【21】そうだ。と言ったら?【15】
◇ ◇ ◇
僕が諜報員になったのは命令だった。
僕は、何の疑いも無く従った。
魔族の上司、偉い人からの指示には従うべきだ。何なら諜報員が出来る上に戦闘にも優れているのは僕しかいないだろう、という自負心だってあった。
それが魔族に生まれた者の責務で、国──いや、一族の為になると教えられていたから。
そして、その諜報活動は──最も思いもよらない所から崩れた。
──『南部鉄橋挟撃作戦』。
後にそう呼ばれる南部に支配を広めていた魔族と戦闘がある。
そこで『二つのイレギュラー』が起こった。
二つとも。『ここに来るはずがない人物』が『この場所に来てしまったこと』に起因する。
「ダシンさん。何故ここに来たのですか。定例報告は先なのでは」
── 一人は魔族。
連携を取る予定だったダシンという別の部族の諜報員が勇んでこの場に来ていたこと。
僕的にはイレギュラーでしたが、魔族側から見ると自然な行為だったようです。というのは──。
「ユウ。お前、本当に魔族側だよな?」
──僕が疑われ始めていたから、です。
「何言ってるんですか?」
「《雷の翼》の情報。誤情報が稀にある。今回もそうだが」
「じゃあ代わりますか? 前回の伝文にも書いたでしょうに。《雷の翼》は内部連携が杜撰で行く先なんて直近で決まる。行軍開始後に諸事情で違う場所に行くなんてザラですよ」
これは嘘じゃない。嘘こそ混ぜているが、実際に気まぐれ──もとい、人助けや厄介ごとを抱えたことによる進路変更は何度もあった。
とはいえ──それを他の諜報員が知っている訳が無い。
気付けるような内容でもない。──この時点で『上層部より更に上から疑われている』と僕も気付きました。
「精度を上げるようにお達しだ」
「もし精度を本気で上げたいのであれば、こんな場所での迂闊な直接接触は避けたいのですが」
「《雷の翼》の連中は皆、町の人間と楽しく宴会中だ。気付くはずもないからな」
そして──『ここに来るはずがない人物』が、もう一人。
漫画ですか? と笑ってしまうような『パキッ』という分かりやすい『枝を踏んだ音』が立つ──路地の入口に。
長い銀髪。削りたての蒼石のように光る碧眼。
少し焼けた肌に、かわいらしい顔に、──似合わない程の驚きを、見開いた目に宿していた。
「ゆ、ユウ?」
「お──お嬢様」
『南部鉄橋』の作戦は、フィニロットお嬢様と協力した作戦だった。
だけど──宴会の場に居たはずじゃ。
「ごめん、話、聞いちゃったんだけど。その人って」
フィニロットさんは僕と違って真面目だ。こういう時に『嘘が回らない』。言わなくていいのに、そんな真実を。
「ユウの所の、貴族だな」
「待て、ダシン!」
「俺が見られた以上ッ!」「止せッ!」
──ダシンは即断した。
だから。僕は自然と体が動いた。
フィニロットさんは──僕が執事として接触し、ずっと一緒に過ごしたあのお転婆なお嬢様だ。
僕は『フィニロットさんを利用して、王国へ入れ』と命令をされた。
なのに。僕は、ずっとその人のことを守りながら……守って、生きていた。
命令を実行するのに必要だから。死なれたら多くのことが露呈するから。勇者パーティーの身元保証人みたいな存在だから。
多くの言い訳を列挙しながら。
あの『にひひ』と笑う笑顔を、どうしても守りたかった。
誰にも命令されていない、僕自身の心に従っていた。
フィニロットさんを殺そうとするダシンを──殺す。
ダシンは当時、割と幅を利かせる強い魔族でもあったから、一撃で仕留めるしかない。無力化は難しい。生半可には出来なかった。
殺すしか、無かった。
フィニロットさんを守った。
状況を、どう説明しても──ここには居られなくなるなぁ。
というか、《雷の翼》の総員で僕はリンチされて死ぬかも。
魔族側にはなんて言えばいいだろう。ダシンは勇者に殺されたことにするとしても。いや、無理か。僕は疑われているんだし。
ああ、だったら。
どうにか……フィニロットさんだけでも。どうにか。
「ユウ……?」
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。お嬢様」
──そして、その僅かな騒ぎに気付いた彼らが、その場に来た。
「ユウ。何が、あったんだ」
ライヴェルグ隊長と、その弟分みたいなアレクス。
「事情を話してくれ」
ナズクルと、その腹心のような男ドゥール。
「……僕は。魔族の、諜報員……でした」
そして、僕は──全てを告白した。
◇ ◇ ◇
「──僕が魔族の諜報員だ、と話した日。ナズクル先輩、貴方は『僕を助けてくれた』。忘れもしません。皆も助けてくれましたが、貴方は率先してアイデアを出してくれた」
「そんなこともあったな」
──パバトを別室に退かし、二人きりとなったナズクルの部屋。
大理石の机を挟んで、二人は向かい合わせに座っていた。
「その後、『ダシン』に変装して、『勇者ユウは戦線離脱した』ことにしてくれた。
魔族側には捕縛や死亡説を流して、無理なくね。あの日のことは、いや。その戦後までの配慮に感謝も恩義も感じています」
「そうか」
ナズクルは無表情に珈琲を飲む。
沈黙が流れた。
「思い出話をしに来た訳じゃないんだろう?」
ナズクルが問うと、ユウは目線を落とした。
「単刀直入に聞きます。……ナズクルさん。
僕がダシンに変装して魔王国に戻ってから──フィニロットさんの『記憶』を奪ったのは貴方ですか?」
ナズクルはカップを置き、指を組んだ。
「そうだ。と言ったら?」
ナズクルの指と頬、髪の先が一瞬で凍り付いた。
「僕は──貴方を殺す」
◆ ◇ ◆
いつも読んで頂き、本当にありがとうございます!
いいねやブックマークに評価までもして頂きありがとうございます!
とても励みにさせて頂いております! 今後も期待に副えるように精進させて頂きます!
また当作品が、長い物語になってしまい本当に申し訳ございません……。
キャラクターも多く、少し整理をつけたく思い、27日・28日分は
《雷の翼》や新魔王サイドをまとめる【番外】でお送りさせて頂きたいと思っております。
本編は一時的に中断となってしまい誠に申し訳ございません。
何卒、よろしくお願いいたします。
暁輝




