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【21】青い海と白い浜【30】


◆ ◆ ◆


 青い海と白い浜。

 後は何もない。本当に、何もない。何もない国だった。


 その何もないということが、不思議とどこまでも行ける気持ちにさせてくれる。

 だから少年たちは、この何もない浜から見える何もない海が──何もないこの国が好きだった。


 朝日と共に浜を走り、父たちの漁船を迎える。

 雨の日は綱を編み、晴れた日には遊びに出かける。


 青い海と白い浜があるだけの、何もない国。


 それが『海の国』。


 『海の国』という名前の通り、周辺を海に囲まれた海洋国家である。

 王国や帝国が出来るより遥か昔から存在し、魔王国と変わらない程に──それこそ神話の時代から国の名が出る程、長い歴史を有する国だ。

 しかし、その国の軍事力は低い。一定数の魔法使いがいるが──その殆どは戦闘員ではなく『(まじな)い師』という職業だ。

 船乗りと共に船に乗って船に災いが来ないように『晴らす』職業。

 主に漁で生計を立てる国。主に自分たちが食べる分だけを獲る国。



 そして、貧困している国でもあった。



 慎ましやか、と言えば聞こえもいい。

 立地的に、旧魔王国領から更に南西であるが為、王国との貿易は少なかった。砂漠の国や獣国との貿易こそあれど、それは本当に僅かな利益にしかなっていなかった。


 貧困の国ではあるが、暗い生活ではなかった。

 肩の荷を全て下ろすことを許す程の青い海と空がそうさせるのか、人の肌と心を慰める南風がそうさせるのか──国民たちは笑って過ごしていた。


 しかし、何十年か前、魔王国が力を付け──戦争が激化し始める前のこと。

 その折、王国より海軍力を高めるべきだと打診され、協力をすると協定を結ぶことになる。


 海の国は、王国の属国という扱いになっていた。

 気付けば、国際社会的には海の国は王国の一部という状況を作りこまれていた。


 王国の考えとしては、魔王国に対する威圧をする軍事的な目的だったのだろう。

 西に海の国、東に王国があれば睨みを利かせるにはちょうどいい。


 だが──世界の敵となった魔王国を討つ為だからと言って、国を差し出した訳ではない。

 だからと言って、王国の一部になることを許容した訳ではない。

 貧困しているからという理由で、憐れまれたい訳ではない。


 その後、魔王国が打倒され──次はその領土を吸収した王国が世界有数の巨大な国となった。


 その頃になると、王国は慈善活動の大義名分で海の国に公共整備(インフラ)や王国式貨幣の導入、法までも無数に持ち込んでいた。

 王国の観光地。──海の国の民は、そう呼ばれるのを複雑な気持ちで受け止めていた。

 だから。


 独立を、目指す。


 鉄浮かぶ海と、鋼の浜。

 打ち付けられた鉄骨と、防波堤。混鉄土(コンクリ)で固められた浜。海に浮かぶ無数の鉄船、投棄された鉄片たち。


 『新制海王国』。

 たった3年前に国名が変わった国。

 その海と浜は、鉄と鋼の色をしていた。


 40年。

 気付けば、少年が見た青い海と白い浜は40年の時を経て大きく変わっていた。

 何もないとはもう言えない海と浜を前にして、少年だった男たちは、老けた顔を見合わせて苦く笑う。


「ストルマーゲ。お前、太ったな」

「シェーヴェは伸びたね、顎。もうスコップじゃん?」

「死ねぇィ!」

「ちょまっ、太ったって弄って来た方が悪いだろっ! 止めっ、落ちたら泳げないってっ!」


 中年を過ぎた頃の40代の男──二人の絡みは傍目から見たら痛々しいかもしれない。

 されど、二人が居る時だけは、きっと。


「シェーヴェ。将軍だって?」

「ああ、まぁ上官が歳で死んだからだけどな」

「あらら。じゃあ来年には総帥とかあり得るんじゃない?」

「馬ァ鹿。縁起でもない。不敬罪で死なすぞ? お前」


「冗談だって。……シェーヴェ。この作戦、目、通した?」

「……ああ」

「何も、思わなかった?」

「ふん。民間人を多く殺すことになると? ストルマーゲ。お前は昔からそういうことを迷う人間だなッ」

「誰でも迷うだろ……。虐殺じゃないか、これは」

「ふん。……それでも為す」

