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【21】宿場の町【19】


 ◆ ◆ ◆


 とりあえず──麓の町に俺は居た。

 もっと厳密に言えば、麓の町の医療ギルドに俺は居る。


 さっき助けた御者さんの治療の為? それもあるが、まぁ。


「お待たせしました、ジンくん。改めてお礼を言わせて欲しいです。

ありがとう、君が来てくれたおかげで助かりました」

 シキさんが、とても丁寧なお辞儀に俺は慌てた。


「い、いえ! 俺は何もしてないですよ! 

寧ろ、シキさんの応急処置が医者以上に的確だったからとさっきお医者さんたちが言ってましたよ」


「本当ですか? でも、それなら少し嬉しいですね。よかった」

 シキさんは、にこりと柔らかい微笑みを浮かべた。


 ああ、シキさんというのは、この眼鏡の白髪交じりの男性だ。

 年は四十代だろうか。白髪交じりの黒髪に、線の細い体つき。

 髪と腕の細さで年齢は分かるが、顔立ちはかなり若く見える。少し服装や髪形を変えたら俺と同じくらいに見えても不思議じゃないだろう。


「でも、君が馬より早く馬車を引いてくれたのが大きいです。馬より足が早い人間を初めて見ましたよ」

「あ、あはは」

 シキさんの嫌味無い綺麗な笑顔に、俺は少し照れくさくなって頬を掻く。

 事情を知らない人間からしたら、ちと笑える構図だが仕方ない状況だった。

 まぁまず、馬が怪我して走れなかったから、馬の代わりに俺が馬車を引いたんだよ。人力車だな、人力車。馬も馬車に乗せたぞ。もう何車か分からない状態だったな。


「でも、おかげで『間に合いました』よ。御者さんも、勇者くんもね」

「! それはよかった!」


 間に合った──というのは御者さんの足の話だ。


 あの大口の化物『八足盲顎竜(ムメノタツメ)』が御者さんの左足を千切ったのだが──その時の断面が割と綺麗だったのだ。

 もしかすると繋がるかもしれない。状態が良ければ繋がることもあるのだ。


 そしてもう一人。勇者くんと呼ばれる存在もあの場にはいたのだ。



 そう。さっき助けた馬車の中に、もう一人、大怪我を負った勇者が居たのだ。



 さっきの事態をまとめると、こうだ。

 近隣の山の中で『八足盲顎竜(ムメノタツメ)討伐依頼(クエスト)』を受けていた勇者たちが居た。

 だがその勇者たちは討伐に失敗。その内の一人が命辛々逃げ込んだのが、シキさんたちが居た馬車停まりだった。

 かなりの大怪我をしていた勇者を見て、急遽馬車を出すことになり、医術の心得があったシキさんが手当てをしながら搭乗。

 馬車をトバして麓の町まで行く最中──八足盲顎竜(ムメノタツメ)が勇者の血の臭いを嗅ぎつけて襲撃してきた。

 それで逃げている最中に俺が割って入った。というのが一連の流れ。



「シキさんって、冒険者だったんですか?」

「おや。どうしてわかったんですか?」

「いや、医術を齧ってると言っていたので。あの手際ですしね、冒険者をやってたのかなぁ、と思いまして」

「凄いですね! ええ、やってましたよ。ただ医術の腕が上がったのは冒険者時代の蓄積もありますけど、家族によく怪我をする子がいたんですよ。それで応急処置はお手の物になってしまったのです」

 明るく笑いながら言ったが、『怪我をする子がいた(・・)』といった時のシキさん……少し暗い影が見えた。

 その言い回しはきっと……。悪いことを思い出させてしまった。


「あー。そうだ、シキさん。シキさんの足の怪我は大丈夫なんですか?」

「ん? 足の怪我……? ああ! 私の足は昔からなんですよ。本当は杖が必要なんですが、前の馬車停まりに置いてきてしまったんです」

「そうだったんですか。……杖の代わりになる物があるといいんですけど……あ、じゃあこの刀を杖代わりにします?」

「!? いやいや! そんな高価な業物を杖に出来ないですよ!

家に帰れば杖も車椅子もありますしね。気にしないで大丈夫ですよ。

ありがとうね、ジンくん」

「あ、いえ。それならいいんですが……」

 ふと、シキさんは優しく微笑みながら俺の隣の椅子に座った。


「ジンくんは優しいですね。君、勇者さんなんですか?」

「えっと。難しいですけど、そんなところです」

「そんなところなんですか? 面白い回答ですね」

 にこりと丁寧に笑う顔に少し照れた。


 ──などとやや雑談してから俺たちは別れた。

 俺はギルドの一室を借り、朝まで仮眠を取ることにした。

 硬い木製のベッドに薄い布団。まぁ欲は言えないわな。


 ◆ ◆ ◆


 そして翌朝。

 少し早めの朝食を食べてから、丁度来た乗合馬車に乗った。

 魔力消費が著しいから節約というのもあるが……。


 まぁ直感的だが、戦争のきな臭さを感じていないから焦って行動していないのもある。


 帝国は本当に攻めてきているんだろうか?

