【21】やっぱ単純なのが一番だ【33】
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こういう経験無いかな?
シャワーでも浴びてる最中に、ふっと何年か昔に遊んでいた友達の顔だけが出てくる。
あいつ名前なんだっけ。ニックネームは思い出せるけど、名前が思い出せない。
髪の毛を拭いてる時に、唐突にそいつの名前を思い出す。
なんなら細かいエピソードまで。あの時にした馬鹿らしい会話や、飲んでいた飲み物までも、全部思い出した時のような感覚。
それが、術技を得た感覚に似てる。って、オレは思った。
思い出した、って感じだ。
術技が昔からずっと手元にあった、って錯覚するような、そんな感覚。
だから、オレはすぐに分かった。
この術技は、守りを授ける力だ って。
この術技は、きっと──条件が揃えばどんな攻撃をも防ぐことが出来る。
あ、いや。発動条件がある術技じゃないんだ。
ただ──直感した通りの効果だとしたら、少し厄介だ。
もし、効果がそういう効果だとしたら。
この術技は……──あまりにも危険すぎる。ぜ。
◆ ◆ ◆
ミシミシと不快な音が鳴った。力任せに鉄を万力に掛けたような、圧縮される音。ある一定を越えた時に金属が引っかかれたような甲高い音が鳴る。
そして──爆発した。
腹の底に響く低い爆発音。
波と空気が膨れた。砲塔が火を噴き、戦艦は傾き始めていた。
続いて小さな爆発が起こり始める。
「お、おお……なんか、やべぇ爆発してる」
「うん。だね。あれは『限界を超えてた』からね」
「限界を?」
「うん。魔力の限界を超えて出力し過ぎてた。どうやったかは分からないけどね。その代償は……」
離れた距離でも熱くなるような、橙色の火を噴いた。
「……沈没」
「だね。もう沈む」
「そう、か」
黒い肌の男、ガーは目を細めて沖合を見る。
「? どうしたのガーちゃん?」
「なぁ、レッタちゃん。見間違いじゃなければなんだけどさ?」
「うん?」
「近づいてきてね? あの艦」
ガーとヴィオレッタが戦艦を見やる。
戦艦。その背に乗せた主砲は炭のように内部から燃えている。それは使い物にならないだろう。
しかしながら、その戦艦は、斜めになりながらも細々とした砲を正面へ向けていた。
副砲──海賊が使うような大砲が八門ほど、正面を向いている。
正面、つまり、ヴィオレッタたちの方へである。
先ほどの主砲程ではない威力の──普通の大砲。
砲撃が始まった。
「おおおぃッ! さっきのが最後であれよッ!! あれでかっこよく終わりにしていいじゃんッ!?」
「ガーちゃん、盾出してよ。さっきの盾」
「お、おっ! そうだ! そうだった! 行くぜ、オレの術技ッ!
無限の愛の最強の盾ェ! 名付けて【愛マックス】パーフェクトスタイル!」
「その名前も変えた方がいいかもねぇ」
ガーが手に入れた術技は、煙のような色をした盾を生み出す術技だ。
ヴィオレッタを白い煙で出来たドレスのような物が覆う。これが全方位の盾。
そして、ガーの前には──……和紙のように薄く向こう側が透けて見える程度の盾。
その盾を見て、発動した時に感じた『感覚』に納得し、ガーは苦く笑った。
「あー、オレの術技、これ──」
砲弾は少しだけ遠くに着弾──ただその爆風でガーだけが吹き飛ばされた。
「ありゃ? ガーちゃん? 大丈夫? 盾の大きさ失敗?」
ヴィオレッタはその場に無傷で立っている。しかしガーは吹き飛ばされて仰向けに転がっている。
その瓦礫の中で、ガーは苦く笑う。
「だ、い、じょうぶ……いや、大きさ失敗っていう訳じゃなくて……。
はぁ、やっぱりそうだったか……っ」
「? 何? 術技の条件とか効果?」
もう大砲来るな……! と、ガーは渋い顔をする。
「その通り……。オレの術技 【愛フォーン】は……」
「術技名、まださっきの愛マックスの方が良かったなぁ」
「【愛マックス】は……」
(……──その効果内容が、『あまりにも危険すぎる』)
「相手への『愛の大きさ』」
「?」
「『愛の大きさ』がそのまんま盾の強度と大きさになる、みたいだ」
(レッタちゃんへの愛の大きさは、そりゃ無限。
けども、まかり間違えてレッタちゃん以外に発動した時、めっちゃ小さかったら……危険すぎる。
ハッチとか本気で銃撃してきそうだもんな)
「くすくす……なんか深刻そうに言うから何かと思ったよ。なるほどね、そういう条件兼効果なんだね」
「みたいだよ。それになんか凄い体力も使う感じ……なんというか、まぁ」
(すっごい分かりやすい例えがあるんだけど、それはお上品過ぎるから言わないわ。
虚脱感が凄い、ってだけで)
肩で息をしながらガーは苦く笑う。
「連発は出来ない?」
「そう、ね。いや、でも、頑張れば……」
「頑張れば大丈夫なんだ??」
「お、おうっ、そりゃレッタちゃん。キミが応援してくれたり、キミに危機が迫ったらな!」
「そっか。くすくす。ありがと、ガーちゃん。じゃあ──お願いね」
「え?」
「次、弾幕くるからさ」
瞬間、ヴィオレッタは海に向かって走り出した。
「あっ! ちょ、まっ!!」
そして、海上──まるで妖精のように海面に立ち、ガーに振り返る。
直後、音が消し飛ぶ程の爆音がした。
その瞬間、ガーは見た。
無数の砲弾を背景に、可憐な踊り子のようなヴィオレッタが、悪戯な少女の笑顔を浮かべて見せたのを。
大音量で、聞こえない筈なのに。
ヴィオレッタの声だけは、ガーに鮮明に聞こえていた。
「私が危険に飛び込めば、守ってくれる訳だもんね。
私の為に、もう一回、がんばってほしいな? くすくす」
「いっ!!? よ、喜んでぇぇええいっ!!」
瞬間、歯を食い縛り、ガーはもう一発、術技を振り絞った。
全方位。火薬粉一つ彼女に触れさせない──その為の。
「【愛】!」
それは、まるで風船だった。
ハート形の白い風船が、ヴィオレッタの周りに無数に生まれる。
『ぶにゅん』と音がする。それは、その風船に砲弾が飲み込まれた音だ。
『ぶにゅんぶにゅん、ぶぶぶにゅん』と破損した機械のように重なった音が響く。
気付けば砲撃全てが『無力化』されていた。
「くすくす。ガーちゃんらしい、良い術技名だね」
「へへ、やっぱ単純なのが一番だ! ってことだね」