「命令だから?」

「そうだ。それに、意思でもある。この現状を続けたら、何れ摩擦で戦争になる。その時、次の世代が血に塗れることになるのは明白だ。なら、俺たちが汚れるべきだろう」

「昔から、ガキ大将だ。だから嫌われるんだよ」

「ふん。皆に好かれてるわ。俺は」


「仕方ないから、付き合うよ。どうせシェーヴェは操舵が苦手だしな」

「何をっ。将軍は何だって出来るんだぞっ!」

「一昨日、岩礁にぶつけた人がいるって聞いたよ」

「っ! 死ねェい!!」

「おい、やめろってばっ!」


 されど、二人が居る時だけは、きっと。童心に。

 少年に戻るのだろう。


 どんな理由があろうと、多くの命をむざむざと奪い取る虐殺を許すことは出来ない。

 それでも、そこには──人間が。二人の人間が居た。

 ただ、自由を求めた人間だっただけだ。


 ◆ ◆ ◆


 透過艦(ステルスシップ)の甲板の上で、樽のような男は仰向けに倒れていた。

 流れ出る夥しい血。応急処置は出来ていない。

 そもそも、この旗艦には応急処置をする道具などが無いのだ。──試験戦艦ということもあって、多くの設備が外されているのが原因である。


 ストルマーゲ。その小太りの男の胴から血が、流れていく。


 ヴィオレッタの蹴撃に付いていた氷柱。その一つが男の臓器の一つを傷つけていたのだ。


「シェーヴェ……」

「ストルマーゲ、喋るな! 大丈夫だ! 三番艦の衛生兵が間も無く到着する! だから」

 その丸く肥えた右手を尖った顎のシェーヴェが握る。


「シェーヴェ……多分、駄目だ、これ」

「気をしっかり持てッ! 貴官は我が戦艦の! 俺の副官だろ!

最後まで俺を助けろよッ!」

「……ほんと、ガキ大将……だ」

「そうだ。俺は、ずっとガキ大将だ。だから俺の命令は絶対だ! お前はずっと俺の腰巾着だろ! 

引き立て役の、俺が鉤爪船長(フック)ならお前は小太り水夫長(スミイ)だろ! だから」

「シェー、ヴェ……な、あ……。シェーヴェ……」

「なんだ……なんだ、どうした」


「海……綺麗、だな」

「ああ、綺麗だ。最高だぞ、海は」


「……この船、操舵は……しないと」

「大丈夫だ、俺がやる。だから気にしなくていいんだ」


「……シェーヴェ、待って。浜、走っちゃ駄目だ……シェーヴェ、お前、いつも転ぶから、危ないんだ」

「ストッ……、あ、ああ。そうだな。俺、走らないぞ。もう走らん」

「……船、あ……父ちゃんの、旗が……父ちゃんの、船……。かっこいい、だろ、シェーヴェ」

「……ああ、最高だ。カッコいいぞ、あの船」

「あ、あの、未来の……船、乗りたい、なぁ。海……潜っていく、船に」

「ああ。だから、俺の術技(スキル)は、お前の夢を叶えたくて……」

「しぇ、ヴぇ。ごめ……あ、ごめん、なあ……操舵、しな、いと」

「……ストルマーゲ」

「今、……ぁ。……」

「ストル、……マーゲ」



 ストルマーゲの胸の上にあった左手が、力が抜けた。

 滑り落ち、ぽんと甲板を叩いた。

 軽く握られた手が、最後まで操舵輪を握る手に見えた。



 シェーヴェは叫ばない。ただ、静かに俯いた。

 別の艦から部下たちが合流し、「船長?」と声を掛けられた時、彼は空を見上げた。



「方向転換」

「は?」

「戦艦、方向転換せよ。砲塔回転、『荷重回速式電壊砲』を起動しろ」

「! 船長! あれは一発撃った後は発熱が酷く、もう一発撃ったら回速機が焼け切れて」

「構うものかッ!! 今撃たなくていつ撃つ主砲か!! 舵を切れ! 直ちにだッ! 作戦を継続し、完遂する!」

「しかしそれでは」

「その後!」

「!?」


「貴君らは、全員、燃料及び設備が十全に残っている三番艦に移艦せよ。二番は燃料装置不備の為、投棄せよ」


「せ、船長! 船長は」

「任務を続行する。されど、すまない。──君には操舵を頼んでから移艦して貰う。

今だけ操舵が、出来ないものでな」

「?」

「今だけ、前が、見えぬのだ。……老眼だ。このように、霞んだ目など。

すまない。……すまないが……操舵を、頼んだ」


 その艦長の背に敬礼をし、部下は足早に操舵室へ移動した。


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