 いや、攻めてきてはいるのだろうが、牽制に留まっているようにも見える。理由は? ……まさか南部から奇襲……いや止そう。

 悪い未来を考えれば考える程、本当になりそうだからな。起こったことに対処していけばいい。


 ともかく、この乗合馬車に乗れば目的の『宿場の町』までは三時間も掛からずに着くだろう。


 ちなみに、乗合馬車は既定のルートを巡回する馬車のことを言う。

 一度に10人くらい乗れる便利な移動手段である。

 弱点としては出発時刻まで馬車が動かないこと。座席が狭いこと。暇な時間が多いことである。

 まぁその無駄時間を有効活用する為、俺は発車時刻まで本を読んで待っていた。

 すると。


「あれ、ジンくん。すぐに会いましたね」

「あ、シキさん」

 すぐに再会してしまった。


「偶然ですね。シキさんも東の方へ?」

「ええ。私の家は田舎の方なんです。ジンくんはそのまま共和国の方へ向かうんですか?」

「いえ、俺は途中の町に寄る予定なんです。そこで待ち合わせをしていて」

「なるほど。では途中までは一緒ですね。安心しました」

「安心?」

「はい。ジンくんが居たら、魔物や山賊の襲来といったトラブルが起こってもすぐに解決してくれそうですので」

 茶目っ気もある笑顔に、俺は苦く笑う。護衛のボランティアかーと小さくツッコミを入れながら、時間が来た馬車が動き出した。


 駅と呼ばれる馬車停まりに幾つか停まりながら、乗合馬車は進む。

 その間、俺はシキさんと色々な話をした。


 シキさんは、見た目が若いが実は47歳だそうだ。

 30。いや、白髪交じりの髪さえどうにか出来れば20代中後半でも通じそうだ。

 そして意外や意外、どうやら『それなりに大家族』のお父さんらしい。

 それから、元冒険者。奥さんとはその関係で知り合ったそうだ。


「──で、私が使っていた、メインの武器はですね」

「片手剣、いや、刀じゃないですか?」


 俺が言うと、シキさんは目を丸くした。

「凄い、なんで分かったんですか?」

「昨日、この刀を杖代わりにって言ったら、『高価な業物』って言ってくれたじゃないですか。

武器の価値を見極められる人って鑑定士か、実際に使ってる人かなって思ったんですよね」

「流石、勇者様ですね。凄い洞察力ですね!」

「いやいやこれくらいは」


「実は、武器に目が無くてですね。好きなんですよ、特に、刀。

家内には『病弱なのにそんなものばかり集めて』といつも怒られていますけどね」

「そうなんですか。じゃあこの刀、ちょっと試し斬りとかします?」


「ここで振り回したら危ないですよ?」

「ここでとは言ってないっすよ???」


「あはは、冗談です。でも、いいんですか? 人に刀を貸しても」

「ええ。いいですよ。シキさん、意外と刀使えた人でしょうから」

「おや、それは照れますね。じゃぁ次の馬車停まりの時にでもお借り──あ……ジンくん、残念です」

「?」

 馬車の動きが緩やかになった。

「ここで私は降りないと」

「ああ、目的地なんですね。それは残念……」

「またの機会があったら是非!」

「ええ、いいですよ」

 その時まで金烏も玉兎も俺が持ってればになっちゃうけども。



「次は『宿場の町』です。お降りの方はいらっしゃいますか?」



「「ああ、はい」」



 シキさんと、声がハモった。

俺の隣でシキさんは手を上げていた。


「まさか同じ目的地だったとは」

「そうですね。驚きました」


 俺は──この時点で『あれもしかして』と予感を感じていた。

「あの。つかぬことを聞くんですが」

 俺は馬車から降りる時に──出来る限りの敬語に変わった。

「はい? なんですか?」

 馬車から一歩、シキさんが先に降りる。

「その、娘さんの一人にもしかして──」


 そして、馬車から降りた時。

 元気よく走ってきたさらさらとした白髪の彼女と──目が合う。


「ハルル──さん」

 シキさんが目を丸くした。

 俺はその隣──。



「お父さん! お帰りなさいッス──! って、あれ!? 師匠!!?」





「ハルルさん──の、お父さん、ですか……っ」




 


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