【21】まだ魔王と認めてない、ってことだぜ【22】
◆ ◆ ◆
──これは王国でも有名な話なのである。
ある魔族側の貴族の話である。
2人の男女がいた。
『ユニー・ホロニィ』──焦げ茶の髪に紫色の瞳を持つ黒い肌の魔族の男性。
『コフィン・クィス』──金麗な髪に藍色の瞳を持つ黒い肌の魔族の女性。
その2人は互いに名前も知らないまま、ある華やかな舞踏会で出会い、恋に落ちる。
あくる日、彼と彼女は全く別の場所で再開する。
それは華やかな舞踏会とは全く異なった、血で血を洗う戦場で。
そこでお互いは相手のことを知る。
それは、魔族一族で最も羽の色が似通った二つの一族。
そして、最も有名な『犬猿の仲』。
『紫斎一族にとっての怨敵である藍枢一族』。
『藍枢一族にとっての怨敵である紫斎一族』。
両一族──両家は常に殺し合っていた。
そして、皮肉なことに、ユニーとコフィンの二人はその一族の中心である家の時期当主という立場だった。
運命の悪戯と時代に翻弄される二人。
戦争と戦場。奪われる仲間たち。片想いと横恋慕。
そして……死の運命が二人に襲い掛かる。
されど、その運命をねじ伏せて──二人は幸福な結末へとたどり着いた。
まるで物語のような激動の人生を送った二人。
様々な舞台のモデルになった二人。
その二人が。今。
「はぁいダーリン★ お待たせちまちた! お菓子と飲み物だお!」
「用意が良過ぎるよマイハニー★ キミってほんとに完璧なワイフだぜ★」
──イチャイチャしておるのである……。
まぁ、苦節を乗り越え、ようやく手に入れた愛……となれば、その熱量もエグイ高いのであろう……。
彼らが夫婦になってからもうかれこれ3年経つそうであるが。
ユニー・ホロニィと、コフィン・Q・ホロニィ。
彼らの一族は結婚しても元の苗字を保持するそうである。
「ダーリンこそイケメンすぎだお! きゃは!」
「ハニーこそビューティフルだぜ!」
この熱々っぷりである……。いや、いいことなのである。
3年も夫婦をすれば大抵はこんな良好な関係ではない筈なのであるから。
ただ、余方の前でやるなというか、どこでも発情するなというか、まぁうん。
個人らの自由であるか。いやそれこそどうでもいいのであるが……。
ともかく。今、少し目を背けた。
ちょっと0代には刺激が強い……言葉にし辛いイチャイチャである。
とても……なんというか、熱々というか、西部感あるというか、ギャルギャルしいというかなのである……。
というか、余方の存在、見えているのであろうか……。
「もぉ! ダーリンったらそんなに褒めてもキスしか出来ないぞっ」
「おいおい、ハニー! お客様の前だぜ!? こんなに可愛らしい王子様が見ている前だぞぉ??」
──ああ、目には映ってくださったようである。
「嫌なの、ダーリン??」「嫌な訳ないだろ、マイハニーっ!」
「あぁんもぅ」「ハニーっ」
効果音を当てるなら、ぶちゅぅ、ずちゅぅ、ズキューンであろうか。もうどうとでもやっておいて欲しいのである……。
えー……余方の名前はラニアン。ラニアン・P・アーリマニアである。
一応、王国の第一王子である。
別に余方は、こんな性的娯楽雑誌の導入みたいなイチャイチャシーンを見たくて見ている訳ではないのである。
この二人は、魔族最大勢力の藍枢と、広域を領地とする紫斎……二部族の族長なのである。
いやまぁ、モザイク無しでお送り出来ない程の感じではあるが、列記とした族長様なのである。
ふと、男性の方、ユニー殿と目が合う。
彼は優しく微笑んだ。
「ああ、ごめん! センスイ殿の話だったよね?」
「あ、はい、そうなのだ」
「ショックだお。……お婆ちゃん、死んじゃったなんて」
「ああ。敵対はしていたが、彼女が良い方なのは知っていた。残念だね」
