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【21】通過儀礼【25】


 灰色っぽい蛇の頭を持つ女の子──彼女の名前はオピスちゃん。

 まだ7歳らしい。ちっこい子だ。

 なんでも女将(トルチュ)さんの親戚で、通過儀礼(イニシエーション)で一人旅をしているらしい。


 通過儀礼(イニシエーション)って何かって? まぁ、特定の社会集団の一員になる為の儀式……っていうのかな。

 通過儀礼(イニシエーション)……私たち王国の人間だとあんまり馴染みがないことなんだけど、魔族たちの間では割と普通のことらしい。

 

 例えば、王国で言う大人になったことを祝う成人の儀(ボーダー)のようなもの。

 あれは大人として認める儀式だしね。


 それと同じように、魔族の部族や種族ごとに『集団として迎え入れる儀式』が存在するんだって。

 ある部族だと、『(やぐら)の上から足に紐を付けて飛び降りる度胸試し』が成人になる為の通過儀礼の所もある。

 他には、13歳になったら家を出て好きな町で暮らすとか、12歳になったら野生動物をテイムしてマスターの道を目指すとか……。

 変わったところじゃ伸びた自身の角を家族に渡す儀式や、ある獲物を取ってくることとか、特定の場所に行くこととかもあるとか。


 そしてこの子、オピスちゃんも『通過儀礼(イニシエーション)』中ということみたいだ。

 爬虫人(リザードマン)は8歳を迎える時、親戚の所に居なければいけないらしい。

 面白くて詳しく聞いたら、8歳になる一か月くらい前から来て、その後半年は家に帰らず過ごすらしい。


 これには爬虫人(リザードマン)らしい意図があるそうだ。

 それは、爬虫人(リザードマン)が『表情が動かしにくい』ことに起因するらし。

 亀の爬虫人(リザードマン)である女将(トルチュ)さんは、笑ったり顰めたり顔を動かせるが、蛇の爬虫人(リザードマン)はそうはいかないようだ。

 表情が変わらない。それ故、何を考えてるか分からないと、他の種族には言われてしまいがちだ。

 だから、幼少期に他人と円滑にコミュニケーションが出来るようになる為、親戚の所に預けられるとのこと。

 見知らぬ土地で見知らぬ他人との交流の仕方を学ぶそうだ。

 素直に面白い文化だなぁと思った。面白い文化だ。だから。



「他にはないの? 爬虫人(リザードマン)通過儀礼(イニシエーション)!」



 メモを取る手が止まらないッ!


「レンお姉ちゃん、前見て歩かなきゃ危ないよ?」

 あっ、ちなみにレンカだからレンお姉ちゃんと呼ばれてます。

「あ、ごめんごっ──!」

 ぎぁあ痛ぅ! 言ってる側からぶつかったっ。鉄!? 岩!? 

 あ──魔族の人!

