従うことに──」
「300人! それ程の、町の人間が、そこに暮らす魔族が! 無辜の民が大勢死んだのだ!
ヴィオレッタ殿の魔王としての地盤が固められる?! それがなんだ!!
命を犠牲にしてまで、王として認めれる必要などない! そんなことをヴィオレッタ殿も余方も望んでいない!」
「ちょ、待ってよ! ダーリンだって本当は──」
そっと、ギャル男のユニーは妻の言葉を制止する。
それから指を組んで、肘を机に乗せる。細く光った目で、ユニーはラニアン王子を見定めた。
「望んでいないだろうね。キミも、ヴィオレッタちゃんも、おれの予言を聞いたら『未然に防ぐこと』を前提に動いた。
でもそれをしたら新制海王国に開戦の切っ掛けを与えることになる。
それは未来、魔族領が戦禍に巻き込まれることを意味する。おれたちが平和に暮らす未来が無くなっちゃうことにもなるのさ」
「だから300もの命を切り捨てたと! それは」
「邪悪な行いだろうね。だが、それがなんだ?」
「な……開き直るのであるか……この」
「未来の王よ。これは最小の犠牲だ。勿論、他に全てを覆すような選択肢があったかもしれない。
ただ、おれたちは矮小なんだ。先代フェンズヴェイ王のように無双の力はない。
黒い英雄のような宇宙まで斬り裂くような技も無い。それでも守るべきものの為にどうするべきか?
王ならば、自分の腕の広さを知らなければいけない。腕に収まらない物は諦める。
守る物を少数に絞り守れる範囲を守る。それ以外は捨てる。
それを覚悟と呼ぶとおれは思うね」
「捨てることが、覚悟……だと」
「そうさ。何かを成し遂げるなら何かを捨てる。当たり前のことだろう?」
「……違う。それは……」
「違わない。これが覚悟だよ、未来の王。選択なんだよ。
拾う物と捨てる物を選び、必要な物だけを持ち、残りは捨てる。それが覚悟だ」
ラニアン王子はギリッと奥歯を噛む。膝を掴み、爪を立てる。
歯を折る程の咬合力も無ければ、皮膚を裂く握力も無い。
「……貴方たちは……それが、覚悟、なんであろうな。そうやって進んできた、ということなのであろう」
「だね」
「……だけど、余方たちは、そうではないのだ。
見捨てることは、選ばないし、選びたくないのだ。
ヴィオレッタ殿がどう言うかは分からないが、余方は。300の命が少ないなんて思えない」
「甘いな。甘すぎる考え方だ」
「そう言われても仕方ないっ! だが、余方は、捨てることだけが覚悟だとは思わない。思いたくない!
捨てない覚悟もあるべきだと思うのだ。そうでなければ……そうでなければ!
何かを成すごとに、何かを捨てていたら、世界には捨てられたモノが溢れてしまう。
捨てられた者らは! 捨てられた者らは皆、傷つく。そんなのは。
捨てるばかりでは……悲しすぎるではないか。
確かに、甘いのかもしれない。それでも、そうであったとしても。捨てないでどうにか出来ないのか、模索し続けるのが覚悟ではないのか!?」
「本気かい? 本気でそう思うのかい?」
「ああっ! 本気である!」
「ならば、そういう王となれ。ラニアン王子」
ラニアン王子と、ユニーの目が合う。ユニーはただ真剣な目で彼を見た。
「王とは信じた道を進む者をいう。そして、おれたちのような、自分たちを守る為に何人でも犠牲とする悪人から多くの者を守ればいい。そんな王になることを、心から期待しているよ」
ラニアン王子はいつの間にか流していた僅かな涙を拭い、キッと唇を噛んだ。
「……言われずとも、そうするのであるっ」
「素晴らしい★ さて。じゃあおれたちがキミをヴィオレッタちゃんの所まで護衛していこうかな」
「え?」
「内通者探しをしてるんだろ? 元々の目的。
まぁおれの術技じゃ内通者までは見つけられないからね。
とりあえず魔王様たちにおれたちが内通者じゃないと認めて貰わないといけないし。結構大怪我を負った筈だから、こっちには来れないだろうからさ★」
「……分かったのである。護衛を頼むのである」
「それからおれたちが未来を見て港を見捨てた話は、ヴィオレッタちゃんにしない方がいいよ?」
「……当然である。そんなことを言えば、彼女の性格からして魔王の座を降りた上で貴方達を殺すであろうから」
「ははっ★ 最近はそこまで過激じゃないと信じたいけどね」
「……掴み所がないのである」
「まぁそうだろうね。とはいえ忘れないで欲しいぜ★
おれたちは魔族で、おれは悪人★ だけど今は味方さ★
マイハニーと幸せに過ごせるなら、なんでも協力する最悪の悪人って覚えておいてくれ★」
「……分かったのである。ただ、訂正を求めるのである」
「うん?」
「ユニー殿もコフィン殿も。お二方とも悪人ではない。
……見殺しにしたことは許せぬが、悪で割り切りたくはないのである。
それは自分たちが生きる為の最善と先ほども言っていた。……最善を為す者は悪ではない、と信じたいのである」
「……ほんと青いなぁ、ラニアン王子★ ま、嫌いじゃないよ★
分かったよ。……王子、これからの頑張りで、おれたちを歴史上の善人にしてくれよな」