「残念だお。次の魔王はあの人を置いていないと思ってたのにぃ」
「そうだね」
……次の。
二人の意見は分かっているのだ。だが、それでも眉を顰めてしまう。
「ユニー殿。コフィン殿。失礼ながら」
「あ! 現状はヴィオレッタちゃんが暫定魔王で問題ないぜ★」
「ね~。ただこのままだとチェンジは必要かなあ??」
……二人の目が薄暗く光ったように見えた。
正味……この二人は魔族の中で最も恐ろしいと思っているのだ。
底が、見えない。
軽薄で万年盛りっぱなしのギャル夫婦。ではあるが、ただのギャル夫婦だったら族長は務まらないのである。
いや、それどころか。
「ハッキリ言っとこうかね。まー、分かっていると思うけど、おれらはラニアン王子。
──キミに賭けたんだぜ」
「そうだお。キミが王になった後、その世界が魔族も生きやすい世界の可能性が高い。だから従うと決めたのだお」
「それは……」
「そう。ヴィオレッタちゃんをね、まだ魔王と認めてない、ってことだぜ」
ただのバカップルではない。
だから、『一族全てを出し抜いて、二人が夫婦になれた』のである。
「王子くんに賭けて、その王子くんがヴィオレッタちゃんに張った」
「だから従った。まだ、それだけなんだお」
いがみ合っていた二つの一族黙らせて、自分らが族長になり、その上で結婚までする。
とんでもない手腕だと思う。……やはり、底が見えない。
「あー! 怖い顔しないでよ、王子くん! 拒否ってるわけじゃないんだぜ??」
「そうだお! わたちはレッタちゃん可愛いから好きだお!」
「おれも好きだぜ?? 会ったら分かるよな、あの子のまっすぐな気持ちと性格!
だけど、なんでおれたちが『まだ認めてないと言わなきゃいけないのか』を考えて欲しいぜ!?」
「だおだお! 否定でも肯定でもないんだお!」
まだ認めてないといわなきゃいけない? どういうことなのであるか?
「それにぶっちゃけ、かなりいいアイディアだと思うんだぜ。
どの部族の代表が王になっても角が立つからさ!」
「だお! 今はわたちたちが承認してるから皆従ってるけど、いずれこのままだとっていう話だお!?」
「このままだと? ……やっぱり、ヴィオレッタさんが人間だから?」
「んー? ちと違うな! 人間でも魔王って時代あったっていうしな?」
「そだおー! 第4代と8代の魔王が人間! それと先々代の赤羽神が人間だお!」
「ハニー、今は赤羽と呼ぶらしいぜ★」「そーだった! ダーリン博識、好き★」
「では、何故……?」
へらへらと笑っていた顔が──二人とも急に真顔になった。
それは、真面目な顔、という意味の真顔だ。
「──魔王フェンズヴェイにあって、ヴィオレッタちゃんに無い物」
「それを考えて欲しいな★ そしたら、きっと答えがすぐ分かるんだお」
……魔王フェンズヴェイにあって、ヴィオレッタ殿に無い物??
「なんであろうか、それは」
「まぁうーん。……──ヴィオレッタちゃんたちはこっちに向かってきているんだろう?」
「え、ええ。その予定なのである」
そういうと、ユニー殿は自分の胸から懐中時計を取り出した。
「ルートはセクトの家を経由だよね。なら、時間的にはぴったりだね★ 後はまぁ──」
「その先のことはすべて、本人次第だお!」
本人次第?
なんであろうか。首を傾げた時、ユニー殿は窓の向こう側を見た。
つられてそちらを見る。窓の向こうは海。今日は快晴で、海も青い。
孤島に聳える魔王城も、今日はよく見えるのである。
◆ ◆ ◆
──不意に、ヴィオレッタは足を止めた。
「……今、変な音がした」
「? 変って何の音だ、レッタちゃん? あ、おっ!? レッタちゃん!?」
ヴィオレッタは馬車から飛び出し、ガーは慌てた。
軽く、馬車の幌の上に乗り──西号基地側──王国本土の方を見た。
「──砲撃の音だ」