 岩の肌で、鋭い黄色い目。あっ。


「すっ、すみませんっ!」

「ああ、大丈夫大丈夫。痛くなかった?」

 鋭い目が、にこりと微笑んだ。竜の彫刻みたいな顔が一気に優しく見えた。

 体は石で出来ている魔族でも有名な『怪刻(ガーゴイル)』種。その、お兄さんだ。


「大丈夫です、ごめんなさい、前見てなくて」

「いいんですよ。寧ろお怪我が無くてよかった。では、お気をつけてくださいね、お嬢さん」


 彼は『良い旅を』と呟いて丁寧に微笑んで歩いていく。

 なんて物腰柔らかい人だろう──体はカチコチに硬いのに。


「し、紳士的」

「前見てください。レンお姉ちゃん」

「は、はぁーい」


 オピスちゃんの小さな手を握りながら、歩く。主に、引っ張って貰っている。

 平日昼間とはいえ、人は多い。これが市場の力。


「レンお姉ちゃん。質問してもいいですか?」

「え? 何?」

「お姉ちゃんは人間ですよね?」

「そうだよ?」

「なら、どうして勇者に追われてるんですか? 人間なのに」

「あー、うーんと。えーっと」


 ──私は、今、勇者に追われている。

 それでこの最西端の港に逃げてきたのです。


 ……えっと、話すと長くなるかもだけど。

 私は式典の日、撮影機(カメラ)を止めなかった犯人なのだ。

 少女ヴィオレッタの撮影を、止めたくなくて、自身に透明化の魔法まで掛けたからね。


 ただその後、私を含む撮影班は西号基地に詰められた。

 『誰が映像を撮り続けたのか』が問題になり、犯人探しが始まったの。


 映像機を基地に残すと証拠にもなる。

 持っていても同じことなら、置いていく意味がない。


 私は映像機とカメラを抱えて西号基地から逃げた。


 窃盗! 命令違反! ある意味の王国反逆罪!

 ……などと、正直にこの子に説明するのも混乱させそうだ。


「難しい事情なの?」

「え? あー」

「大丈夫だよ」

「?」

「大人は多くのしがらみを抱えて組織や社会に雁字搦めにされて生きてるんだもんね」

 大人びてるというか、マセてるね! 少女オピス、マセてるねぇ!!


「お父さんがそんなふーに言ってた」

「お父さん! ああ、お父さんの受け売りだった!! よかったよ! 安心ッ!」

「??」

「まぁ、それより買い物をしよっか! 買い物!」

「うん!」


 それにしても、この市場は──いや、この町は本当にいい。

 私の本能を刺激する町だ。


 人間と、魔族が共存している町。これだけでも驚きなんだ。

 今も見渡せば人間と魔族がしれっと会話して、しれっと横を通り過ぎて、しれっと仕事で強力すらしている。

 勇者の強い監視も無い。魔族の強い偏見も無い。だからこそ出来た不思議な町は──ある意味一つの別の国のようだ。


 それに商品たちも心を躍らせてくれる。

 王国じゃ見たことのない極彩色の魚介類。形が奇妙な果物たち。どうやって食すか分からない料理に、衛生状態が正しいか判断しかねる食事露店が立ち並ぶ。

 雪がいつ降ってもおかしくない筈なのに、夏のような、雑踏もまじりあう奇妙な熱気がその市場にはあった。

 王国領とは思えない景色に──私は、カメラを構えず居られなかった。


「レンお姉ちゃん。本当にお店の迷惑にならないようにしてね」


「は、はぁーい」 

 しっかり者である、ほんとうにっ。

 とりあえず撮影はそこそこにして買い物をした。

 えっと。卵はなんだけ。えっと。


「西鳥の卵だよ。あの黒い奴」

「ああ! 流石オピスちゃん。えっと個数は」

「すみません、一纏まりでください」

 あ、そうやって買うんだ。いや、何回か教わってた気がする……。あはは。


「……オピスちゃんは本当にしっかりしてるねー」

「そうですか?」

「うん。長女?」

「えっと。はい。一応、長女です。上に二人兄がいますけど」

「ああ、なるほど。そういう長女なのね! 3人兄妹? あ、でも妹居そう!」

「ええ、妹も居ますね。8人兄弟妹(きょうだい)です」


 エイト・キョーダイ!? 大家族だね!?


「ペント(にい)、シュゲ(にい)、私、セルぺ、スネ、イク、チオロー、アダラ。

お兄は優しくて強くて、弟も妹も皆可愛いんですよ!」


「呪文かと思ったら家族の名前ね! そっかそっか!」

 そこからオピスちゃんは楽しそうに家族のことを話してくれた。

 本当に家族のことが好きなんだろうなぁと思った。だって、好きじゃなかったら寝相のことまで話せないもんね。

 可愛い子。それに頭も良くて、良い子だ。なんだか私も幸せな気持ちに──。


 声がした。高い声だ。市場だから何か芸人でもいるのかと思った。

 その後、また伸びた声がした。同時に揺れた。

 何が起こってるのか、何も分からなかった。地震? それとも。


「オピスちゃん!」

 直感的に私は目の前の少女を抱きしめて。その直後。




「逃げろ!!」




 切り裂くような誰かの叫び声の直後、私の意識は唐突に白く消え去った。


 

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