【21】荷重回速式電壊砲【31】
◇ ◇ ◇
「荷重回速式電壊砲、プラズミックバスターのエネルギー圧縮、80%を超えました。
初回の砲撃時が95%と臨界近くで砲撃でしたので、奇襲時よりかは若干威力と範囲が下がります。
もしあの威力で撃つならばあと10分程待つか、安全装置全開錠すればあの威力を出せます。
装置解除を行えば、その後は砲撃を行えなくなりますが出力は約50%増加が可能です。
とはいえ、もう後一撃の砲撃を行えばそもそも砲が焼け切れるのが目に見えておりますので、ここは安全装置全開錠を行い、奇襲時より遥かに高出力の破壊を行うのが──」
「っ! おい、貴様ぁ! 移艦命令を出したであろう! 何故まだ乗艦しているのだっ!」
「船長。いえ、シェーヴェ将軍。あの砲を一人で扱えるのですか?」
「初期動作説明書を今取り出したところだッ! 物覚えは良いんだ! 一人で出来るわッ!」
「出来ない奴は大体そういういうのです」
「ぶ、無礼ぃぃ!」
「将軍。お供させてください。……私はあの砲の操作の専門でもあります。
……すべては、新制海王国の為に」
「……っ。……おい、貴様、名前と階級と、年齢を言え」
「はっ! セリュースです! 階級は曹長、年齢は21です!」
「はっん! そんな若い奴がこの艦に乗っていたとはな! 恋人は!」
「いません! 2か月前にビンタされてフラれました!」
「ふんっ! 女にフラれるとは、貴様、甲斐性はなさそうだが良い奴だな! よろしい!
勿論、一人でも自在に操ることが出来たが、お前が専門なら頼むとする! 出力を上げ続けろ!」
「了解しました!」
「そうだ、おい。60%くらいの出力で砲撃することは可能か?」
「は? 可能ですが」
「そうした場合、20%のエネルギーが残るのか?」
「はい。そうですね。圧縮エネルギーの割合なので、60で撃てば20残りますが……。ですが」
「ふむ。よし。ならば60で撃て!」
「将軍。その、後一発撃てば砲が焼けてしまい使い物にならない状態になってしまうことが予想されます。20%残しても次に撃つことが難しい可能性が高く」
「問題ない! 60で撃つのだ! 考えがある! 信じて準備せよ!!」
「……はっ! 了解しましたっ! 砲塔回転後、すぐに撃てるように準備に掛かります!」
◆ ◆ ◆
「砲身──こっち、向いてる気がする」
記者の女性──レンカという彼女の視線の先。
沖合に浮かぶ艦一隻。その背に乗せた鋼鉄の砲身が、ゆっくりとヴィオレッタたちがいる陸地へと向こうと動いていた。
鋼鉄の砲身は、ここからですら巨大に見える。この距離でも砲が回る鉄が軋む音だけが響いてくる。不気味な時間だった。
ただただその音が鳴る中で、彼女たちは息を呑んだ。
「……変な、音」 レンカが呟くとヴィオレッタは少しだけ険しい顔をする。
「それに、気持ち悪い音もするよ」
「え?」
「……瓶の中に入り切らない程の果物を押し込んだ時みたいな、果物と瓶の両方が軋む……そんな音」
「それは聞こえないけど。あ、そっか、ヴィオレッタさん、耳、物凄く良いんでしたっけ」
「くすくす。そうだよ。……でも何の音なんだろう」
「っぅ……」
ふと、ヴィオレッタが看病していた怪刻の男性が腕を動かした。
「? 動いちゃ駄目だよ。私、もう魔力を結構消耗しちゃったからさ、その傷開いたら治すの、痛み止め無しで治すことになるよ??
