【21】小さな不安【26】
◆ ◆ ◆
レッタちゃんは可愛い。
んで、強くてカッコいい。
オレが愛する史上最強の魔王様! あ、二番目は狼先生だから安心してくれよな!!
レッタちゃんに出来ないことは無い!
怪我を治す医療知識! 魔法はその道の賢者が絶賛! 剣術に至っては最強だってセンスの塊って認めてた!
歌も踊りも、学問も。レッタちゃんは得意だ。耳も滅茶苦茶よくて、どこに居ても小さな音でも聞こえるんだぜ。
術技だって二つもある。靄を操る奴と、負けた相手に命令する奴! 二つ術技がある奴ってレアらしいからさ!
料理だけは出来ないけど、地頭がいいんだ。要領さえ覚えちまえばパパっと出来るようになるさ。
何でも出来るんだ、すげぇだろ?
レッタちゃんは、本当にすげぇんだよ。
ずっと。その背中を見てたから分かる。
角竜と対峙した時だって、貴族の矢が飛んできた時だってそう。
いつも、傍で──いや、そう。後ろで見てたから知ってんだ。
「──ガーちゃん、オスちゃん。私、ちょっと行ってくる」
だから。
レッタちゃんは、あの爆煙を見据えて靄を生み出した。
「我たちも行くわよ!」
「ごめん。魔力まだ回復しきれてないから、私一人しか無理そう」
「じゃぁ──」
オスちゃんが言葉を言おうとした時、レッタちゃんがくすっと笑った。
「大丈夫。爆竹を鳴らしてる暇な連中をただ潰すだけだよ。すぐに戻ってくるから」
「レッタちゃん」
「? なぁに、ガーちゃん」
「あ……いや。その」
その時、オレの言葉に合わせて爆発が聞こえた。
何かに引火したのか、熱い光が轟いた。間の悪い爆発だ。
「ごめん。ガーちゃん。すぐ戻るから」
「あ、レッタちゃん」
「くすくす。心配しなくて大丈夫だよ」
「え?」
「居なくならないから。私は最強の魔王様だもん。くすくす」
笑って、レッタちゃんは振り返らないまま靄へと入っていった。
「……そう……。そうだよな!」
レッタちゃんは、可愛くてカッコよくて、最強の魔王様だ。
だから。大丈夫。大丈夫なのに。
「? どうしたのガー?」
「……なんで、オレ」
こんなに。心配なんだろう。
「?」
「とりあえず、急ごう」
「でもどうやって向こうへ行くのよん?? 我たちに船とかは無いわよ」
「あっ! 確かにっ!」
王国領は、川のように浅いとはいえ、この海の向こう側。
ジャンプして越えられるような距離じゃない。やべぇ、どうし──。
ふと、まるでタイミングを計ったかのように、オレの肩に黒い羽根が舞い降りてきた。
◆ ◆ ◆
何が起こったのか、最初は誰も分からなかった。
この町は──最西端の港町は、軍事拠点なんかじゃない。
勿論、多少の防衛設備はある。
でも、要塞のそれとはまったく違う設備だ。
大砲を積んだ船や小規模の不響発生装置、それから心ばかりのバリケード程度。
そもそも、この港町は南西諸外国との交易が行われる港町だ。
一般人も多くいる、諸外国側から見ても分かる通りのただの町。
王国の最西端ではあるが、重要な場所ではない。そのすぐ近くにある『西号基地』の方が王国側にとっては何倍も重要な拠点と言えるだろう。
その町は、地理的急所でも無ければ、軍事的に意味合いを持つ場所でもない。
一方的に──勧告も警告も無く砲撃は行われた。
蛮行。外道。協定の外。世界からの批判は免れない。
そういう言葉が頭の中に浮かぶ──よりも早く。
シャッターを切る。
だから、撮影している。
私とオピスちゃんは、最初の爆撃で気を失った。
その後、きっと10分……いや、30分くらい意識が無かったのだろう。目が覚めた頃には人の気配が無くなっていた。皆、逃げたのだろう。
私もオピスちゃんを背負って逃げる──のだけど。
私は、撮影していた。
さっきまで露店だった場所には、崩れてきた外壁。
逃げ惑ったのだろう。地面に転がった果物が踏み躙られ、潰された果汁液と靴跡と血痕でぐちゃぐちゃになっている。
撮らないと。この事実を、残しておかないと。
進んで、右側。大通りへ逃げるのに一番近い三番街を見た時──思わず私は口を押さえた。
死体が、折り重なっている。逃げようとして炎に巻かれたのだろう。
人間も、魔族も──関係なく、赤黒く膨張した四肢と、苦悶と絶叫の顔の死体。
目を背けたくなるのが正常な反応だ。だけど。私は同時に、震える手で、カメラを構えていた。
撮る、べきだ。この惨状を。
撮って。──事実を、残さないと。
シャッターを切る。……流石にもう、戻ろう。
縮小の魔法でカメラを指輪に戻す。
オピスちゃんを背負いなおす。
まだ気絶してるみたい。背負った7歳の体は軽いものだった。
ともかく、女将さんの家の方に逃げよう。
ここじゃない通りを越えて、メインストリートを横断すれば、女将さんのいる家に行ける。
急ごう。急がないと。
──私は冷静に動いた。ううん、違うか。
冷静に見えるように動いていた。
冷静で確実な対応してるつもりだった。でも違った。
「射撃ぃい!」
同時に、射撃音が耳を裂く程に響いた。
「っぁ!?」
前のめりに私は倒れた。顔から行った。鼻に打撲感……あ、これ、鼻血ヤバイ出てるやつだ。
いや、それより足がヤバい。熱いけど冷たいけど──あ、これ、まずい。左足、撃たれて、それで裂けて。
「あ、あぁああっ!」
痛い、見たら痛い。やだ。見たくない見たくない見たくない。ああっ、足が。足が。
そうだ。当たり前だ。何が冷静だよ。
私は、本当に冷静だったら気付かないにしても、もっと警戒はしただろっ。何で。なんで。
「この町は我等が栄光のエーデレッゲ海賊団が焼き払うっ! これは表明だ!」
振り返れない。でも、何人かの人間がいるのが分かる。
「異形な存在は排すべし! 人ならざるモノどもと共存など悍ましい!! この虐殺をもって王国への足掛かりとする!」
銃を、きっと構えてるんだろう。背後でかちゃりと音がした。
ああ、駄目だ。
殺される。訳も分からないのに、殺される。
嫌だ。嫌だ嫌だ。……嫌だ!
「撃てぇ!」
劈くような数回の銃声が響き渡った。
「未来の私の領土で何してるのかなぁ? くすくす」




