【07】純粋な願い【02】
◆ ◆ ◆
今、オレの手の中に、オレの人生で初めての食料がある。
見た目は、串焼きだが、臭いがすでに悪臭だ。
まるで鉄か、人間でも焼いたような、そんな嫌な臭いがする。
これ、絶対、食えるもんじゃない。
合流した狼先生が、オレに顔を向けた。
『ガー。君は無理に食べなくていいんじゃないか?』
「い、いや。食べないと」
というのも、オレの前に座ってるレッタちゃんが、笑顔のまま、食べているからだ。
美味しいのかもしれない。臭いが最悪なだけで。
いや、臭いが最悪な時点で絶対不味いんだけど……。
オレは……かじりついた。
これは。
噛めば噛むほど、口の中いっぱいに広がる……ゴムと廃液、それから腐った卵のような味がした。
食感も酷い。やけに硬い。噛んでも噛んでも、噛みきれない。
これは……不味い。不味すぎる。
「ま、まじぃ」
「不味いね~」
くすくす笑いながら、串をぽいっと捨てるレッタちゃん。
串一本とはいえ、食べ切ったのか。すげぇ。
『肉食獣の肉は、往々にして不味いものだよ。竜の肉に関しては、塩漬けしたり、熟成させたり、色々と工夫をすれば美味しくなるが』
「狼先生、知ってたなら、先教えてくださいよ」
『だから、無理に食べなくていいと止めたんだ。それに、この子には、最初に、伝えたぞ?』
「うん。焼いても美味しくないよ、って言われたよ」
「マジか。言われててもやったんだ」
「そりゃそうだよ。だって、どれくらい不味いか食べてみたかったんだもん。
でも、もう二度と食べたくないくらい不味かったね」
くすくすと笑うレッタちゃん。
そうだな、レッタちゃんが食べてみたかったなら、仕方ないよな!
今までの人生で一番不味い夕食を終え、さて、とオレは隣で眠っている眼鏡の少女を見る。
「この子、どうするべきだと思う?」
竜に襲われていた眼鏡の少女は、あの後、気絶してから、眠っているみたいで目が覚めない。
『だから、他者と関わってもいいことはないと言ったのに』
「でも、いい練習になったよ」
レッタちゃんは自分の背中を撫でた。体、柔らかいな。
『ならいいが。……助けた礼に、その子からご飯を貰おう、って考えてたんじゃないのか?』
「うん。そっちは失敗。でも、お菓子持ってたら、嬉しいな」
「お菓子好きなんだね」
「うん。ガーちゃんは、苦手そうだね」
「はは、正解。甘すぎるのは苦手かな。でも、ちょっとなら食べたい」
「わあ。見事に逆さだね! 甘すぎるのが好き。ちょっとじゃ全然足りないくらい」
『キミは偏食が過ぎるがね』
狼先生がそう言うと、レッタちゃんはぷくっと膨れた。
「だから、好き嫌いせず最近は食べてるのに」
こういうレッタちゃんも、可愛いなぁ。
◆ ◆ ◆
翌朝、起きたら、眼鏡の少女が居なくなっていた。
あの子に掛けていた黒い毛皮も綺麗に畳まれており、たぶん、お礼と思しきキャンディの入った小瓶もあった。
レッタちゃん的には大満足だったようだが、オレ的には少し腑に落ちない。
『ガー。浮かない顔だな』
「ん。狼先生。いや、別に。ちょっとだけ腑に落ちないだけで」
『腑に落ちない?』
「ほら。なんか、レッタちゃんが助けたのに、お礼もなく、さ」
「え、お礼はこの飴じゃん?」
レッタちゃんは美味しそうに飴を舐めている。
『だとさ』
「まぁ、レッタちゃんが満足なら、それでいいけど」
最初に、狼先生が言った通りだ。他者と関わってもいいことが無い。
狼先生も、レッタちゃんも、特に気にしていないようだ。
でも、やっぱり、オレは、レッタちゃんが助けてあげたんだから、ちゃんとお礼くらい言えよ、って思ってしまう。
そういうとこ、オレが、変なんだろうか……。
まぁ、考えてても仕方ない。
「そういえば、東に行くんなら、なんで南に来たんだ?」
オレは少し話題を変えて訊ねてみた。
今、オレたちは、王都から遥か南。国境付近まで来ている。
あの山の向こうは別の国だ。
『そこの国にも用がある』
「あれか。前聞かせて貰った凄い術技を持った人を探してるってやつか」
『そうだ』
「……これ、訊いてもいいのか分かんないけどさ。何で、そういう人を探してるんだ?」
『……』
狼先生は、沈黙した。
「あ、悪い。やっぱりいいや、この質問、無しで」
「ガーちゃん」
急に、レッタちゃんが俺に抱き着いてきた。
そして、耳元で。
「 」
囁いた。
オレは、驚いて。目を丸くした。
「そ……その為に、術技が必要なのか」
「うん。そうだよ」
「その。それって」
……オレは、訊いておいて、何も言えなくなった。
分かってはいた。この旅がまともな旅じゃないことは。
何か、ヤバいことをする為の旅だって。
「……レッタちゃんが、それを望んでる、ってことだもんな」
荒唐無稽。と言っても過言ではない。
だけど、真剣なんだろう。純粋に、本気なんだろう。
「そうだよ。その為に生きてるの」
迷いなく、レッタちゃんが言う。だったら。
「そっか。なら。……オレも、協力したい」
くすくすっとレッタちゃんが笑う。
「ありがと。ガーちゃん」
その笑顔が、見られるなら。
オレは、どんな……どんなことだって、やろうって思えた。