そしたら相当に痛い思いを」
「に、……逃げ、て、ください」
「? どうしたの?」
「あれは……あの砲撃が……──この町を壊した、砲撃です……ッ」
「この町を」
「見て、いました。……あの鋼鉄の砲は……光を。光を打ち出すんです……。光の砲撃、でした」
「光の砲撃……」
──怪刻の男性の言葉によって、ヴィオレッタはようやく当たり前の質問に辿り着いた。
何故、この町はこんなに崩壊しているのか。
よくよく見れば奇怪だ。大砲での砲撃だったならば、地面には丸く抉られた痕跡が出来る。
しかしながら、そんな痕跡は無い。
にもかかわらず、家は軒並み倒壊している。石畳は田植えでも始めるみたいに掘り返されて畝ばんでいる。
その時、ヴィオレッタは拳を握った。
(……音が、止んだ)
「ヴィオレッタさん。もしかして……あの大砲でこの町の残った人たちを薙ぎ払うつもり、なんじゃ」
「だろうね。……あの自称海賊の船長の心音が敵意だったから、何かやると思ったけどね」
「! じゃあ逃げないとっ!」
「うん。逃げる準備しといてね。ただ、今は逃げられない」
「え!?」
「まだ瓦礫の下で埋まってる人もいる。それに」
ヴィオレッタは、自分に抱き着いている白蛇頭の半人の少女、オピスを見た。
「?」
小首を傾げた少女の手を握る。
「ちょっと待っててね、オピスちゃん」
「え、えっと、はい」
「くすくす。いい子いい子」
そっと、オピスを自分から引き離し──ヴィオレッタはいつも通りに笑う。その笑顔に、レンカははっとする。
「ま、待ってヴィオレッタさんっ! あの砲撃を止めるつもりなの!?」
「うん? 察しがいいの凄いね。そうだよ」
「でも、ヴィオレッタさんは! さっき魔力を結構消耗しちゃったって!」
「よく聞いてるね。くすくす。大丈夫──」
「──防ぎきるよ」
「待っ」
制止も聞かずにヴィオレッタは駆け出す。指を鳴らすと同時に岩盤に突き刺さっていた大鎌が、まるで主を見つけた子犬のように跳び跳ねてヴィオレッタの手に舞い戻る。
(くすくす。大丈夫。算段無しで飛び込んだわけじゃないよ。
お気に入りだからあんまり崩したく無かったけど)
「──【靄舞】、解除」
大鎌の形がブレた。そして膨張し、黒い靄に戻った。
(大鎌を形作ってた魔力と靄を私に戻す。──これなら、やれる)
海岸沿い。ヴィオレッタは鉄の桟橋に着地した。
同時、示し合わせたように──砲爆音。
極光が放たれた。
光と熱が合わさった一筋の閃光。
(指向性熱光の塊。雷系魔法を圧縮? いや人間の力で出来る圧縮の限界を超えてる。
でも近くで見て分かった。これは、私の常識の範囲内。
私もまだ作れる次元の攻撃だ。所詮、雷ベースの竜のブレスみたいなもの! だから)
「【靄舞】、守れ!」
少女の両手から靄が生まれる。
大きく広く、まるでカーテンのように棚引き──閃光を押さえた。
溶鉱炉で熱された白熱する鉄液のような火花が飛び散りながらも、その閃光を押さえた。
靄は、ヴィオレッタの血が元になっている。蒸発と生成が繰り返され、鉄板に水を垂らしたような蒸発音が響き続ける。
瞬間、閃光の余波で足場は油を引いたフライパンのように熱された。周囲の瓦礫が反動で吹き飛ばされた。
肉が焼けるような悪臭がした。靴が溶けたのだろう──ヴィオレッタは見向きもしない。
その中で、ヴィオレッタは唇を噛む。
腕が震え、血管が浮き出る。
普通の砲撃と違い、閃光の照射は数秒続く。
(熱っ、けど、もう少しで──)
ヴィオレッタは耳がいい。それは生まれつきの異常。
彼女は異常な程に、良過ぎる程、耳が良い。
だから気付いてしまった。
「────、」
吹き飛ばされた瓦礫の下に、まだ生きていた魔族の子供が居たこと。
意識が無く、心音も浅く、音も無かったから最初に気付けなかったこと。
そして、その子供のいる場所は、完全に余波の内。その子供が俯せになっている場所は破損した船の鉄の甲板。つまり。
(私の立つ場所より、熱されて──ッ)
靄の発動を止めることは出来ない。
だけど、何かしなければ数瞬の内に子供は死ぬ。
(手も足も出せない。魔法の発動も限界)
なら。
(靄を──もっと出せばいい)
ヴィオレッタは自分の右肩に口を近づけて──噛み千切った。
赤い血が飛沫になって、黒い靄に変わる。
靄が更に黒さを増した。
そして。
──たった、2秒だった。
永遠にも感じられた2秒を越えて──閃光が消失した。
「っ……ほんと、最悪」
だらんと下がった両腕が痙攣したように震えていた。
両膝を付いた。
(それより、あの子、は……)
子供の方を見る。
俯せの子供は、手を伸ばそうとしていた。
頬に少し火傷を負ったくらいで済んだようだ。
(よかった。……っ痛)
ヴィオレッタの両の腕が刺すように痛んだ。
それは至近距離で閃光を受け止めた代償──その腕は熱で赤く腫れ、所々血が噴き出ていた。
(火傷の中でも、まだ、これくらいなら大丈夫。
皮膚の損耗も血液も、私ならまだ……なんとでも、出来る)
ふぅ、と息を吐いた。
(流石に、この威力の砲撃は連射なんて出来ない。後は、皆に回収して貰っ──……え)
その時だった。
「なん──で」
あの砲身に、放った時と同じ──閃光が集まっていた。
そして、間髪を入れずに爆砲音が響く。
二発目の閃光が、放たれた。




